「女」は自由だ──映画『燃ゆる女の肖像』評  木村奈緒

※ 本文には映画の内容に触れた記述があります。


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「燃ゆる女の肖像」パンフレット

自分は自由だと思っていた。正確には、わざわざ自由だと感じることがないぐらい、不自由さを感じたことがなかった。

自分の学びたいことを学び、好きな本を読んで、好きな洋服を着る。好きな場所に住んで、職業を選び、結婚出産をすることもできるし、しないこともできる。海外旅行にも行けるし、遠く離れた人といつでも連絡がとれる。誰がどう見たって自由だ。

だとしたら、なぜ私は『燃ゆる女の肖像』にここまで衝撃を受けるのか。

セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』は、18世紀フランス・ブルターニュの孤島を舞台にした物語。伯爵夫人の娘・エロイーズ、エロイーズの見合いのための肖像画を依頼された画家のマリアンヌ、召使のソフィが、限られたいっとき、心を通い合わせる様子が描かれる。登場人物はほぼ女性で、有名な男性俳優も豪快なアクションスターも登場しない。女性監督・キャスト・スタッフで制作された本作は、第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した。

本作に登場する女性たちは不自由だ。エロイーズは望んでもいない結婚を強いられる(選択権は男性のみにある)。マリアンヌは自分の描いた絵を自分の名前で発表できない(父親の名前で発表している)。身ごもったソフィーは、ひとり母体を危険に晒して子を堕ろさねばならない(子の父親は終始不在だ)。エロイーズとマリアンヌがどれほど互いを慕っていても、別れは定められている。誰がどう見たって不自由だ。

だが、劇中の彼女たちから不自由さは微塵も感じられない。父の名で出品された自身の絵の前に立つマリアンヌに卑屈さはない。キャンバスの前に座るエロイーズは、それが望まぬ見合いのための肖像画であっても、毅然と画家を正視する。マリアンヌとエロイーズは自身のうちに燃え上がった火を消すことなく、互いを求め合う。もちろん、彼女たちとて理不尽な状況に憤りはあったろう。しかし、彼女たちの精神は、現代に生きる私よりもはるかに自由だ。そのことに衝撃を受けた。現代は自由(に見える)かもしれない。しかし、私の心は不自由なのではないか──。

私はあくまで私だ。だけど私は、時に自分が社会で「女」として扱われることを知っている。私は「私」ではなく「女」なのだ。医大の入試で「女だから」一律減点されたとき、私もまた減点された。「女だから」犯され殺されたとき、私もまた犯されて殺された。「女だから」発言が制限されるとき、私もまた発言が制限される。なぜなら、私は「女」だから。そこに固有の「私」は存在しない。

政治家に女性が少ない。芸術家に女性が少ない。企業のトップに女性が少ない。日本に女性の総理大臣は一人もいない。少なからぬ人はささやく。「女性は男性より能力が劣るから」「優秀な人を選んだら、男性だっただけじゃないか」。
そんなことはないと分かっている。でも、女性不在の現実を目の当たりにするたび、自信を失っていたのかもしれない。「女性は何をやってもダメなのか」。「女性」が次第に「私」にすり替わっていく。「私には無理なんだ」。私は不自由になっていた。

『燃ゆる女の肖像』は示す。女性はいかなる状況でも自由な精神と意志を失わないことを。女性は競争意識が高いどころか、身分によらず他者と繋がれることを。女性は能力で男性に劣っていないことを。何より、本作がその証左ではないか。「映画史に残る」との評は、決して大袈裟ではない。

映像の美しさ、脚本の見事さ、音楽の素晴らしさ、テーマの重要性。本作を評価する点は多々あるだろう。それでも私は、本作が見る者を抑圧から解放する作品であることに最も心を動かされた。18世期のフランスに生きたであろう女性たちが、21世紀の日本に生きる女性を不自由さから解放した。その映画を作ったのは、同時代に生きる女性たちだ。本作に出会えたことを、心の底から喜びたい。

あえて言おう、「女」は自由だと。「女である私」もまた、自由だと。


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『燃ゆる女の肖像』
監督・脚本|セリーヌ・シアマ
出演|アデル・エネル、ノエミ・メルラン、ルアナ・バイラミ、バレリア・ゴリノ
撮影監督|クレア・マトン
衣装|ドロテ・ギロー
編集|ジュリアン・ラシュレー
音楽|ジャン=バティスト・デ・ラウビエ
上映時間|122分
配給|ギャガ
公式サイト https://gaga.ne.jp/portrait/

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木村奈緒

フリーランス。1988年生まれ、2010年上智大学文学部新聞学科卒。メーカー勤務などを経て、現在はライター業を中心に、取材執筆をはじめ、各種展覧会やプロジェクトの企画・運営などを行う。2015年、東京で「わたしたちのJR福知山線脱線事故ーー事故から10年展」を開催。https://kimuranao.tumblr.com/


レビューとレポート24号(2021年5月)