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同じ顔になれる粉

 最初にマリアと出会ったのは美容室でファッション雑誌を見ていた時だった。整った顔立ち、理想的なプロポーション。綺麗な服を着て華やかに微笑むマリアは本当に素敵で、私は一目でマリアのファンになった。毎月マリアの出ているファッション雑誌を買うのが楽しかった。インタビュー記事を読んだりゲスト出演するTV番組を見たり。知れば知る程マリアは私の理想だった。

 同級生にマリアファンだって話したら、頭の先から足の先まで見られて「ふーん」って言われた。その時の表情が忘れられない。言葉にしなくても分かる、あの子は『その顔で髪で服装でマリアファン?』って思ったんだ。私は急に自分の格好が恥ずかしくなった。そしてマリアに謝りたい気持ちになった。マリアに恥ずかしくないファンでいるために、胸を張ってマリアファンって言えるように、私は自分を変える決意をした。

 それからは忙しかった。自分に合った化粧を練習しマリアが雑誌で着ていた服を買う。美容室でマリアと同じ髪型にしてもらい、普段のお手入れ方法を聞いて毎日実践した。マリアみたいな体型になりたくて運動や食事制限も始めた。毎日少しずつだけど変わっていける自分を感じて本当に嬉しかった。これも全部マリアのおかげ。マリアは本当に凄い。

 何年もそんな日が続いたある日、1人の男の人が街で話しかけて来た。マリアと同じ事務所のスカウトマン。私はお父さんとお母さんを説得した。これでマリアに会える! 同じ世界に行ける! 興奮で頭がどうにかなっちゃいそうだった。

 雑誌デビュー後しばらくしてから夢にまで見た日がやって来た。現場でマリアに会えた! 私はもう死んでもいいと思うくらい舞い上がって、話す前に泣き出してしまった。そんな私を心配して声を掛けてくれるマリアは写真や映像より綺麗で優しくて、背中をなでてくれる手が温かかった。

 それからは今まで以上に仕事に熱中した。そうすれば現場でマリアに会えると思ったから。私がマリアに憧れてこの業界に入ったことを知ったスタッフが対談企画を用意してくれた時、撮影後にマリアが連絡先を教えてくれた。言葉に出来ないくらい嬉しかった。その日私は自分がどうやって家まで帰ったか覚えていないくらい興奮してたけど、帰ってからすぐにお礼のメッセージをマリアに送ることだけは忘れなかった。

 マリアとは日を追うごとに仲良くなっていった。マリアの好きなものなら何でも知ってる私はマリアと気が合った。仕事も順調。マリアとの共演も増えて毎日が本当に楽しかった。マリアになら何でも話せたしマリアも沢山教えてくれた。こんな近くで大好きなマリアと一緒に過ごせて本当に本当に幸せだった。

「正直あいつ目障り。私の真似ばっかりで自分がマリアの劣化版だって気付いてないのかな?」

 だから最初は言葉の意味が理解出来なかった。

「口ではマリアマリアって言ってるけど私の人気に乗っかりたいだけでしょ」

 マリアの声で何言ってるの?

「ブスは消えればいいのに」

 女の表情が醜く歪んだ。おぞましい言葉を吐く口元にニキビが見える。全身が泡立つのを感じた。

 無我夢中だった。マリアにもらったおそろいのリボン。細くて白い首。空をつかむマリアの指の動きは滑らかでとても美しかった。見開かれた目に綺麗にお化粧されたまぶたを被せ、飛び出した真っ赤な舌を口の中にしまう。
 炎を纏うマリアは妖精のよう。残された骨は純白で、叩くとカシャンカシャンと可愛い音がした。


 それから数ヶ月。マリアのいなくなったファッション雑誌には私の写真が沢山載るようになった。ねえマリア、私また綺麗になったよ。化粧ポーチの中から真っ白なパウダーを取り出すとブラシに取りそっと顔をなでた。キメの細かい粒子がスッと馴染んでいく。やっぱりマリアと私は相性抜群だね。




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