もしもねこに生まれ変われたなら

「△□くん、第一志望A大にしたらしいよ」


中学時代の友人から、なんの前ぶりもなく突然やって来た半年ぶりの連絡だった。
△□くん、というのは私の元恋人で 私の中学時代すべてを捧げた人。彼とは一昨年の秋まで、遠距離恋愛をしながら3年半付き合った。

「今更何を△□のことなんて。」
そう返そうと思った。ん?ちょっと待って。
A大って、あのA大?東京にある、あの大学?

これ程に私が反応したのには理由がある。
何故ならA大は、かつて私たちがお互いをそれぞれの将来に描いていた頃、地元の大学しか受けないと頑なに語っていた彼を なんとか東京に出てきてもらおうと説得して勧めた大学だった。

「少しでもいとの近くに居られるなら、考えてもいいかもしれない。」
そう言ったくせに、結局進路は地元の国立に決めたんだと真っ直ぐ前を見つめていた彼の横顔を、今でも鮮明に覚えている。

別に私が通うことになっている大学ではないし、何も私にデメリットがあるわけでもない。


ただ、ショックだった


私が残した何気ない一言がこんな形で彼の元で生き続けていたということが。

あれだけ頑なに拒んだ、当時の私ですら変えることの出来なかった彼の意思が、なぜ今になってこんな形で現れたのだろうかと。今更何で、と。



今や彼には地元に新たな恋人がいるし、むしろ幸せそうに生活している様子はインスタを通して嫌というほどに知らされている。

だからこそ、彼には地元にいて欲しかった。

私が生きる人生とは全く違う場所で、
一生交わらない、私の知らない世界で。


5年も追いかけ続けた、大好きだった人。
きっとあの頃の私のように、誰かを好きになることはないとさえ思える、そんな恋だった。

喧嘩別れをしたあの日以来、ぱたりと閉じた彼との日々を綴った日記。その日記が突然独りでに開いて、ひらひらと文字が舞いだした。

今更続きを綴ることはきっとこの先一生ないし、読み返そうとも思わなかったのに。


今を生きる彼に垣間見えた、過去の私との記憶の欠片。もし本当に過去の私との会話がきっかけになったのだとしたら? あれだけ行きたかった大学を捨ててまでA大に来ることを決めた理由は?


いま、私が彼に抱いている感情は愛でも哀でも想でもない。


当たり前だけど、1ミリも好きなんかじゃない。そんな感情はとっくに蓋を閉めて埋めてきた。

ただ、どこからともなくふつふつと湧いてくる懐かしさが 今の私にはとても苦く感じた。


そんな私を嘲笑うかのように、ついさっきとうの昔に無くしたはずの、初デートで観た映画の半券が ひらりと一冊の小説から出てきた。


なんだ、彼の中に過去の私を探しているのは私の方じゃないか。


そもそも彼は私がその大学名を口にしたことなんて覚えてすらいないんじゃないか、頭のいい彼の学力に見あった大学がたまたまそこだっただけかもしれないじゃないか。

そう思ったら情けなくて、自意識過剰な自分が惨めになった。



ねえ、△□くん。

きみもまたこんな風に時折私を思い出すことはあるのですか、どうかそんな時が これから先一度はあってほしい。私はバスケを見る度、好きな歌手の音楽を聴く度、八重歯を見せて恥ずかしそうに笑う君を頭の片隅に思い浮かべてしまいます。けれどそれはあの頃のような憧れでも何でもなく、ただぼんやりとした懐かしい記憶でしかないことに代わりはありません。それとね、あの時、本当はごめんって伝えたかったんだよ。辛い時にそばにいられなくてごめんね、って。最後まで不出来な彼女でごめんねって。きみの好きだったスイートポテトを作って新幹線に揺られてきみの元へ会いにいくことしかできなかった私を、どうか記憶の中でいいから抱きしめてあげてください。


人はこうやって少しずつ過去を過去として処理していく。ねこが自分の毛を毛繕いして毛玉として吐き出すように、私達も自分の過去の記憶を整理して言葉として吐き出していく。


私がねこに生まれ変わる頃にはきっと、
もう△□くんのことなんてこれっぽちも覚えてなんかいないだろう。そうであってほしい。


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