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【連載】家船参加作家 / CLIP.2 福士千裕インタビュー | 家船特集

作品「家船」は多数の作家と地元住民、様々な協力者によって共同制作されている。この作品への参加作家が個人では普段どのような活動や制作をしているのか、レビューとレポート3月号「家船特集」を皮切りに、各人へのインタビュー記事を連載形式で掲載する。
今回は福士千裕へインタビューを行った。

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福士千裕(ふくし ちひろ)
絵描き。HNは「蚊に」。1989年横浜生まれ
2013年東京造形大学美術学部絵画学科卒業
主な個展|2010「例のあれのずれ」(mograg garage)、2013「おニゅ〜な犬」(mograg garage)、2016「なんかARCANA」(momurag)、2019「なんなんらいふ」(mograg gallery)

(聞き手=KOURYOU)

ー福士さんの今までの活動や作品についてご紹介いただけますか?

福士:幼少期から絵や漫画を描いていましたが、2005〜2008年頃からインターネットのお絵かき掲示板に絵を描いたり、それをホームページに載せたり、pixivに載せたりしてつくったものを人に見せるようになりました。2009年頃に画家で友人の内田百合香とmixi経由で絵描きのoratnirさんに誘われて東京農大の学内で展示したり、あとその後同じ時期にpixiv経由で藤城嘘くんに誘われてカオス*ラウンジに参加したりしたのが最初で、それ以降、継続してグループ展や同人誌即売会のコミティア、個展などで作品を発表し続けることになります。

ー発表する場所や媒体が変わっても、主に絵や漫画を描き続けてこられたんでしょうか?

福士
:作品については基本的には単純な作りでできていて、絵を描くことがメインで、それにいろんな要素を足したり形式を変えたりしながら、ずっと同じことをし続けていると思います。だいたいドローイングが主で、それがでかくなったり角が生えたり色が変わったりみたいな感じです。描き始めるとそれまで考えていたことを大体忘れて手を動かす方に集中してしまいます。

ー福士さんとは何度か一緒に制作させていただいてますが、すごい集中力ですよね。

福士
:KOURYOUさんと会う時ってだいたい切羽詰まってるから集中しなきゃってなってるだけな気もしますけど、下書きやアイデアを考えてから描かずに、描きながら考えてるのが関係あると思います。こんなこというと面白くないかもしれないけどあまり考えがないので、その辺と付き合っていく方法は永遠の課題だと思っています。いまはもっと考えてからものをつくる方向をやってみようかなと思ってすこしずつ実践しています。例えばストーリー漫画とか。物語を感じる絵と物語はどうつきあっていくのかとか。アイデアをまとめたりすることをしないのはなんでなのか。どうやったらまとまるのか。着地点を決めなさすぎるのが原因のような気がします。

ー私もそうですよ。決めすぎてると発見があまりないんですよね。考えるのも大事だし、頭より手の方が賢い感覚もあります。右足左足と出して歩くみたいに私はやっていけたらなぁと思っています。

福士
:そういう感じですよね。もっと頭で考えようとしてる自分を驚かせたいなあと思います。ひとつひとつその場で確認しながらやっているから、逆にいうと制作のオンオフの切り替えがしやすいのはいいですけどね。

ー作品について詳しくご紹介いただけますか?

福士
:まずはじめの個展「例のあれのずれ」(@mograg garage)が2010年でした。(図1)(図2)(図3)

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図1 「例のあれのずれ」DMイメージ

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図2 「例のあれのずれ」展示壁面の一部 撮影=福士千裕

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図3 はりぼてをかぶっている私 撮影=福士千裕


福士:この時初めての個展だったので、自己紹介も兼ねて昔からの作品を全部出してたんで今見るとちょっと恥ずかしいんですが、まあ初個展てこんなもんですよね。この頃は絵がぐちゃぐちゃしていて、インクがドバドバしてたり、鉛筆でぐりぐり塗り込んでいたりしました。気持ちはずっと一筋縄ではいかない絵を描きたかった。ひと口で言い表せないものがあります。「例のあれのずれ」という言葉はそういう一筋縄ではいかないけど、自分の中にある感覚を捉えていると思っていて、正直これ以外気に入っていてもこれを上回るタイトルが今のところないです。

ー確かに凄くいいタイトルですね。どのような展示だったのでしょうか?

福士
:壁一面にドローイングや、透明フィルムの上から文字を書き込んだり、大きい模造紙の絵の上から小さいドローイングをペラっと貼ったり、新聞のカットアップを隙間にはりこんだりしました。あんまりこれをやっちゃダメとか、考えてなかった。頭にかぶっているのは、作りたくなったので作った趣味のハリボテです(図3)。この頃はまだ漫画と絵の境目がいまよりもっと曖昧だったせいもあって、文字と絵の距離が近いです。絵の中に文字がバンバン入っている。これはその後漫画を描くようになってだんだん分かれていったり、また近づいたり別の形になったりします。

ー福士さんの絵と文字の距離感、面白いですよね。別の個展を見に行かせていただいた時にも壁一面が絵などで埋まっていましたが、初個展もそうだったんですね。

福士
:このときは床にゴザを敷いて座って見れるようにしたので、絵が壁の下の方まで及んでいました。自分の部屋の中とかで壁に好きな絵をペラっと貼ったり、なんとなく立てかけて見てる時のような、何気ない自然な鑑賞状態に近づけたい気持ちがありました。この時自分の絵は展示展示してるのが合ってないと思ってた。真夏で、展示会場のガレージ中にゴザの井草の青い香りがしてました。これがその次の2013年の個展「おニゅ〜な犬」(@mograg garage) ではフローリングになって、床にいつも部屋にいるぬいぐるみやオブジェクトやテキスト等を置いといたりしました(図4)。今もそういう思いはあるけど、とにかく作品を見るときに無理なく、すっと見れる状態にしたいという気持ちがあります。

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図4 個展「おニゅ〜な犬」2013年 撮影=齋藤裕也


福士:作品の「ガワ」の部分を考えるのが好きで、それを考えるのは私が絵を描くときにとにかく楽ちんに、いかに嫌なところがなく、いかにしがらみなくいいものを作ることができるか、見れるか、というのにも繋がる大事な部分だと思っています。中身を考えるのは描く時にやるので、それを邪魔しないようにしたいです。とにかくすべて楽ちんに淀みなくいきたい。

ー作品の「ガワ」の部分とはどこの事だと捉えていますか?福士さんと一緒に制作すると作品に対してものすごく誠実でストイックに感じます。いいものを作る以外の事をカットして楽ちんに、という事ですよね。

福士:「ガワ」は作品の枠組みですね。こういう風に作る、と決めてその中で遊ぶ感じです。終わりもわかりやすいとなおいい。中々できないですけど。あとで話しますが、自分で自分の塗り絵のようなものを作ることになるんですが、これは描き方の「ガワ」としては、線を描いてその中を全部塗り終わったら絵が強制的に終わる、みたいなしくみになってるんです。そういうのを決めれば描いてる時に内容に集中できるしいいなと思うようになって、いろんなことをやるときそういったパターンが増えていきました。だいたい初個展の後くらいから意識するようになった気がします。その辺りでわりと立ち止まってしまうことが多いので、そういうことをけっこう考えます。

ーその後作品制作はどう展開していったのでしょうか?

福士
:2012年に漫画を描き始めたのがかなり大きな転機になっています。熱紙(1)の藤伸行さんに、熱紙に漫画を描いてと言われたのが事の始まりで、熱紙に20ページくらいの漫画を描きました。なんか漫画を久しぶりに描いたんですけど、それがけっこう面白くて、ストーリーの断片的な漫画をその後自主的に制作するようになります。初めての冊子「せんねんとせんえん」は殆どのページが一コマ描いてはその場で次を考えたり、ほっといて別のページを描いたりを繰り返しながら書き上げた100ページの漫画を一つの冊子にまとめたものです。つながりがないページ同士なので、最終的にページをランダムに入れ替えたりして編集してあります。基本一人で大喜利しているような感じに近いです。どこからでも読める、カバンや部屋の隙間にいて、好きな時に好きな箇所を読める、バンバン飛ばして好きな曲を聴くような音楽アルバムのような感じにしたかったです。まあでも自由に楽にそれぞれの読み方で読んでくれるのが一番かなと思います。

ー福士さんの漫画本は不思議で、断片的なのに次に次にとどんどん読みたくなるんですよね。

福士
:物語はバラバラだけど、あるひとつの大長編の物語(世界)の一部を描いているという意識は持っています。なんでバラバラなのかというと、ストーリー漫画をまともにかくのがなんだか気恥ずかしいというか、苦手だからだ…というネガティブな理由はあります。でも描きたい場面やセリフやなんとなく描きたいものはその時その時であって、そういうのは普段の生活からだったりいきなり思いついたりしたもので、ものすごく断片的なんです。正直、漫画についてはまだ自分の中で思いがまとまってないんでふわっとした説明しかできないんですが、そもそも自分で自分のこと、1から物を説明するのがヘタな人間だなって常々思うんですけど、そういうところが集まってる感じなんですよね。でも物語というものに大きなあこがれがあるし、けっきょく生きている以上どれだけポンコツでも物語の中にいるんだって思うと、私が今描いているものは大長編なんだってわかるんです。それは着地点のない、自分にとってどこかに行くために必要な鍵のようなものだから、兎に角描かなくてはいけなくて、それを本(=物語)というひとつの時間にまとめたいという気持ちがあって、それが形になっただけだと思っています。

ーその気持ち凄く分かります。違うかもしれないですが。あと福士さんの漫画は子どももちゃんと読めるように描かれていますよね。

福士
:作中の手書きの文字にふりがながふってあるのは、学研や少年少女漫画のような雰囲気と、子どもや漢字を読めない人とかでも誰でも読めるようなものにしたかったというのがあります。これは高校の頃からファンだった漫画家の香山哲 (2)さんの影響が大きいです。見る側への配慮とかサービスの温度がちょうど良くて、かっこいいなとずっと思ってます。けっこう好きな人の影響をすぐうけるところがあります。でもそのおかげで日本語をかじっている海外の人もひらがななら頑張れば読めるので、何度か役に立ったと感じる場面はありました。

ー漫画本を出しても、絵を制作して発表する事は続けられていますよね。

福士
:漫画を描き始めたら、絵はやっぱり漫画とは別の仕事だなって思うようにどんどんなっていきましたが、色々試行錯誤もしていました。2013年の夏に二度目の個展「おニゅ〜な犬」をやりました。印象的だったのが、展示の直前に幼なじみの友達から誕生日プレゼントに色鉛筆の色辞典シリーズ(3)を全色もらうという出来事があったことです。それまでなんとなく色に対してうまく扱えていないというか、色に対するコンプレックスがあって、自分は線画の人なんじゃないのかと思ったりもしていたけど、色鉛筆の全色セットをもらったことで、ここに色が全部あるから混ぜたりしなくても勝手に良い色が揃っている。なら、全部使ってみたらいいだけなんじゃないのかと急に思い立ちました。自分の絵は線画が強いから、それを塗り絵の線とみなして自分の絵の塗り絵をするみたいに絵を描いたら楽しいし、ガンガン描けそうだしいいんじゃないのかとふと思いついてやってみました。これの面白いところは、先ほども言いましたが全て塗り終わると強制的に終わりが訪れることです。なのでこれは本当に塗り絵って感じで、他の絵とはちょっと扱いが違う。でもおかげで色に対しての苦手意識がなくなって、どんどん色を使うようになりました。

ー色がうまく扱えないなんて印象は全然なかったです。そんなきっかけがあったんですね。

福士
:きっかけがあるとよりどんどん描けます。こういう、ごっこ遊びのようなことが好きなのかもしれないです。「これは自分で作った塗り絵ごっこだ。」と思って描いたり(図5)(図6)、昔から使ってるバトエン (4)とかキャラクターの鉛筆や、キラキラスリーブのまとまるくん消しゴムとかを使って士気をあげるのもよくやるけど同じような理由です。環境を整えるとやっぱりノるので、いい絵が生まれます。

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図5 「ジェット君」2013 板目紙、シャープペンシル、色鉛筆、ペン

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図6 「石ストーンねこキャット」2013 板目紙、シャープペンシル、色鉛筆

ー漫画を描かれるようになって、展示の仕方が変わったりしましたか?

福士
:さっきの続きの話になるんですが、漫画を描くようになってから絵と言葉の関係をもっと考えるようになって、作った漫画の吹き出しをでっかいパネルにしたのを会場に設置したり(図4) 、隙間にテプラで作った散文を貼ったりしました(図7)。当時テプラのよさに気づいたのは2013年1月に山本悠くんに誘われて五番街マック(詳細後述)として参加した「であ、しゅとぅるむ」(名古屋で開催されたグループ展。そこでKOURYOUさんともはじめて出会った)で、使えそうだなと思って買ったマイテプラを持って行ったんですけど、それを会場に貼ってみたところから始まります。公共の施設でやった展示だったし、ふつうにテプラとかも使われてる場だったこともあって、自分の言葉なのにそれがテプラになると貼ってある状態に違和感がぜんぜんないのが面白すぎて、謎のしてやった感があったのが忘れられないです。それをもっとやりたくて、個展の時は展示会場の隙間にたくさんテプラや付箋に書いた文章を貼ったりしました。2010年の初個展のときは言葉へのアプローチの仕方が新聞のカットアップや書き込みでしたが、漫画を書くことを経てどんどん自分の言葉に近づいていったと思います。そのぶん、絵の中の言葉は意識して減っていきました。やはり文字が入ると漫画に見えてくるので、だったらそれは漫画でやればいいじゃないかとその辺から考えるようになりました。文字ブームが来てたんだと思います。その後もテプラにしばらくハマってて、フリーテプラとかいって好きな言葉を綴ったテプラをステッカー代わりに配ったりもしました。でも最近はちょっとやりすぎたし、同じようなことしてる人もたくさんでてきたからもういいかってなりました。テプラであること自体は重要じゃないなと思って、最近はテキストを普通に打ってます。でもテプラはずっと好きだと思うし、テキスト打つの好きだからふつうに個人的に楽しむために使うと思います。

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図7 テプラのテキスト。昔のウィンドウズのワードテキストっぽくて好きだった。 撮影=齋藤裕也


ー「であ、しゅとぅるむ」で五番街マックの作品を見た時は衝撃を受けました。しわしわさんとすごく大きな本を作ってましたよね。テプラ展示も発明だなと思います。

福士
:でかい本は気に入ってて、そのあとミニチュアバージョンを同人誌即売会のコミティアで販売したりもしました。その時は清水ニューロンさんに見開き1ページ1ページをステージに見立てて曲を作ってもらって、サウンドトラックとして一緒に販売して、すごいいい出来で満足してます。その後もコミティアに定期的に出てみたり、合同誌に寄稿したり、ちっちゃい名刺がわりの漫画を作って配ったり、齋藤祐平さんと合作のリソグラフで刷った実験的なZINEを作ったりしていたので、自然に印刷物への興味がどんどん高まっていきました。

ー福士さんにとって、五番街マックの活動はどのようなものですか?

福士
:とにかくしわしわ(5)と何かすると楽しいやつって感じです。コミティアにでるときは「五番街マック」というサークル名でいつも参加しています。五番街マックっていうのは、当時お互い横浜に住んでいて、最寄りの中間地点が横浜駅前の五番街というエリアにあるマクドナルド/通称「五番街マック」だったんですがサークル名をつけるときになんとなく、五番街マックでいいか、みたいなゆるい理由でつけました。そのあと一度サークル名ださいから「パーフェクトシュリンプ&シワシワマンジュウガニ」に変えようってなったんですけど字数が多すぎてはじかれたので五番街マックのままになってます 。どっちみちって感じですよね。変だけどまあいいか、みたいなのめちゃくちゃ多いです。あまり気にしすぎないというか、深く考えすぎないように、聞こえないフリをする感じに近いです。二人ともくそ真面目なんでそうしないと中和されない。あとはなんか会話の中ででたちっちゃい思いつきとかをそのまま形にしたりするのが楽しいです。しわしわにとくに実行力がある。私がどうしてもタペストリーを燃やしたい気持ちがあって、二年越しで河原へタペストリーを燃やしに行ったり、夜中のみなとみらいを散歩したり、コミティアのブースの机上でいろいろやったり、いろいろてきとうに思いついたことを本当にやったりやらなかったりしています。何をしてたかはホームページに活動年表があるから見てください。

蚊に_五番街マック

http://5bangaimac.web.fc2.com/


福士
:ついつい手が出るお菓子みたいに、ついつい活動してしまうので、たぶん性に合っているんだと思います。あんまり言葉にする気がないし、言葉にするとなくなってしまいそうだから活動自体をのこる形で話したことは、あまりないです。

ーすごく良いタッグだと思うし、なくならないでほしいと思います。

福士
:わかんないですけどね、なんにも決めてないのがいいと思っているから。しわしわはどう思っているのか知らないですが。いつか五番街マックの事務所を作って、そこで作業したりなにかしたりしたらさぞかし楽しいだろうなと思っているけど、2人ともお金なくてプアプアなので頓挫しています。

ー五番街マックでは、福士さんとしわしわさんの個人ではあまりやらないアイデアも実験しているんですね。

福士
:いろいろやっていますね。あとは音楽の才能がしわしわにあるのがでかいです。何か知らないけどいつのまにか歌をつくっていて、ライブしたりしている自分がいたりして、意味が分かんないですけど楽しいです。発端はしわしわがある日突然「五番街マックで歌を作りたい」と言い出したので、いっしょに相手のパートのリリックをファミレスで考えて作ったりしました。私は曲が作れないのでしわしわが曲を作ります。当時は音楽制作アプリのGarageBandに入っているプリセットの音源をいじって頑張って作ってましたね。その前身でスイッチを押すと音源と朗読が流れる仕組みの石版を作ったりもしてて、それは高円寺pockeで行われたグループ展「うるさい」(6)で展示したんですが、めっちゃ音がちっちゃくて全然うるさくなかった。それもホームページで聴くことができます。またある時はしわしわの歌につけるMVを作ったりもしました。


福士
:この曲めちゃくちゃいい曲だからぜひ聴いて下さい。こういう楽しい日々がずっと続けばいいと思っているけれど、先のことは何にもわからないです。

ー「でぁ、しゅとぅるむ」からパープルームにも参加されましたよね。

福士
:2014年頃、パープルーム予備校に遊びに行った時にひさびさに油絵を描いたら面白かったので、その後もちょくちょく描いています。
油絵も色と同じでコンプレックスがあったけど、描いてみたら多分普通に自分の絵への感度が昔より上がっていたっぽくて、めちゃくちゃいい絵がたくさんできました。場の緊張感とかもあったかもしれない。そのあとパネルの作り方とかも教えてもらって、絵の具も色鉛筆の時と同じようにいろんな色をすこしずつ集めて、自分で帰ってからも好きなように描いたらすごくおもしろくて驚きました。色もきれいだし、満足度が高かったです。

ーあれから油絵も続けているんですね。

福士
:絵の具全般まだまだ模索中なんだけど、実験できるおもちゃがたくさん増えるのは飽きっぽい自分にはありがたいです。自分はそれぞれの画材の流行り廃りと、絵をやる時期と漫画をやる時期がころころ変わります。画材はたとえば鉛筆ブームのときはずーっと鉛筆で描いてるし、コピックブームのときはコピックを使い倒したりする。その中で新技とかを発見したり、何かしら更新しながらとっかえひっかえして飽きずに描き続けるのが性に合っているなと思います。あれこれ手を出しすぎずにストイックにやりたいなあと本当は思うけど、もうそういうスタイルになってしまっているので諦めています。

ー画材などは色々変わっていっても、やっぱり個人では絵や漫画を中心に描き続けているんですね。

福士
:絵とは別で趣味の木彫りとかもします。ただの垂木を削ってトーテムポールを作るのが楽しいです。いまはもっとプラコロ(7)っぽいのを作りたいと思っています。

ーえええ、知らなかったです。福士さんのプラコロ良さそうですね。あと文章もとても上手い方だなと思っています。

福士
:文章も考えるの好きです。ゾンビエビというホームページを持ってるんですが、日記がメインコンテンツかもしれません。しょっちゅう更新が途切れるんですけど、ドローイングするみたいにわーっとテキストを打つと自分で後から読み返したときすごく面白いです。いつかテキストだけの冊子とかも作りたいです。

蚊にゾンビエビ

http://zombiebi.web.fc2.com/ 


ー最近の作品についてもご紹介いただけますか?何か変化などありましたでしょうか。

福士:2019年はまた久しぶりに個展をやりました(図8)。あれは何だったのか、まだあんまり噛み砕けていないです。『なんなんらいふ』というタイトルにしたのは、なんかそのまんまの意味で、その頃良い意味でも悪い意味でもいろいろあって、なんなんだってなっていたからだと思います、個人的にも自分の周り的にも世の中的にも。なんか元気がなかったけど、なんとかなってすごく元気になったりしました。作品ももちろん見てもらいたいけど、人にものすごく会いたいなと思っていました。

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図8 「なんなんらいふ」2019年 撮影=齋藤裕也

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図9 メインビジュアルになった絵 撮影=福士千裕

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図10 ギャラリーは二部屋にわかれており、奥の空間はこういう感じでした。 撮影=齋藤裕也

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図11 ドローイングノートのコーナー。貼ってある写真は趣味で集めている「全滅」画像。 撮影=福士千裕

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図12 奥の部屋の壁は「パン」と「コイン」のマグネットを動かして遊べる仕様でした。パンとコインを大量に生成させたかったので、大量につくりました。これは販売もしてて、その理由は作品の一部を家に持ち帰るのは愉快だろうなと思ったからです。 撮影=福士千裕


ー見に行けなくて申し訳なかったのですが、写真を見ると今までと随分違う新しい事をされていたんですね。展示の仕方も、絵も違う。

福士:大きな紙に絵の具の塗り絵をやりました。絵の具の塗り絵は色鉛筆よりも終わりが曖昧で、それが発見でした。絵と何日も向き合うのが久しぶりだったのでこういうのもいいなと思いました。この個展の時は感情がすごくほとばしってしまって、ふだんは自分自身のあれこれと絵は距離をある程度置いておきたいと思っているんだけど、どうしても近くなってしまって、仕方のないことだったんで、こういうこともあると割り切ることにしました。まあこういうメモリアルな出来事もたまにはあるんだろうと。
一番印象的だったのは、いきなりある朝「今日はいい絵が描ける」という確信が降ってきて、そんなのは初めてだったけどとにかく絵を描きはじめた時でした。その絵を描き終わるまで、ずっとドキドキしてて緊張していました。そしたら結局その日にはできず二日かかったけど、自分の納得のいく絵が出来上がったので、心底ほっとして爆泣きしてしまいました。絵を描きあげて泣いたのは初めてだったからびっくりしました。

ーああ、これは見たかったなぁ。私がちょうど「家船」で女木島に住んでいた期間ですね。福士さんも遠くで一緒に戦っていたんだと思うと、なんだか嬉しいです。写真を見ると大きな紙に描かれた絵は画像出力されたものに見えます。

福士:二年くらい前からiPadで作画をしはじめました。会場のmograg galleryは二部屋にわかれているので、手前と奥の部屋で扱いを変えたかったというのがありました。手前の部屋は手描きのものだけだけど、デジタルで描いたのもだいぶたまってました。でもそれをそのまま展示するのはなんか違うなと感じたので、じゃあ奥の空間をつかって何か場をつくるのに役立てようと考えました。奥の空間は大きいデータを出力して作ったんじゃなくて、すべてiPadでその場で作画したひとマス分のパーツをA4サイズに出力して、ひとつひとつ人力コピペみたいにして考えながらペタペタ貼ってつくりました。でかい絵をその場で描いたって感じです。iPadのほうがPCで描くよりずっと楽だし、ノートに描く感覚に近い。まあ部屋にそれを一個ずつインストールするのはめちゃくちゃ大変でしたが・・。いちおうイメージとしては、セーブ空間みたいな風情とか、MOTHER2でいうムーンサイドみたいな裏面っぽいイメージにしたかった。来た人ひとりひとりに勝手にセルフケアしていってほしいなっていうのは構想の最初の段階から思っていて、ヒール感のある空間にしたくて緑の紙に出力しました。なんか当時ずっと寂しくて、ひとりでずっとごそごそ生きてるって感じがしていて、それでも何とか各々でセルフケアしていくしかないんだよな、みたいなことを考えてました。人に頼るにしても自分でやるにしても、ここに来ることもぜんぶ各々の選択だよな、だから気が向いたらおいでよ、みたいな感じ。簡単な電子音のループをつくれるおもちゃみたいなのを持ってて、それを毎日延々流してたんですが、場のフィールド感が増して、へっぽこ感も出ててそれもよかったです。KOURYOUさんにもぜひ来てもらいたかったなぁ。

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図13 漫画「INUNATA(2018)」の1ページ

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図14 iPadで描いた絵  (2019年)

福士:話をもどすとiPadで絵を描くっていうのがものすごく性に合っていて、買った最大の理由が寝転がりながら漫画を描きたいからというくらいでした(図15)。もう私の楽ちん願望を叶えてくれる魔法の板だと思っています。

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図15 寝転がりながらiPadで絵を描いている図 (2019年)

福士:どこでも漫画や絵が描けるし、機動力が高いのが気に入っています。私は飽きっぽいので場所もあちこち移動したりしないと集中が続かないんですよね。だから寝転がったり喫茶店に持って行ったりできるのがほんとうに楽ちんでうれしい。あと、漫画や印刷物に関してアナログで書くとそれをどうデータ化して出力するか毎回めちゃくちゃ思い悩むんですけど、デジタルでいい感じに描けたデータをダイレクトに出力できたらそれがいちばん印刷物としてはピュアな形になると思っていて、iPadに直接ペンで描くとそれが叶いやすい。こういう時やっぱり自分は絵描きなんだなと思うんですが、漫画でも描きごこちとか絵肌が気になってしまいます。以前作った「寝るヨーグルト」というタイトルの同人誌はすべて鉛筆で描いた原稿をスキャンしてモノクロ二値化して印刷しているんですが、印刷に関してはド素人なので「鉛筆で描いた線をどう出力するか?」とか「サイズは?縮小して大丈夫?」という細かい悩みが続出して大変でした。だからそういった印刷方法で悩む部分に時間をいつもとられてしまうので、わかりやすくしていきたいし、もっと中身に時間を割きたいので、iPadで描くのが今は一番いいと思ってます。まあでもそういう印刷のあれこれを考えるのは好きだからいいんですけど。クリップスタジオという漫画やイラストを描く人用のアプリケーションで作業しているのですが、気に入ってあれこれ使い倒しすぎていて、すでに漫画一冊iPad作画だけで制作したし、KOURYOUさんの家船の子供たちもこれでぜんぶ描いたし、個展の裏面の部屋もこれですべて描いて出力して作ったし、先日iPad絵の画集も作りました。日本で一番iPadをいろいろ使い倒している作家なんじゃないだろうか?と思うくらいです。これからもどんどん使っていくと思います。

ー私もクリップスタジオをPCに入れていますが、iPadで寝転がって描けるのはいいですね。でも写真を見るとiPadを使われててもノートに描く事も継続されているんですね。

福士:iPadとノートは描くときの感覚が似てますけど、書き味はもちろん違うし残る形も全然違うので、単純に別々の画材として気分で使い分けてます。ノートに描くのが好きだし、ノートの罫線にそってドローイングしたりも好きです。ノートのいいところは描いてもまだ次のページがあるというところ。紙ぺら一枚と違って、はい次、はい次、てなるところ。そういう気楽さというか心に生まれる余裕が絵をよくする、線を走らせる、ように思います。いくらでも描ける。

ー心の余裕は大事ですよね。何だか分からなくても、とりあえず線を引いたりするとどんどん行けたり、意外な所で止まれという指示もキャッチできる。私は余裕がなくなるとそれをキャッチし損なったのか、まだ先なのかが分からなくなって大変だったりします。そうなってからが面白かったりもするし難しいです。

福士
:見失うと大変だけどそうなるとまたおもしろいですよね。こっちだよって指示は自分が出してるに違いないけど、いつなのか全然予測がつかない。みんなそれをキャッチしやすくする為にいろいろ試行錯誤していると思うんですけど、私はいま話したようなかんじで制御してる。まあ全然制御できてないんですけどね。これからもずっとごちゃごちゃやっていくのかなと想像するとちょっとうんざりしますが、そうやってやってきたからこのままやっていくんだろうなと思います。

ー今後の発表などのご予定はありますか?

福士
:とくに大きな予定はなくて毎日ちょっとずつ制作だけしてます。あまり大きい絵は描いてなくて、生活環境が変わったのもありますが、今までやったことを落ち着いて練り直しているところです。描きながら考える部分をもっと研ぎすまして、一度キャッチしたものを離さないようにする訓練をずっとしてるって感じです。あとは時期的に漫画モードに入っているので、春にはまた一冊本を出したいです。


(1)熱紙14号
https://2008-2018.hatenablog.com/entry/20111030/p1

(2)香山哲
http://kayamatetsu.com/index.html

(3)色鉛筆の色辞典シリーズ
https://www.tombow.com/sp/irojiten/product/

(4)バトエン
http://www.square-enix.co.jp/shop/lineup-goods/battle_en/battle_en.html

(5)しわしわ 絵描き。ユーモラスでどこかつかみどころのないモチーフや、不可思議だが生活によりそうような情景を描いたイラストを制作・発表している。また、音楽や写真も制作しており、絵と変わらない地続きの世界観を違った切り口で表現する。tumblr「しりあいのあのへび」→https://anohebi.tumblr.com/

(6)うるさい
https://www.fashionsnap.com/article/2014-12-28/urusai/

(7)プラコロ
90年代にバンダイから発売されたポケモンのおもちゃ。サイコロ状に四角く造形されたポケモン=キャラコロをサイコロみたいに振って遊ぶ。

TOP画像「こどもたちremix」2020、iPad、今回用に描きおろし
プロフィール画像 福士千裕


レビューとレポート 「家船」特集 / 第10号(2020年3月)