「なにものか」になるために

投稿回数:一回目、発信力:0%(0/1,000)、字数:約1,400文字


今年30歳になるキリの良い年であり、昔から「なにものか」になりたいと漠然と思っていたこともあり、ただ、いったい何をすれば「なにものか」になることができるのか分からずに動けずにいたためとりあえずnoteを書いてみようと思い立ってみた。

「なにものか」になれるかは分からないが、noteを書くことにより明日の自分は今日の自分より発信力のある人間になっていると信じて。


・note記載の目的

noteへの記載については、三つのメリットのために取り組んでいこうと考えている。

一つ目は、言語化することによる自分の思考の整理・再構築、二つ目は自分の思考・行動の記録、三つ目に最も重要であると考えている発信力の獲得である。正確には、三つ目の目標を達成するためにnoteを用いて発信を行い、副次的に他の要素も獲得できるようになれば良いと考えており、発信力の獲得を求める理由としてはビジネス等を始めようと思いたった際にゼロから始めるより一定の発信力のある自分というものがあった方が有利であることは明白であり(負のイメージを生む結果となってしまっても最悪やり直せば良いだけなのでゼロに戻るだけである)、また共感をしていただくことのできた方と未来的に協業ができたり、ビジネスパートナーとの出会いにもつながる可能性があるためである。もちろん残りの二点についても意識をし、取り組んでいこうと思う。


・noteの内容

偉人になったり、インフルエンサーになったり、社長になったりしたいわゆる、「なにものか」になった人たちが、自伝のようなものであったり、こんな方法で私は成功したといった読み物は昔からうさん臭くてあまり好きになれない。ひねくれた考え方かもしれないけど、その物語は過去から現在に向かっている物語であり結論が決まっており、「なにものか」になることを成功であるとするならばどのような道を辿っていたとしても成功につながり、過去が美化される(誤った道でも成功への道筋のように感じる可能性がある)。結局その道は必要条件の要素を含んでいるかもしれないけど、十分な条件ではないと感じてしまう(簡単に正解を求めようとしてしまう自分の性格が悪いということもあるが、、)。

つまり、「なにものか」になった人が描く人生の経過より、「なにものか」になっていく人が描いていく人生の方が「なにものか」になれたならば、時間の流れの中で感じられる本当の「なにものか」への道を見ることができて面白いのではないかと考えてそんな発信ができればよいと思う。ただ矛盾するかもしれないけど、それで成功するための十分条件的人生を披露できるとは考えていない。

ただそっちの方がうさん臭くなくて面白い気がするなとそう思う。できればいいなあと思いながら書いていこうと思う。


これまでの人生自分のその時楽しいと思うことばかりして生きたから、誰かに有意義な知見を与える発信はできなくても少し人生の楽しみを増やすことが見つかる発信ができたら良いかなーと思って発信していこうと思う。

私が「なにものか」になれたなら、その過程におけるリアルな行動・感情の描写となり、「なにものか」になれなかったなら、同じように考えている方の反面教師になれば良いと思う。

まずは適当だが定量的な目標としてフォロワー数1,000人を目標に頑張っていこうと思う。

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