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(1)1572年 序の序

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.1

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御館おやかた様は生きとらすぞぉ。」
 誰かの大きな声で私は目覚めた。時代劇で見たことがある。籠城攻めのシーンだ。
「どちらのどなた様か存ぜぬが、あなた様はたったの今から我が主、純忠様です。」
「誰か、御館様の着替えを。」
 彼はさらに大きな声で周囲に怒鳴った。
 突然の事態にもかかわらず私には状況はすぐに把握することが出来た。夢にしては面白いストーリーではないか。おそらくこれは資料で見たことがある「三城七騎籠さんじょうななきごもり」の場面だ。彼の言葉からして影武者になれということだろう。
 出勤途中に諏訪駅北側にある私のハイツから大村駅まで自転車に乗っていたら何かにぶつかられた気がする。交通事故に違いない。それで私はきっと気を失っているのだ。そう、本当は病院で寝ているのかも知れない。事故に遭った場所が三城やかた跡近くだった。そのせいでこんな夢を見ているのだ。
 彼は純忠様と言っていた。ということは大村純忠がこの籠城で討死したということか。どうせ夢なら純忠になりすますのもありか。だが「本当の事態」を私は後に受け入れることになる。
 後から聞いた話だが彼の名は富永又助。大村家旧臣である彼は家臣七人と婦女子だけで三城館に籠城する純忠公の援軍に手勢を連れて近くまで来ていた。が、完全包囲された館には寄りつけず思案していたところ覚悟を決めた純忠公が単騎で門から討ち出てきた。その隙を逃さず門前に構えていた諫早の西郷軍が館へ突入。とっさの機転で又助は「大村家に恨みを持つものにて助っ人致す。」と合流しまんまと敵の大将の首を取ってしまったのだ。これで一挙に形勢逆転。待機していた援軍、日和見していた家臣軍も大村側に加勢したことで武雄の後藤高明軍を主軸とする松浦軍も包囲をあきらめ撤退を余儀なくされた。
 しかし時すでに遅く純忠公は息絶えていた。見つけたのは又助一人。が少し横に目をやると純忠公に風体の似た男がバテレンのような衣服で頭を怪我して倒れていたそうだ。普段ならもう少しラフな格好で十分なのだがこの日はスーツ姿だったので彼にはそう見えたのだろう。
 又助は即座に決意した。
「こん男は生きとる。こいつを純忠公にすっしかなか。」
「純忠公も自業自得たい。短気で家臣の言うことは聞かん。謀反や裏切りばっかりで戦で何人も家臣は討死しとる。こんままじゃ藤原純友以来の大村家も終わりやけん。」
 概ね史実通りではある。そりゃそうか、私の知識にないことが夢に出てくる筈もない。純忠が覚悟の宴を開いたという記述もあった。ドラマでよく見る本能寺の信長のシーンと重なった記憶もある。ただ影武者とはどういうことなのだ。晩年の大村純忠はそれまでと人格が変わったという説もある。本当に別人と入れ替わっていたということなのか。
 夢の中とは言え、妙に俯瞰で出来事を見ている自分がそこに居た。この時はただそれだけのことにしか過ぎなかった。

(続く)




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