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(14)2021年 一国二城

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.14

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 私が事故に遭う三か月程前。文と一緒に暮らし初めて四月に入ったころだった。
「ねえ、先週のブラタモリのアンコール放送、仙台の回を録画しといたんだけどぉ、ちゃんと見たぁ。」
 録画してくれていた事は知っていたが未だ見てはいなかった。だがその回は記憶にある。伊達政宗が地図を空白地帯にしてまで二つ目の城を築いていたという話だ。今も宮城刑務所として堀や土塁などほぼ当時のまま残っている。放送されたのはまだ桑子さんの頃だ。去年からのコロナの影響でこういったロケ番組はアンコール放送が多くなっている。この番組は東京周辺だけの時代から一本も見逃してはいないつもりだが改めて録画して見られるのはそれなりに有難い。以前はただ単に「流し見」という感じだったが太田一佐の下で仕事するようになってからは各地の歴史や地形など結構深入りして見るようになっていた。いつのまにか岩石の知識も増えてそれがもとで西教寺の崖もいとおしく思えていたのだ。願わくば秋田の回も再放送して欲しい。大和朝廷時代の日本の最北限の地だったこと、日本海の成り立ちのこと、秋田美人やなまはげのルーツのことはもちろんだったが一番見たいのは林田さんのキュートななまはげ姿だった。
「あれってテレビでは町を広げる為の様な風に解説してたけど、絶対に貿易の為よね。」
 彼女の天性ともいうべき鋭い指摘である。だが突拍子もない話ではない。私も同感だ。
「伊達政宗って、スペインと貿易してたし支倉常長も派遣してるでしょう。ついでに地図も見たんだけど刑務所のところは青葉城よりは随分平地の海寄りだし、陸自の航空部隊も東側にあるから海まで繋がっていたということよね。海岸線が今よりもっと近かったかもしれないし入り江や使えそうな川があったかも知れないわよ。そこまでは私には判んないけど。仮に広瀬川を使ったとしてもこの辺りからなら川の蛇行も無くなってストレートに物資が運べるし。」
 確かに企てたのは事実だろう。この若林城が造られたのは一国一城令よりも後の話だし単に隠居所というには大がかりな造りなのだ。政宗の死後に廃城になったとあるが明治になってそのままの形で刑務所として使われている。その間二百年以上もの間地図を空白にしてまで仙台藩がこの土地を放置していたとは俄かにに信じ難い。土塁も崩れ堀も埋まり刑務所として再利用するにはどうだったのかということだ。仙台藩が鎖国令に反してまで貿易をやっていたかどうかは別にしても、この城が何らかの目的を以って使用され続けた土地であることには間違いない。
 さらに文は切り出した。
「大村と似てるわよね。だって大村純忠は海外との拠点として横瀬や長崎を開港したんでしょ。たしかに大村には大きな船は入れないもの。それにここはわざわざ城を造らなくてももともと一国二城のようなものじゃない。」
 そう、思い当たる場所はあの地しかない。毎度のことながら彼女の脳細胞ネットワークには恐れ入る。私がこちらへ赴任して三年近く、やっとのことで得た疑問の種にたまたま見たテレビがきっかけで辿り着いてしまうのだ。なんだか短期間で追いつかれたみたいで嫉妬すら感じる。
 西海のことは調べ始めてはいたが大村との関係は全くと言っていい程突き止めきれずにいた。確かに七ツ釜や多以良は水軍の港としてはよくできている。河口や細い入り江をうまく人工的な運河でつなぎ、近江水軍さながら隠し港としては完璧なのだ。ただ貿易船となるとどうだ。もっと広い安全な入り江が必要になる。それで純忠は横瀬や長崎船津を考えたのだろう。しかしながら片や焼き討ちに遭い、その後に開いた長崎は天領となる。そもそも歴史的に見れば西海と大村は本来対等な領主と領主の関係だった筈である。だからして結果大村領は一国二城なのだ。当時の大村家は戦や内紛が続いていて力でねじ伏せたとも考えられない。半島は大村以上に米も採れない。今でこそみかんが有名ではあるが当時は未だ全国的に栽培は普及していない。松浦、武雄との争いが絶えない中でその水軍力が必要だったのは理解できる。だがそれだけならば臣下に下るほどの関係ではない。単に同盟で済む。いろいろ全国的に似たようなことを調べてもみたが分家になって複数の領に分かれた例は多いが大村と西海のように何らかのパートナーシップがあって合併しているのは珍しい。それも今でも車しか手段がなくそれも半日近くかかる離れた場所同士で、なおかつその片方ははっきり言って「よそ者」なのだ。松浦の地から既に大村領だった西海へ渡る際にもスムーズに大村は受け入れている。とにかく私の現在の知識ではレア―ケースとしか言いようがないぐらい不可解なのだ。
 こんなこと、彼女ならば判断材料さえ十分にあれば一発で答えが出るのかも知れない。いや資料をいろいろ覗き見しているうちにその解答が既に頭の中にあったりして。ただそれを直接彼女の口から聴くチャンスはこのあと二度と無かった。いろんな出来事を説明していれば話が長くなる。この時はそう思ってしまった。



(続く)


長崎県西海市域と大村市(Googe Map)



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