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日本一周したはなし。

もうすぐ5月もおわり。もうすでに夏の気配がする。
今年の夏は花火大会とか、野外音楽フェスとか、縁日とか、そんな夏の風物詩はどうなるんだろうか。ビアガーデンは大丈夫かなぁ。

旅に出ることはできるだろうか。青春18切符でどこか行きたいな。

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旅が恋しくなってきたので、今日は日本一周したはなしをしようかなと思う。
2019年6月24日から12月24日の184日間でぐるっとしたはなし。
特に目的はなく、ただ47都道府県全てに行って一泊以上するのが唯一の決め事。
移動手段は公共交通機関だ。野宿もしない。これを旅と言ったら怒る人もいるのかもしれないな。それは旅行だろって。
呼び方はなんだっていい。ぐるっとしたことには変わりない。

日本一周をしようと決めたのは、旅に出る約2年前。
理由はシンプル、ただ行ってみたかった。

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2年かけて構想を練った。まずはいつにするか。そしてお金はどうするのか。
仕事はどうするのか。家は。

旅にテーマを持たせようとも考えた。じゃないとただの旅行になってしまうと思ったからだ。でもこの考えはいらなかったかな。ただの旅行だっていいじゃない。行きたくて行くんだし、楽しむために行くんだし。ただの旅行でいいのだ。

旅程は予算を組むためにも大まかに考えたけれど、結局結構変わった。人の気持ちは移ろうものだ。なんて。

予算を組むのにたくさんの旅人のブログなどを参考にさせてもらった。宿泊費・食費・移動費・観光費。主たる出費はこんなところかな。これに、旅とは直接関係のないスマホ代や各種税金、保険料など。これが意外と重くのしかかる。

ざっと250万で予算を組んだ。結果的には足りなかった。旅を終える頃にはすっからかんだった。

仕事はやめた。アルバイトの頃から合わせると、11年間お世話になった。でもスッキリした。これからは満員電車に心をすり減らすこともないのだ。

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旅をスタートしたその日、わたしの住む場所は大雨だった。しかも出発直前に震度4の地震があった。さらに最寄り駅に折り畳み傘を置き忘れた。
50Lのバックパックは12キロ。気持ちも荷物も重くて、初日にしてすでに帰りたいと思った。自分で決めたこと、これまでワクワクしていたことのはずなのに。

旅を初めて一週間後くらいから北海道入りして、少しずつ楽しいと思えるようになった。大好きな北海道の雄大な景色は心を解きほぐしてくれた。バックパックの重さにも次第に慣れていった。

ひとり旅は今までもしているし、ひとりが基本的に好きなので特に寂しいとか思うことはない。ただ、夜が怖かった。お化けが怖いのだ。お化け。やだ。
最後の方までひとりで眠ることには慣れなかったな。だからゲストハウスやキャビンタイプの宿をよく利用した。でも自分が出す音に神経を使ってしまい疲れるので、ビジネスホテルにも多く泊まった。

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移動は主に電車・バス・船。運転免許はあるけれど、ほとんど運転はしなかった。お酒飲めないし。寝れないし。
ボックスシートを独り占めして、ぼーっと流れて行く景色を眺める時間がとても好きなのだ。いつの間にかうとうとする。夢と現実の狭間を行ったり来たり。たくさんの名もなき絶景に出会った。

行く先々で、はじめましてをする毎日。人見知りのわたしは疲れてしまうことも多かったけれど、それ以上に楽しかった。
ひとりひとりとの出会いをちゃんと覚えている。どこで何を見たかとか、何を食べたとかよりも鮮明に。
名前も明かさずにさよならした出会いでさえ、わたしの心に今もあったかい感情をくれる。

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はじめは人との出会いや交流を期待した旅ではなかった。ただ、全国を見て歩けたらいいと思っていた。でも、今振り返れば思い出の大半は誰かと出会ったその日のことだ。

利尻島の宿のお父さん。ノープランなわたしに自宅の車を貸してくれて、毎日飲みに連れて行ってくれた。

塩狩の宿で出会ったパワフルな写真家さんとは、その後の旅の中でも遊びに行くような仲になった。

大好きな美瑛では素敵なペンションとオーナー親子に出会い、丁寧に暮らすことを教わった。

秋田の武家屋敷で同席したご夫婦は、息子さんとわたしの歳が近いからとご馳走してくれ、岩手の宮古駅で出会ったお母さんはわたしの顔を見て元気になったとお小遣いをくれた。

宮崎で出会ったお父さんはもう本当のお父さんみたいだったし、高知で出会ったおじちゃん3人組とはカラオケで騒いだ。

他にもたくさんだ。道端で頑張ってって声をかけてくれる人や、電車の中でお弁当をお裾分けしてくれるおばあちゃんもいた。

全ての人の笑顔が輝いていたし、何よりあったかかった。

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友達の地元で遊んだり、泊めてもらったり。旅に合流してくれていろんなところを一緒に観光したりもした。
ひとり旅は、独りじゃないと知った。宿の人やお店の人、その場所に生きている人たち。直接話はしなくても、そこにいる人たちがいて、遠く離れていても見守ってくれる人たちがいて。
何を自分はひとりで生きている気になっていたんだろうと思った。

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日本一周をしたからといって別に何かを変えたいとは思っていなかったし、変わるとも思っていなかった。そして、実際何かが大きく変わったわけじゃない。
でも、旅をする前と後ではちょっと違う気がしている。きっと旅をしたことだけが理由ではない。でも。

自分を探すために旅をするという人もいるだろう。傷ついた心を癒すための旅もあるだろうし、ただ楽しいことを求めて旅をする人も、刺激を求めて旅をする人もいるだろう。旅をする理由なんて人それぞれだ。

そして、旅で何を感じるのかも人それぞれだ。感じなくても別にいい。

184日間の旅は終わったけれど、わたしの旅はまだ続いてる。きっとそれは生きている限りずっと続く。始まれば必ず終わりがくるし、終わったらまた始まるということ。

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旅の最後の一週間は体調がすこぶる悪かった。最終日に発熱し、家に帰る途中でまず病院に行った。インフルエンザだった。

いつもそうだ。肝心なところで体調を崩す。
でも待てよ、最後以外は大きな怪我も病気もしなかった。とても頑張ってくれたんだね、わたしの体。そんなに強くないのに。

そんなゴールだったから、達成感も感慨も寂しさも何にもなかった。それどころじゃなかった。家についてすぐに薬を飲んでベットに潜り込んだ。家に帰ることができた安堵感で深く眠った気がする。もうこの重いバックパックを背負わなくていいんだ。

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『この場所で生きる』
わたしはこの場所で生きてゆくんだとあらためて思った。地に足をつけて。空に憧れながら。帰る場所があるから遠くまで行ける。また旅立てる。

夢って何度でもみれるんだ。そして何度だって叶えられるはず。

最初はこれがひとり旅の最後だと思っていた。これで終わりにしよう、と。
でもそんなの無理だ。やめられるわけがない。旅はまだ続く。冬の北海道にあたたかさを感じに行きたいんだ。沖縄の離島で満天の星に包まれたいんだ。屋久島の深い森を探検したいんだ。しまなみ海道をこの足で歩いてみたいんだ。

そう、行きたいこと・やりたいことがまだまだたくさんあることに気づいた。終わりは始まりなのだ。だから、寂しくない。

今はまだ旅は難しいけれど、今はこの場所でしっかり生きて、そして未来にワクワクしていようと思う。

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日本一周の日記を、今Facebookに投稿している。まだ完成していない。もう帰ってきて半年経つのに。
そのうちnoteでも投稿したいなと思っている。劇的な事件とかはないけれど。あと勝手にランキングとかしてみようかな。かかった費用の内訳とかも。車や自転車での日本一周の記事ってたくさんあるけれど、公共交通機関で回った人の記事ってあまり見かけない気がするので。

纏りのない文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。
こんな感じで思いついたことを不定期で綴っていきます。よかったら、またお茶でも片手に遊びにきてくださいね。

                            2020/05/29 美空

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