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「台無し」の日が編む太宰

雲が厚く張って、もんやりした暗さと湿気が重いような日、
ほんとうに些細なきっかけで、機微の均衡が崩れてしまって、三時間ほどワンワンと泣いておりました。
そう長いこと伏していると、身体中の水分が絞られてしまったような頭痛と、目の痛みとが、有刺鉄線で締め付けられたようにジクジク響くのです。こうなると、もう初めにあった差し迫るような悲しみの恐怖、自責の罪状なんか忘れてしまって、惨めったらしさばっかりが勝ってしまう。

あなた、この怖さがわかりますか、わかりますか。ええ。
頬にナメクジが這って乾いた跡。その滑稽さ。
頬はトラ、ナメクジはコメ。
もうおわかりでしょ


私が気を紛らわそうとまさぐり取った一冊には、真っピンクの表紙に黒字で、『人間失格』と書いてあるのです。はら……と薄めのページを適当に開くと、大体シズ子親娘と同棲を始めたところで、
「本当のお父ちゃんが欲しいの」
幼さ、無垢ゆえでは無い、結局他人由来の“不意に虻を叩き殺す牛のしっぽ”におびやかされる葉蔵がいました。そのあとからの転落は一瞬で、信頼の汚濁、日の丸染まった大雪の晩、薬物中毒。キスしてやろうか。
この鬱屈、それも何遍も何遍も同じ悲しみを咀嚼して、それでもなお味の消えない、呪いのような嘆き。すごい。他人を妬み嫉む泥臭さは無く、ただ、恐ろしく繊細な自己とナルシズムが葛藤した末生まれた葉蔵という人間の自意識が、他者を無機質に見ている。見てしまう。この物語、手記は完全一人称で進みますから、ほんとうに彼は“癈人”だったのかどうかは……最後の、

「あのひとのお父さんが悪いのですよ」
「……神様みたいないい子でした」

太宰が自分の頭を撫でてやったような言葉で『人間失格』を締めていることが、全てを表していると思うのです。




「処方箋として人間失格を読んだ」っていう日記
“落ち込んだ時に太宰は読むな”派と“落ち込んだ時こそ太宰に飲まれろ”派が分かれて好き〜〜

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