フェミニストにセカンドレイプされて尊厳をズタズタにされた女の話をします

コケティッシュなタイツ女子のイラストをマーケティングに用いたタイツメーカーがTwitterで炎上し、まだまだ延焼中のようです。
何でも、性的搾取だとか女性の客体化がどうとか、タイツをはいた女子のイラストに尊厳を傷つけられたり危機感を覚える女性たちが続出しているそうで。新聞社が取り上げたり、渦中のタイツメーカーに電凸したレポまで登場したと聞きます。私もこの件については色々と思うことがあります。そこでこの度、私見を述べる代わりに、ある女性の身の上話を書き残しておくことにしました。
彼女を篠田という仮名で呼ぶことにします。篠田さんは、フェミニストに尊厳をズタズタにされてきたオタク女です。

篠田さんは物心ついたときからアニメや漫画やゲームに囲まれ、「私はオタクである」という自覚と共に成長しました。
今の若い人にはピンとこないかもしれませんが、一、二世代上の人間にとっては、オタク趣味は恥ずかしい、隠すべきものでした。フィクションの世界にのめり込む何だか危うい人々として、世間様からひんやりした目線を受けていたのです。もしかしたら、そこまで世間様はオタクたちを嫌ってはいなかったのかもしれませんが、少なくともオタクたちの側は、世間様はオタクに冷たいもの、という認識を抱いていたのはまず間違いありません。
篠田さんもそんな、ある種のマイノリティとしてのルサンチマンと誇りを持った筋金入りのオタクのひとりとして、周囲から変わり者扱いされる自分にほんの少し悩みそれ以上に満足を得ながら、漫画アニメ小説ゲーム等々にどっぷり浸かった少女時代を過ごしました。厨二病という単語が生まれる前の時代のことです。

さて、オタク少女だった篠田さんはすくすく成長し、中学高校大学と進学の度にオタク友達も増え、一人前のオタク女として社会に出ていく時期を迎えました。
しかし篠田さんの順風満帆なオタク人生に突然、試練が降りかかります。独り暮らしをしていた篠田さんの自宅の窓のカギを破壊し、男が侵入したのでした。
目覚めた篠田さんの身体の上には男がのしかかり、喉元には鋭く尖った冷たい金属の感触。枕元に置いてあったはずのPHSは充電器ごと何処かに隠されています。「殺すぞ」と男の声が聞こえました。篠田さんにはもうどうすることも出来ません。

死ぬまで続くはずだった篠田さんの楽しいゆるオタ女人生はその日、崩壊しました。心の傷だけでなく、その後の人生の夢やプランが、全て狂ってしまったのです。
篠田さんはオタク生活に必要な安定した職業に就くべく、とある資格取得を目指していました。試験は数週間後。何とか試験に受かりたくて机に向かったものの、身も入るわけもなく。時おり警察署や病院から呼び出しの電話もかかってきます。篠田さんは試験に臨んだものの、合格ラインにはわずかに届きませんでした。
しかしそれは結局、どうでもよくなりました。資格取得に必要なあれこれや就職活動はおろか、日常生活自体、まともに続けられなくなったからです。ショックを引きずりながらも、自分を奮い立たせて挑んだ試験に落ち、篠田さんの張りつめた心の糸は、ぷつりと切れてしまいました。
不合格を知らされたその日の帰途、カンカンカンと派手な音と共に落ちてくる電車の踏切のバーを前に、篠田さんの頭の隅を「死」の文字がよぎります。

それでも、篠田さんはもう少し頑張ってみることにしました。篠田さんをこの世に繋ぎ止めたもの。それは大好きなフィクションの世界……アニメやゲームや漫画や小説やイラストや、篠田さんと体験を共有してくれるオタク友達の存在でした。
現実の篠田さんは他者への興味はありませんが、フィクションの世界の中では違います。神の視点からキャラクターを見下ろすもよし。特定のキャラクターに感情移入するもよし。ありとあらゆる関係を、物語を楽しむことが出来ます。そこでは篠田さんは自由で全能で、篠田さんは何者にもなれるのです。
篠田さんはオタクです。漫画やゲームやアニメの円盤や同人誌をたくさん買う為、自炊して食費を削っていた女です。イベント開催日や好きな漫画の最新刊の発売日を心待ちにして、作品の感想や解釈を仲間と交換することが何よりの楽しみにしていたオタク女なのです。
大好きなキャラクターたちの行く末を、作品の完結を、敬愛するクリエイターの方々の活動の全てを見届けるまでは、そしてその感動を仲間と分かち合うまでは、死んでも死に切れないのです。病気や不慮の事故で大好きな作品の完結を見届けられなかったファンたちが世界には大勢いるに違いないのに、たかだかクズひとりに振り回されて自分からその権利を捨てるなんて、そんなことはしてはいけないのです。
篠田さんはオタク女なのです。

篠田さんはどうにかこうにか大学を卒業し、アルバイトや派遣で食い繋ぎながら就職口を探し、やがて定職につくことが出来ました。
社会人となった篠田さんには、人生の目標が出来ました。
なるべく周囲に迷惑をかけず、頑張って働いて、自分のお金で美味しいものを食べ、好きな作品やクリエイターさんや推しに課金しながら楽しく生きて、いつかひとりで人生をひっそり終えよう。それが篠田さんの目標であり、希望です。
篠田さんは、傍目から見れば、いつまでも稚気の抜けない変わり者なのかもしれません。男を作れ、結婚しろ、という声もあちこちから聞こえてきます。ですが、篠田さんが働いて稼いだお金で篠田さんがどう暮らそうと、それは篠田さんの自由です。篠田さんは働いて税金を払い、経済も回しているのですから、きちんと社会人のつとめを果たしています。誰にも文句は言わせません。女がひとりで生きていける、いい時代になりました。
変わらない日常を続けていく。どんなに辛くても働いて、賃金を得て、生活する。自分の力で生きていく。
辛い記憶に負けず、何でもない一日一日を生きていくことが、篠田さんのささやかな誇りであり、積み重なった生活の重みは、自信となって篠田さんを支えます。
そうして篠田さんは丁寧に整えた箱庭のような小さな自分だけの世界の中で、ひっそりと生きていくはずでした。

そして時は流れ、2015年のこと。
あるニュースが世間を騒がせました。国連の女子差別撤廃委員会のブキッキオさんという人が、日本の児童ポルノや女子供への性的搾取の現状について会見したのですが、そこで「日本の女子中高生の30%は売春を経験している」というようなとんでもない発言が飛び出したのです。さすがに根拠のない数字だと思ったらしく、後で発言を撤回したか数字を訂正していましたが、とにかくブキッキオさんは、日本は児童売春や児童ポルノの一大生産国であると認識しており、そんな日本の現状を変える為にやって来たようなのです。 そしてブキッキオさんに連帯していたのは日本のフェミニストたちでした。
ざっくり言うと、ブキッキオさん、そしてフェミニストは「日本はアニメや漫画、ゲームなど、女性や子供への性暴力を表現したポルノを量産している。被害者が実在しない架空の存在であろうと性暴力がけしからんことは間違いなく、フィクションであっても、それを読んだ人間が影響を受けて犯罪をおかせば、実在の女性や子供が犠牲となる。よってそうした表現を取り扱うことは、今後禁止すべきである」というような意見を持ち、そしてそれを実現すべく、国連の権威を背負って日本に決断を迫ろうとしたのでした。

オタク女として表現規制に深い関心を持っていた篠田さんは、一連のニュースを読み、激しく動揺しました。
アニメや漫画やゲームなどのフィクション媒体でのポルノが規制されるとしたら、それらを生み出してきたクリエイターの皆さんが萎縮してしまったり、逮捕されてしまうかもしれない。またそうした(ブキッキオさんや日本のフェミニストたちがけしからんとするような)作品が、篠田さんは大好きです。篠田さんの人生を支えてきたものが失われてしまうかもしれません。
そして。そして篠田さんは、ひとつの可能性に気がつきました。もしフェミニストの望み通り、日本でポルノ表現の規制が進み、その対象がポルノの単純所持にまで及んだとしたら。つまり、エロくて過激な漫画やアニメやゲームソフトを持っているだけで、性犯罪者として見なされるのだとしたら。
そう。篠田さんも、性犯罪者になるのです。

想像してみてください。ある日警官がやって来て、篠田さんの家を捜索します。篠田さんの大切なコレクションである漫画やアニメやゲーム、同人誌が発見され、押収され、篠田さんは警察署まで連れていかれ、尋問を受けます。
警察ですから、もしかしたら篠田さんの過去に何があったか、調べはついているのかもしれません。警官は、篠田さんのコレクションの中でもまあまあ過激な一冊、例えばどろどろぐちょぐちょの金髪ロリ監禁調教もの18禁同人誌を取り出して、篠田さんに向かってこう言うでしょう。「あんな目にあったのに、どうしてこんな漫画を集めているんですか?」

どうせバレないとか、単純所持では逮捕まではされないとか、そういう問題ではないことは、ここまで読んで下さった方には分かって頂けると思います。これは尊厳の問題なのです。
篠田さんは、ある日突然、現実の男性による性暴力を受け、被害者となりました。現実で起きる性暴力や性的搾取を、誰よりも憎んでいます。そんなのは当たり前のことです。
性暴力被害を受けた篠田さんは、誰にも性暴力を振るってはいません。これからも決してすまいと心に決めています。
篠田さんは、ひとりで生きてひとりで死ぬつもりです。誰にも迷惑をかけていません。こっそり自分の部屋に現実の誰も傷つけないフィクション作品を集めて楽しみ、心の栄養にしている。人生をよりよく生きるために。それだけなのです。
篠田さんは被害者であって、誰かを傷つけたわけではないのです。加害してはいないのです。それなのに、世の中から性犯罪者の烙印を捺されてしまうのです。

篠田さんは混乱し動揺しました。そして、日本のフェミニストたちへの恐怖が込み上げてきました。
篠田さんはフェミニストから直接何か告げられたわけではありません。そもそもフェミニストは篠田さんのような性暴力被害者かつフィクションそれも二次元ポルノを愛好する女を認識してはいないようなので、篠田さんにかける言葉など持っていないのです。
だから篠田さんはフェミニストたちの言葉を想像するしかありません。フェミニストたちがかくあれかしと望むであろう清く正しい女の姿を、フェミニストたちの心の声を想像するとき、篠田さんの脳裏に響いたのは、恐ろしい呪いの言葉の数々でした。

「お前が悪い。ふしだらなお前が悪い。
女のくせにそんなものを好きだから、性犯罪に遭うのだ。
お前は女じゃない。私たちが守るべき女じゃない。
お前の好きなフィクション作品の中の恥ずかしくおぞましい表現は、現実の女性の尊厳を傷つけるから、この世に存在してはいけないものだ。
性暴力を受けてもまだそんなものを好きなお前はきっと頭がおかしい変態女だ。
お前はふしだらな変態女で、将来の性犯罪者だ。自分が性暴力を受けてもまだ、女や男が性暴力を受けている作品が好きなのだから、お前は性暴力に憧れているんだ。
きっといつか現実の女子供に対して、性暴力を振るうに違いない。
この性犯罪者め!」

……篠田さんが、一体何をしたというのでしょう。篠田さんの尊厳はズタズタです。
いつもの篠田さんなら、落ち込んだときはお気に入りのアニメや漫画やゲームで、心の栄養補給をするのですが……その行為やコレクションそのものが性犯罪と言われたも同然なのですから、ページをめくる度に「お前が悪い」とか「お前は女じゃない」 とか「性犯罪者」という言葉が脳裏をよぎり、その度に篠田さんは「私は被害者なのに」と、辛い過去と向き合わされます。普段は胸の奥にしまってある屈辱的な記憶や、苦い挫折が蘇り、篠田さんを苦しませます。
篠田さんのメンタルは限界でした。カウンセラーや精神科医を紹介してもらおうと、性犯罪被害者を支援するNGOなどを頼ろうと篠田さんは思いました。篠田さんは、とにかく誰かに話を聞いてほしくて、お前は悪くないと言って欲しかったのです。
篠田さんはインターネットでそういった女性の活動家や、団体の窓口を探しました。しかしながら、篠田さんの話を聞いてくれそうな相手はついに見つかりませんでした。それらしい単語で検索するとフェミニズムや性暴力根絶、女性支援を掲げる団体が色々とヒットするのですが、それらは決まって、萌え絵やポルノを性犯罪を招く悪しきものと見なしていたからです。篠田さんはそれらの団体の主張を見ているうちに、ふたたび「お前が悪い」「性犯罪者」と言われているような最悪の気分が蘇り、誰かに支援を求めることを、諦めるしかありませんでした。

繰り返しになりますが、篠田さんは、フェミニストに直接「お前に落ち度がある」などと言われたりしたわけではありません。なので当時、セカンドレイプを受けた、という認識はありませんでした。
ただ、「自分の尊厳は今、このフェミニストたちに踏みにじられた」という思いが確かにあり、今でもそれははっきりと思い出せます。あの時、篠田さんは、こう思いました。

「何で同じ女からこんな仕打ちを受けるんだろう。女に生まれるんじゃなかった」と。

あれからもう大分経ちますが、篠田さんは思うのです、あれは間違いなくセカンドレイプでした。
あのフェミニストたちは、女性差別を撤廃するため、女性の尊厳を守るために戦っているはずのフェミニストたちは、傷つけられた女性である篠田さんを存在しないものとして扱い、世間の片隅でひっそりと生きていこうとした篠田さんのささやかな誇りを、その心の支えごと踏みにじり、あまつさえ現実の性暴力の被害を受けて苦しんでいる篠田さんを、性犯罪者カテゴリに蹴り落として尊厳をズタズタにしました。

篠田さんは性暴力の被害を受けた時でさえ、女として生まれたことを嘆いたことはありませんでした。その記憶はとても悔しく悲しく怒りに満ちており、犯人に対する憎しみや殺意が消えることはありません。もし犯人の素性が判明したら、ありとあらゆる手段を使い社会的制裁を受けさせてやろうと篠田さんは思っていますし、それでも腹の虫が収まらなければ自分自身の手で、と今もなお思います。時効もとっくの昔に過ぎ犯人が捕まる可能性が消滅したからこそ出来る想像かもしれませんが。
とにかく、篠田さんに女として何か落ち度があったわけではありません。その犯人が悪辣なだけで、対象は誰でも良くて、その矛先にいたのがたまたま篠田さんだったのです。篠田さんでなければ、他の誰かが犠牲になっていたでしょう。
篠田さんが悪いわけでもなければ、社会や世間などというあやふやなものが悪いわけでもない。もちろん、世の中の男が皆悪いなどということはありません。何故なら篠田さんは、推しの男たちを愛していましたし、作品を彩る男性キャラたちや、作品を生み出した現実の男性クリエイターの方々や男性スタッフさん、尊敬する女性クリエイターの作品作りを支える旦那様や息子さんやお父様やお兄様や弟さんその他のお身内の男性たちに感謝しています。篠田さんを傷つけたのは彼らではありません。彼らが悪いなどと、どうして言えるでしょうか。
篠田さんを傷つけたのはひとりの男です。悪いのは犯人ひとりなのです。その男ひとりの罪なのです。
そう思っていたから、犯人以外の誰も恨まず世界を憎まず、生き延びられたのに。

篠田さんは、ただひたすら女として扱ってもらえず、透明化された自分が悲しくてみじめでした。性犯罪に傷つけられて性犯罪を憎んでいるのに性犯罪者扱いをされてしまうことが苦しく悔しく、何もかも、自分自身さえ、無茶苦茶にしてやりたいような気持ちになりました。
篠田さんの心と身体を傷つけたのはひとりの顔も名も知らない男ですが、それでも篠田さんが必死に守っていた女としての尊厳を踏みにじり、女に生まれたことを後悔させたのは、間違いなく、フェミニストたちでした。

その後の篠田さんは睡眠障害や軽いうつをわずらい、一時は社会から居場所もなくなりかけたりしましたが、それでも新しい作品やクリエイターさんとの出会いなどもあり、少しずつ少しずつ心に栄養補給をして、頑張って生きてきました。
今でも頑張って生きています。

Twitter等のSNSではこれまで幾度となく、萌え絵や女キャラクターの表現を巡って炎上を繰り返してきました。女性の尊厳という言葉が軽々しく飛び交うさまを、篠田さんは見てきました。
その都度、女性のカテゴリから排除され、不都合な存在として透明化され続け、性犯罪者扱いされて尊厳を踏みにじられた篠田さんの心は軋みます。心の安寧を失い眠りに逃げることもできず、健康も仕事のパフォーマンスもボロボロになります。
ですが、それでもこれまでに触れた素晴らしい作品の思い出に支えられ、まだ見ぬ作品やクリエイターさんとの出会いを夢見て乗り越えてきました。
エロくて過激で自由で猥雑な創作の世界を許容する想像力がこの国にあるうちはまだ大丈夫、まだ生きていられると、何度も何度も心を折られる度に生き延びてきた篠田さんは知っています。

篠田さんはオタク女であり、フィクションを愛しています。篠田さんはフィクションを通して現実の世界とかろうじて繋がっています。
「だから私からフィクションを奪うな!」 とまでは、篠田さんは言いません。ただ、フェミニストのみならず全ての皆さんに、ある表現や意見表明を不愉快に思ったときは、少しだけ冷静になって、想像力を働かせる時間を取って欲しいと篠田さんは思いました。
その表現の意図や目的は何なのか。どんな人が、何を思って、誰に届けようとした表現なのか。
自分にとっては何の価値もない、不愉快な表現だったとしても、他の人にとってはそうではないかもしれません。「これは私のためのもの!」と喜んでいる人がいるかもしれません。孤独が癒された人がいるかもしれません。その人の声はとても遠く弱々しく聞こえないのかもしれません。
それでも許せない、と思ったら仕方ありません。許せないことを許せないと叫ぶ権利は全ての人にあります。
ただ、叫ぶ前に一旦立ち止まって想像力を働かせてみる、そんなちょっとの工夫で防ぐことのできる衝突があり、救われる孤独があり、守られる命があるはずです。
多様性とは、そういうものだと篠田さんは思います。

以上で篠田さんの話を終わります。最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

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