(16)2018年 イラスト
小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.16
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「あさってにはいよいよ長崎だな。やっとの辞令だ。」
「はい、明日は休みをいただきますが当日午前中はご挨拶に寄れるかと。」
「寄らなくても良い。来たところで渡す花束も何もない。」
ジョークのつもりか。はたまた本音か。未だによく判らない。
「君は私の目的、とやらを知りたがっていたね。」
「お聞かせいただけるのでしょうか。」
一佐は一枚のコピー用紙を手に取り何やら走り書きを始めた。
「目的でもなんでもない、これだけだ。」
ただの鉛筆書きの、それも下手なイラストだった。飛行機の絵の様だ。ボディロゴにはなにやらアルファベットがある。もちろん横書きだが。
「私が空自出身で初任地が高島分駐だったことは知っているね。」
そんなことは百も承知だ。知りたいのはそんなことではない。
「子供のころから飛行機が好きでね。パイロットになりたかった。大学は出たもののまともな就職は無くて、そのあたりは君と同じだが、こりゃ失敬。空自に入れば飛行機に乗れると思って安易な動機で入隊したわけだ。その絵は子供の頃の夢に一度だけ出てきた。でも何故か記憶から抜けなくてね。それにその横文字の意味は随分永く解らないままだった。」
話が全く見えない。
「その後いくつかの基地を転々としたが、その頃はまだ私も青くてね。敗戦国待遇がいつまで続くんだ。とか何故この国は民間ジェットすら造らせて貰えないんだとか、憤りも抱えていたものだ。」
彼は独り言のように続けた。
「何年か経ったころ、琵琶湖空港の話が持ち上がった。私にしてみれば地元と言えば地元だったし、それに太古から現在に至るまで交通・軍事の要衝なのは君も納得するところだろう。」
「それに日本最大の湖ではあるが外国からは見えない。注目されない死角なのだ。その時に頭の記憶の端っこに有ったその絵が脳裏をかすめた。ただそれだけだ。」
「ただしいろんな反対運動もあって琵琶湖空港の話は途絶えた。でも私は気づいたんだよ。もう一つ可能性を持つ場所があると。」
話すのが下手なはずの一佐の話はさらに続く。
「私は茨城の百里に居たこともあってね。霞ヶ浦もあるかと考えた。あの辺りは古代日本の東端の地で軍事的にもまた信仰の面でもこの国の古くからの重要拠点だ。だがあまりに東京に近すぎる。成田もあるしな。それにこの国の科学の中枢である筑波も近い。目立つしリスクも多すぎる。」
「それで長崎、ですか。」
「長崎には違いないが、そう、そのアルファベットの町だった。琵琶湖に似た湾があり佐世保という米軍共用の軍港は近いがこの町自体は海外からは全くの無警戒。それに何より既に海上空港が民間空港として運用済みだ。その前に民間も使っていた海自の滑走路も目の前の対岸にある。町なかには大きな陸自の部隊もある。それにもうすぐ新幹線も通る。」
「この町をハブになにか出来るはずだ。それが何かは私も想像つかんがね。」
デジタルに無縁の一佐の口からこの単語がでるとは。この部屋にはLANも来ていないし。おそらく「ハブ空港」やらの流行語っぽいことで知ったのだろう。私が研究してきた分野では初歩中の初歩、最初のページに出てくるような単語である。それにしても何をさせるつもりなのだ。結局さっぱり見えない。でもこうなった以上行くしかないようだ。
でも、後に気づくことになる。偶然だったとはいえ彼の発したこの単語がかなり的を射た理論上の意味だったことを。
(続く)
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