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(4)2021年 文が突然

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.4

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 正月明けのある日、文が突然私のハイツにやってきた。この二年ちょっとの間何度か遊びには来ている。が突然連絡もなしにやって来るとは。
「来ちゃったわよ~ん。私の荷物は明日届くから。」
 仕事はどうしたというのだ。彼女は去年の春に広告会社に新卒就職したばかりだ。
「あなたには内緒だったんだけどぉ、実は去年の暮れに太田一佐から呼び出されて非常勤で防衛省に来て欲しいって。で、転職しちゃったって訳ぇ。」
「しばらくは連絡係で東京とここを行ったり来たりになるみたい。よろしくね。」
「じゃあ、住むのは?」
「当然、ココよね。ついでにいうと連絡係とは言っても私が伝える命令は絶対だからね。」
「そんなぁ。」
 文は時折葛城ミサトの口真似をする。それもまあミサトフリークの私が彼女を気に入った一つの理由でもあるが、口調だけではないのだ。前にも言った通りその瞬時の判断能力がそうだ。恐るべし、絶対に浮気なんかできない。
「で、君からの最初の命令は?」
「それが今のところまだ無いの。とりあえずあなたのトコ行って散らかってるだろうから部屋でも片付けてやれ、って。」
「でも太田一佐とあなたっていいコンビのような気がする。少なくともあなたの力を頼っているのは確かね。」
「ただのたたき上げの気まぐれだよ。定年前に何か証を残したいだけかも知れないし。」
「う~ん、事の良し悪しは判らないけど他の省のノンキャリアの人たちともつるんでるわよねぇ。彼が電話しているのをちょっち聞いたんだけどそんな気がしたの。」
「また、女の直感か?」
「そういうこと。せっかくの縁なんだからもう少し一緒にやってあげれば。ヤバいと思ったら降りりゃあいいだけよ。おかげでこうやって暮らせるんだから。」
 たしかにキャリアとして就職した今、入籍のことも考えなければならないのはわかっている。
「だね。じゃあ今度の日曜、こっちに来てから知り合いになった寺へ遊びに行こうか、初詣も兼ねて。文のことも紹介したいし。」
 そう言えば彼女をあの寺へ連れて行ったことは無かった。寺の住職にも「早よ連れてこんね。」としつこく言われていたのに。
「自転車は大丈夫だったよね。」
「今は乗ってないけど高校まで通学してた。」
「明日荷物が片付いたらもう一台買いに行くことにしよう。サイクリング用のヘルメットも必要だし。それなりのウェアもね。」
「それで引っ越し祝いのつもりなの。」
「十分だろ。」
「近くにスポーツショップなんてあるの。」
「イオンに行けば全部揃うよ。行きはバスで行って貰って、もし自転車に乗って帰れるようだったら二人で帰ればいい。ウェアは気に入ったのが無ければ急がないし。」
「今日来たばかりの私に一人でバスで行けって言うの。東京でも滅多に乗ったことないのにぃ。で、登録やらなんやらで乗って帰れなかったら帰りも一人って訳ぇ。住民票はまだ移してないから多分無理よ。」
「今ここに来れたんだから心配いらないよ。」
「今だって大変だったんだから。空港からの直通はないって言うから途中のなんとかって橋のところで乗り継いだのよ。そしたら案外近くなんだもん。時間の無駄だったわよ。」
「遅くなったらバスターミナルまでは戻れるだろうけどここまで来るバスは無いからね。駅から歩くかちょうどいい列車があれば一駅乗れば良い。」
「ったく。他人事みたいに。だけどそんな用事で仕事休んで構わないの。」
「君も得意の感で察しがついてるだろう。国交省の公務以外は毎日が休みみたいなものさ。自分のスケジュールをどう組もうがお構いなし。」
「そうなんだぁ。でも何よ、この紙の散らかり具合は。一佐のお見通しのまんまじゃない。まさかほんとに部屋の片づけさせらるなんて思ってもみなかったわよ。」
「その為に来たんだろ。でも資料を整理するついでに君も目を通しておいた方がいいよ。一佐の口癖じゃないけど何も無駄なことなんてないから。」
 実のところ紙の山には苦しめられていた。そろそろ文が遊びに来ないかと期待もしていた。彼女の天才的能力を以ってすれば即座にバシッバシッと分類し短時間で片付くのだろうと何度思ったか。
 ただ紙の利点もある。これだけいろんな項目でファイルが増えればいかにPCで保存していても後から「あの資料」となったときにすぐには見つからない。フォルダやファイルの名前もその時その時の気まぐれだったりするからなおさらだ。あれこれ開いては閉じ開いては閉じ、結構手間取る。
 世はデジタル社会とかペーパーレスだとか言っているが実際はどうなのだ。紙は劣化するというがそれは「徐々に」だろう。PCのデータなどぶっ飛んでしまえば一瞬じゃないか。それに本体を買い換えたらデータもソフトも全部移し替えることになる。バージョンが上がってたりするからダウンロードだの何だのそれもかなり厄介なのだ。今でも以前に使っていたダイナブックにまだまだファイルが残っている。まあバックアップ代わりにはなるのだが。
 とにかく紙の資料なら整理して戸棚にさえあれば「これだ。」とすぐに取り出せる。それに紙でも半永久的に記録に残ることは今までの経験で証明済みだ。一佐がデジタルを一切受け入れようとしないのも理解できる。


(続く)


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長崎県営バス路線図(2023年4月現在)

長崎県営バスホームページより


※この話の時点でまだ新大村駅はありません。


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