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「このマンガがすごい!」の"すごい理由"を探る - 『水は海に向かって流れる』田島列島

演技の良し悪しを判断する際、「演技っぽくないこと」を考えることがあります。
泣くシーンにおいては、私たちは演者に本当の悲しみがあることを求める。舞台がフィクションであっても、そこにいる"人"の感情だけは、ノンフィクションであることを求めます。

マンガの良し悪しを判断する際にも、私は同じことを思い浮かべます。
マンガのキャラクターやその舞台が、どれだけ現実離れしてようとも、各キャラクターの感情だけは"ホンモノ"であってほしい。彼らの怒りや悲しみが過剰だったり過小だったり、「リアルじゃない」と感じられると、どうしてもストーリーに入り込めません。


多くの人から推薦されるマンガについて、それがどうすごいのかを考えてみる「このマンガがすごい!のすごい理由を探る」シリーズ。
今回は、人々の日常ドラマを繊細に描き上げる、田島列島さんの『水は海に向かって流れる』(全3卷)を取り上げます。

実写以上に引き込まれる人間の心の動き。本作の卓越はどんなところにあるのでしょう?

どんな作品?

試し読みはこちら

「俺がいなければ、この人の肩が濡れることはなかったのに」


高校への進学を機に、おじさんの家に居候することになった直達。
だが最寄の駅に迎えにきたのは見知らぬ大人の女性の榊さん。

案内された家の住人は26歳OLの榊さんと
なぜかマンガ家になっていたおじさんの他にも
女装の占い師、メガネの大学教授と
いずれも曲者揃いの様子。

ここに高校1年生の直達を加えた男女5人での
一つ屋根の下、奇妙な共同生活が始まったのだが、
直達と榊さんとの間には思いもよらぬ因縁が……。

久しぶりに始動した田島列島が自然体で描くのは
家族のもとを離れて始まる、家族の物語。

講談社コミックプラスより

田島列島という、のんびりとした印象を抱かせるペンネーム。
その名の通り、のんびりと寡作な作家でありながら、デビュー作から複数の漫画新人賞を受賞。続く『子供はわかってあげない』も、「このマンガがすごい! 2015」オトコ編3位に受賞。本作と合わせて映像化もされている、令和を代表する人気作家です。
『水は海に向かって流れる』は、「このマンガがすごい! 2021」オトコ編4位ですが、個人的には著者の最高傑作だと感じています。

かろやかさとユーモア

『水は海に向かって流れる』、および田島列島さんの作品から、まず感じられるのは、かろやかな読み心地。
いい意味でシンプルな絵柄は、引っかかりを作ることなくスルスルと読み進められます。

写実的ではないけど、あたたかみがある線

加えて、この作品のかろやかなリズムを作るのは日常に溢れるユーモア。
ちょっとした日々の出来事に、独特の感性と言語センスでぼけ/つっこみが入りまくり、明るく平穏な雰囲気が漂います。
この5人グループの生活を追うのが、たまらなく楽しい。

何かと報われないギャグ要員、ニゲミチ先生
このすばらしき言語センス!
#7のタイトルが特に好き

ユーモアのバリエーションも豊かで飽きません。オーバーリアクションのニゲミチ先生と楓ちゃんチーム。シュールギャグの榊さんと直達くんチーム。静と動が相まって、ワンパターンでないテンポが心地よいです。

淡々とへんな会話をするふたり

かろやかさとリアリティ

とはいえ、ユーモアだけがこの作品の魅力ではありません。
ユーモアセンスは本作のスパイス。
物語の枠組みを作るのは、一つ屋根の下で揺れ動く、複雑でシリアスな人間ドラマ。それを、かろやかに描くところにあると思います。

以下では、本作のストーリーラインをより深く見ていきます。
核心的なネタバレは避けますが、何も知らずに鑑賞したい人は作品を購入してから、戻ってきて頂けると嬉しいです。
本作の読後の爽快感は極上ですので、日常に疲れている人にはオススメします。
ホント、クソ最高でした。

「この人がいちばん怒っているのは自分自身になのかもしれない」

10年前、父が榊さんの母とW不倫の関係にあった。事実を知った直達はどうすべきか悩むが、一方の榊さんは余計な波風が立つことを嫌い何もなかったことにしたいと望む。事情を知るのは同級生の泉谷さんと同居人の教授、ニゲミチ先生、そして直達の父。静かな緊張感の中で共同生活を送る直達と榊さんの二人は次第に10年前の事件、そして今の自分に向き合い始める。

同じく、講談社コミックプラス 第2巻内容紹介より

作品の主人公である、居候高校生の直達くん。そして、居候先での唯一の常識人である榊さん。2人はどちらかというと控え目なタイプで、日常でのイベントや変化に対し、直接的で分かりやすいリアクションを取ることはしません。
サラリとその場はやり過ごし、時間をかけ、じっくりと自分の中で咀嚼していくタイプ。

そして、そういうキャラクター造形がとてもいい。
よくある少年少女の恋愛漫画や人間ドラマでは、主人公はとても多感(あるいは全く鈍感)で、分かりやすい悪意や好意やトラウマに対し、パチンと分かりやすく、単純に感情を弾けさせるものです。
そうしたキャラクターは、分かりやすくはあるものの、自分とはとても重ねられない。
なぜなら、私たちの日常はもう少し複雑で、私たちの日常はもう少し控えめだから。

分かりにくさというリアリティ

喜怒哀楽。人は怒っている時は眉間に皺を寄せ、悲しい時は口角を下げる。そうしたテンプレートは、文化的に創造されたイメージに過ぎません。
実際に人を驚かせ、その一瞬を切り取った顔写真を見せたとき、写る表情は千差万別。写真を見た人は、それぞれの感情を読み取れなかったそうです。

榊さんと直達くんは、W不倫のカップルを親に持ちます。
なかなかに複雑で、テンプレート通りではない関係です。
物語の前半は、2人がお互いの距離感を探り合う、ぎこちない展開が続きます。遠慮、恐れ、困惑。どういう態度を取るのが"正解"か、分からない。そしてそれは読者も同じ。テンプレート通りでない関係性から、私たち読者も、2人がどのようにあればいいか、一緒に考えてしまいます。

大人を頼れ!直達!

その舞台設定が、作品のリアリティを深めていると感じます。
分かりやすく、記号的に怒ることもできない。泣くこともできない。そういう曖昧な瞬間や関係性こそが、現実の私たちの日常を包み、悩ませている瞬間なのではないか?
だからこの作品は、(写実的でないながらも)独自のリアリティを持って迫ってきます。
記号化できない関係性にこそ、キャラクターそれぞれの人間観が表れます。

そしてかろやかさ

さらに本作の素敵な点は、その複雑な問題に沈み込まないところです。

直達くんは、悩ましい状況に対し、直線的で雑な「答え」を出して、見せかけの満足を得ようとはしません。相手や周囲の誤解や不理解を誠実に受け止め、次の一手に踏み出します。一振りのユーモアが添えられて。

それが、美しい。
私はヒューマンドラマが好きですが、真剣過ぎてしまうと見ていて辛いです。常に張り詰めていると、その問題に囚われてしまい、広がりある他の世界が見えなくなってしまう。


本作のテーマは決して軽いものではありません。
過去との決別と許し。
物語の後半では、過去に囚われている榊さんが、自分の過去のクビキ - 自分と家族を捨てていった母親と、対峙していくことになります。

テンプレート的な展開は、母親の事情を理解して彼女を許すこと。或いはもっと直接的に、彼女に罪を認めさせ、謝罪を得ることでしょうか?

その最終的な結論はここでは書きませんが、上に挙げたそのどちらも違いました。
激しく単純化された表現に落ち着かず、それぞれのキャラクターの歴史に寄り添う。
問題の解決に執着せず、結論までの道のりをゆるやかに見つめる眼差しに、この作品の軽やかさが表れていると感じます。

主人公の2人は、そこまで激しい性格ではありません。しかし、無感情でも冷徹でもない。
一生懸命で純粋で不器用です。
彼らの不器用な歩みを、断罪することなく、慈愛を込めて包む雰囲気が『水は海に向かって流れる』にはある。
それは今や失われつつある、ゆっくりとじっくりと、時間をとった人間関係を認める眼差しです。


水は低きに流れ、方円の器を満たす。水はやがて海へと還る。
とかく最近の世間は余裕がなくなり、肩に力が入りがちです(実際、一時代より余裕は無くなっているわけですが)。
そんな中この作品は、優しく、清涼感を持って前を向く、すてきな一作です。

ありきたりに逃げない。
日常の機微とユーモアを描く。

やっぱり「このマンガはすごい!」



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最後までご覧いただきありがとうございました!
年を経ると、ファンタジーやアクションよりも、ヒューマンドラマにグッとくるようになります。
徐々に自分のことだけでなく、他の人の気持ちや人生に目が向くようになるからなんでしょうかね?なぜなんでしょ。

本作はヒューマンドラマというか、コメディといっても差し支えないくらい明るい話なので、どなたにもおすすめできます。
ジャンプ作品に飽きてきたあなた。いかがでしょうか?


これからも週に1回、世界を広げるための記事を書いていきます!
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どうぞ、また次回!


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