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エッセイ版:タカアシガニと高橋君(かにクラブ)

人間はなかなか自分に自信が持てなかったり、無いものねだりをしてみたり、本当に困った生き物だ。そして僕も然り。海の底を悠々と歩く「かに」には、僕たちはどう見えているのだろう。そんなことをずっと考えていた頃に、僕はこの歌詞を書いた。

時々「歩きにくい」と思うことがある。
と言っても、目に見えるような障害物があるわけではない。それなのにどこか歩きにくい。

舗装された道を歩き、空調の効いたオフィスで過ごしているにもかかわらず、まるで海の底を歩いているかのように「歩きにくい」と僕は感じていた。

もしも、海の底を悠々と歩く「かに」と会話が出来たら、僕の想いは何か変わるのだろうか。海の「かに」から見て、陸の人間はどう見えているのか。そんなどうにもならない想像が止まらなかった。

波打ち際で「かに」と出会う

もし「かに」と話せるなら、場所は「波打ち際」がいい。「海と陸が出会う場所」について考えていたら、そこは波打ち際だと思った。

きっと「想い」というやつは、一晩では到底語りつくせない。だから僕は「かに」と、ここでまた会う約束をするのだろう。

「かに」と話すことで心が救われると思うなんて、滑稽なのは承知の上だが、僕とってはそれこそが唯一無二の時間になるような気がして仕方なかった。

僕はその「甲羅」をうらやむだろう

「かに」と話したくなったのは、彼らが持っている鎧のような甲羅が羨ましかったからなのかも知れない。固い甲羅を持つ「かに」から見たら、きっと人間は何とも貧弱で弱々しく見えることだろう。

陸の僕には、君みたいに敵から身を守る甲羅なんて無いから大変なんだよ。いつも丸腰で戦ってるんだよ。

わかる?人間のこの過酷さ。わかる?毎日僕は頑張ってるってこと。

そんなことを言ってしまいそうな自分に気付く。わかってもらいたくてつらつらと。褒めてもらいたくてつらつらと。こともあろうに「かに」に向かって、だ。

わかっている。人間が持つネタミだとかイヤミだとか、そんな無用の感情なんて持ち合わせていない君は、純粋にこう言うだろう。

「僕たちの甲羅が、人間には強靭な鎧みたいに見えているなんて知らなかったよ。だって生まれた時から僕はずっとこうだし、周りの仲間もみんな似たり寄ったりだから。そんな風に僕の甲羅をかっこよく言ってくれて何だかすごく嬉しいよ!」

そう言って君は目を輝かせて喜ぶのだろう。人間にもケンソンやソンタクなんていう無用の感情さえ無ければ「かに」みたいにキラキラと笑うことが出来るのだろうか。

ああ、また君を羨ましいと思ってしまった。

甲羅か洋服か

波打ち際で「かに」と何度か会ったとしても、すぐに僕が変われるはずもなく、僕は相も変わらず「かに」にネタミを言ってしまうのだろう。

「ああ、僕にもその甲羅があれば」と、いつものように無いものねだりをするのだろう。そして君はまたキラキラと笑いながら、僕にこう言うのだろう。

「ねえねえ、君は僕に会う時にいつも違う服を着ているよね?君は服をいっぱい持ってるの?僕は君に会う度に、その服かっこいい!って思ってるんだよ。人間ってみんなお洒落でかっこいいよね!僕なんて生まれてから死ぬまでずっとこの甲羅だもん」

僕は服をたくさん持っている方でもないしセンスだってない。君とは数回しか会っていないけれど、せいぜいシャツが変わった程度だ。

それでも君は、こんな僕を「お洒落」だと言うのだろう。明け方に少し寒くて服をもう1枚羽織ったとしたら、君はそれを人間の「知恵」だと感心するのだろう。

鎧をまとった君たちが、人間のこんな薄っぺらい服を羨ましいと思うとは。まあ確かに、逆に人間が一生同じ服を着て過ごすとしたらどうだろう。きっと気分が下がるに違いない。そしてまた無いものねだりを始めるのだろう。 

人間は、好きな服を選んで着ているだけでなく、好きな車に乗ったり、好きな場所に住んだり、好きなものを料理して食べたり。そんな人間にとって何気ない生活も「かに」から見たら興味津々なのかも知れない。案外、人間の毎日には「自由」が溢れていることに気づいた瞬間だった。

あるものを喜び、ねだらず笑う

そろそろ夜が明ける。
今夜も僕は君に助けられたようだ。

僕が「甲羅さえあれば」と無いものねだりした時も、君は奢る様子もなく、自分の甲羅のすごさを素直に受け入れて、ただ喜んだだけだった。

そして君は、人間にあって自分に無いものを知ると、ただキラキラと目を輝かせて、すごいすごいと笑うだけだ。君が無いものねだりをしているところを僕は見たことがない。

君は僕と会うたびに「陸はすごい」と言い「人間はすごい」と言って目を輝かせる。そんな君を見ていると「日々は満更でもないのかな」という気にさせられてしまうのだよ。

「かに」に教えてあげたい

いつもありがとう。君には毎回救われてばかりだから、今日はいいことを教えてあげるよ。

君のそのハサミのような両手は、陸で言うところの「Vサイン」ってやつによく似てるんだ。

Vっていうのは「ヴィクトリー」のことで、陸ではめちゃくちゃ「誇らしくてかっこいいサイン」なんだ。

でも僕ら人間は、そのVサインを掲げることを、どことなく気恥ずかしく思って、なかなか繰り出すことはないんだ。そしてそれを「奥ゆかしさ」などという都合のいい表現にすりかえてやり過ごしてるんだよ。僕もそう。

でも、きっと君は「誇らしくてかっこいいサイン」ということだけを素直に受け入れて、またキラキラした目で喜ぶのだろう。

かっこいいんだよ、君たちは。いつだって堂々とVサインを掲げているんだから。きっと海の世界だって勝つこともあるし負けることだってあるだろう。それでもずっとVサイン掲げ続けるなんて、そんなかっこいい立ち姿、僕は見たことない。僕は「かに」を尊敬する。

「僕の両手がVサインだなんて知らなかったよ!教えてくれてありがとう!じゃあ僕は、この両手で君にエールを送ってあげるね。だって僕から見たら君の方がずっとかっこいいんだからね!ねえ、それでもまだ君は、僕の甲羅が欲しいって思ってる?」

かにはキラキラとした笑顔で「頑張れ」と言って、僕に向かって高らかに両手を掲げてくれるはずだ。

照れくさいけれど、僕もVサインを返してみる。そして僕もいつになく誇らしいような気持ちになるのだろう。Vサインは偉大だ。これは「ピース」じゃない。僕は「Vサイン」と呼びたい。

そんなことを考えていたらまた「日々は満更でもないのかな」という気持ちになった。

胸を張って颯爽とVサインを掲げていたいと思う。でもちょっと照れくさい。それなら心の中でこっそり掲げればいいと思う。颯爽と居ることは、きっとその程度で十分なんだ。

僕は、颯爽と居ることに決めたんだ。
「かに」のように。


タカアシガニと高橋君(かにクラブ)

海の底をのんびりと 急いでいるんだ
海の底は寒いんだ 歩きにくいんだ
陸の君とよく似ている

君の知恵と僕の甲羅が ひとつになれば
星いちばんのつわものになれるかもね

隣の芝生は青く見えるの?
僕の視界は白黒だけれど

頑張れ高橋君 タカアシガニのエールよりも
頑張れ高橋君 かにの甲羅がいいかい?

生まれながらの固い甲羅
君のお洒落な服の着こなし

頑張れ高橋君 海も陸も何だろう
頑張れ高橋君 地平線ならどうだろう
頑張れ高橋君 僕の両手はどうだろう
頑張れ高橋君 ハサミが今日もヴィクトリー

word:ミサイル・クーパー
music:ナイス・リー









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