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「予定通り」×「休憩」× #93B881 / しの
ヒロヒトさんを待って3時間。電話は10回以上したけれど、全くつながらない。メールはすべて帰ってくる。
「キリ、一緒にどこか行こうか」
裸のヒロヒトさんは、私に笑いかけてそう言った。下着だけを身に着けた私は、自分の予想以上に舞い上がってしまったみたいだ。
すぐに行こう!といい、誰も行かないような山奥の民宿を探し出して予約をした。
子どもみたいだな、と微笑むヒロヒトさんに胸が高鳴る。知り合いと会ってしまってはまずいから、私たちが会うのはいつも閉ざされた部屋だけだし、朝を一緒に迎えることも出来ない。旅行なんて、もってのほかなのだ。
だからこそ、彼の言葉は私を舞い上がらせた。たとえ、ひっそりとした田舎にしか私たちの行き先がないとしても。
「2週間後の朝10時な。」
スーツへと身を包んだヒロヒトさんは、手帳を見ながら約束をする。駅前で会おう、田舎だからちゃんとスニーカー履いてくるんだぞ。そう言って、部屋を出る。
一緒に部屋を出ることはあり得ない。最初のうちは取り残される寂しさに泣いたこともあったけれど、もう平気だ。平気なふりをしているだけかもしれない。
でも、割り切ることには慣れた、と思う。
あれから、2週間経った今日。私は、10時に駅の前に立った。
彼のお気に入りの下着や、たくさんの化粧品、洋服をカバンに詰め込んで彼が来る方向をじっと見つめていた。動きやすいように、Tシャツにジーンズ、2年前に買ったきりのスニーカーを履いて、ドキドキと高鳴る胸は期待で膨らんでいった。
でも、ヒロヒトさんは姿を現さない。電話の折り返しもない。最初のうちはアプリで連絡を入れていたけれど、一切読まれている感じがしなかったからメールに切り替えてみた。それでも、ダメだった。
なんで私は彼を信じていたのだろう。いつから、純粋に信じられるようになったのだろう。3年間、無駄だと割り切って続けていた関係だった。それでも、私にとっては大切な時間だった。
「そーいうことかぁ」
呟いた声が、駅の喧噪に紛れて消える。近くに見えたトイレに入って、持ってきていた化粧落としで顔をこすった。
山を見に行くというのに、私の顔はしっかりとファンデーションやらアイラインやらでコーティングされている。さっぱりとメイクを落とした顔は、どことなく幼い。スーツを着こなす彼に合わせて、私は無理をしていたのかもしれない。
いつも履いている高すぎるヒールは足が痛くて嫌いだった。それでも褒めてくれるから、ズキズキと痛む足を誤魔化していた。
そうしたら、いつの間にかいろんなことが平気になっていた。
「よし!」
バシャバシャと大きな音を立てて顔を洗うと、暗い顔をした自分がいる。ま、そんな簡単に切り替えはできないということで。
せっかくの有給消化だったのに。この2週間、死ぬ気で仕事を終わらせたのにな。
男に約束を反故にされたからと言って、このまま家に帰ってしまえば虚しいだけの休日になることは目に見えている。家に帰れば、彼好みの服や靴がたくさん並んでいるわけで。
それと向き合うことは、私にはできそうにない。バッグに入った彼のためにそろえたものを、すべて捨てる。パンパンに膨れて肩にめり込んでいたバッグは、信じられないほどに軽くなった。その軽さに涙がにじむ。
駅に入ったコンビニで最低限のものを揃えて、そのまま勢いに任せて電車に飛び乗った。
待ちぼうけを食らってお腹もすいている。駅弁3つとビールも買って、周りの目も気にせずにバクバクと食べ続けた。
隣に座って肩をよせあって囁き会うカップル。窓の外の景色に食いつく親子連れ。ちんまりと端の席に座るおばあちゃん。
私の生きている世界とはどれも無縁な気がしてきて、なんだか不思議だ。私のことは見えないというように、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
やけ食いをしている、昼間から酒を煽る女のことをこの人たちはいとも簡単に自分の目の前から消すことができる。
ヒロヒトさんも、同じだったのだろう。仕事で会った若い女、ただそれだけだったのだ。たまに機嫌をとるようにプレゼントでも与えて、笑顔を見せればいい。
――君だけだよ。
なんて、言葉を信じていたわけじゃない。でも、期待はしていたみたいだ。
民宿のある駅で降りたのは私一人だった。電車の中にも、ほとんど人はいなかったけれど。
夏も真っ盛りだというのに、私の首元を冷たい風が触れていく。虫の声がどこからか聞こえてきて、乾いた草の香りが鼻をくすぐった。
寂れた駅だ、と思う。
ほぼ無人ともいえる駅には、年老いた駅員がぼんやりと座っている。持っている切符を見せると、はいはいと頷いて慣れた手でそれを引き取る。
「この辺、バスとか通ってます?」
予約した民宿までは、バスで30分。すでに日は傾きかけている。
「うーん、もう今日のバスは出ちゃったんじゃないかなぁ。なに、どこか行きたいの」
「はい。民宿なんですけど、よしむらっていう」
「あーよしむらさんね。近所だから、帰りについでに連れてってあげるよ。」
「え?いいんですか?」
「うん。そろそろ帰ろうとも思ってたし。」
そういってカウンターに小さな箱を出すと、おじさんは帰る準備をしだした。
「……この駅の駅員さんって、おじさん一人ですか?」
「ん?あーそうね。若い子もいるんだけど、今日は俺一人なの。まあ、そんなにいても暇だしさ」
「というか、まだ電車ありますよね?もう帰っても……」
「いいのいいの。お客さんみたいなのが珍しいから。顔なじみの人たちはみんな帰ってきたし。ほら、行こ」
駅を出て、おじさんに続いて裏手に歩いていく。止まっている軽トラックにおじさんは乗り込んで、おいでー!と大きな声で私を呼ぶ。
「はーい!」
おじさんにつられて大きな声が出る。ぽーんと飛び出した自分の声に自分で驚いた。声と一緒に、胸の中にあったしこりも飛んで行ったしまったみたい。
生まれて初めての、想定外の一人旅。 こんな始まりも悪くないかも、なんて思う。
ヒロヒトさんを待って3時間。電話は10回以上したけれど、全くつながらない。メールはすべて帰ってくる。
「キリ、一緒にどこか行こうか」
裸のヒロヒトさんは、私に笑いかけてそう言った。下着だけを身に着けた私は、自分の予想以上に舞い上がってしまったみたいだ。
すぐに行こう!といい、誰も行かないような山奥の民宿を探し出して予約をした。
子どもみたいだな、と微笑むヒロヒトさんに胸が高鳴る。知り合いと会ってしまってはまずいから、私たちが会うのはいつも閉ざされた部屋だけだし、朝を一緒に迎えることも出来ない。旅行なんて、もってのほかなのだ。
だからこそ、彼の言葉は私を舞い上がらせた。たとえ、ひっそりとした田舎にしか私たちの行き先がないとしても。
「2週間後の朝10時な。」
スーツへと身を包んだヒロヒトさんは、手帳を見ながら約束をする。駅前で会おう、田舎だからちゃんとスニーカー履いてくるんだぞ。そう言って、部屋を出る。
一緒に部屋を出ることはあり得ない。最初のうちは取り残される寂しさに泣いたこともあったけれど、もう平気だ。平気なふりをしているだけかもしれない。
でも、割り切ることには慣れた、と思う。
あれから、2週間経った今日。私は、10時に駅の前に立った。
彼のお気に入りの下着や、たくさんの化粧品、洋服をカバンに詰め込んで彼が来る方向をじっと見つめていた。動きやすいように、Tシャツにジーンズ、2年前に買ったきりのスニーカーを履いて、ドキドキと高鳴る胸は期待で膨らんでいった。
でも、ヒロヒトさんは姿を現さない。電話の折り返しもない。最初のうちはアプリで連絡を入れていたけれど、一切読まれている感じがしなかったからメールに切り替えてみた。それでも、ダメだった。
なんで私は彼を信じていたのだろう。いつから、純粋に信じられるようになったのだろう。3年間、無駄だと割り切って続けていた関係だった。それでも、私にとっては大切な時間だった。
「そーいうことかぁ」
呟いた声が、駅の喧噪に紛れて消える。近くに見えたトイレに入って、持ってきていた化粧落としで顔をこすった。
山を見に行くというのに、私の顔はしっかりとファンデーションやらアイラインやらでコーティングされている。さっぱりとメイクを落とした顔は、どことなく幼い。スーツを着こなす彼に合わせて、私は無理をしていたのかもしれない。
いつも履いている高すぎるヒールは足が痛くて嫌いだった。それでも褒めてくれるから、ズキズキと痛む足を誤魔化していた。
そうしたら、いつの間にかいろんなことが平気になっていた。
「よし!」
バシャバシャと大きな音を立てて顔を洗うと、暗い顔をした自分がいる。ま、そんな簡単に切り替えはできないということで。
せっかくの有給消化だったのに。この2週間、死ぬ気で仕事を終わらせたのにな。
男に約束を反故にされたからと言って、このまま家に帰ってしまえば虚しいだけの休日になることは目に見えている。家に帰れば、彼好みの服や靴がたくさん並んでいるわけで。
それと向き合うことは、私にはできそうにない。バッグに入った彼のためにそろえたものを、すべて捨てる。パンパンに膨れて肩にめり込んでいたバッグは、信じられないほどに軽くなった。その軽さに涙がにじむ。
駅に入ったコンビニで最低限のものを揃えて、そのまま勢いに任せて電車に飛び乗った。
待ちぼうけを食らってお腹もすいている。駅弁3つとビールも買って、周りの目も気にせずにバクバクと食べ続けた。
隣に座って肩をよせあって囁き会うカップル。窓の外の景色に食いつく親子連れ。ちんまりと端の席に座るおばあちゃん。
私の生きている世界とはどれも無縁な気がしてきて、なんだか不思議だ。私のことは見えないというように、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
やけ食いをしている、昼間から酒を煽る女のことをこの人たちはいとも簡単に自分の目の前から消すことができる。
ヒロヒトさんも、同じだったのだろう。仕事で会った若い女、ただそれだけだったのだ。たまに機嫌をとるようにプレゼントでも与えて、笑顔を見せればいい。
――君だけだよ。
なんて、言葉を信じていたわけじゃない。でも、期待はしていたみたいだ。
民宿のある駅で降りたのは私一人だった。電車の中にも、ほとんど人はいなかったけれど。
夏も真っ盛りだというのに、私の首元を冷たい風が触れていく。虫の声がどこからか聞こえてきて、乾いた草の香りが鼻をくすぐった。
寂れた駅だ、と思う。
ほぼ無人ともいえる駅には、年老いた駅員がぼんやりと座っている。持っている切符を見せると、はいはいと頷いて慣れた手でそれを引き取る。
「この辺、バスとか通ってます?」
予約した民宿までは、バスで30分。すでに日は傾きかけている。
「うーん、もう今日のバスは出ちゃったんじゃないかなぁ。なに、どこか行きたいの」
「はい。民宿なんですけど、よしむらっていう」
「あーよしむらさんね。近所だから、帰りについでに連れてってあげるよ。」
「え?いいんですか?」
「うん。そろそろ帰ろうとも思ってたし。」
そういってカウンターに小さな箱を出すと、おじさんは帰る準備をしだした。
「……この駅の駅員さんって、おじさん一人ですか?」
「ん?あーそうね。若い子もいるんだけど、今日は俺一人なの。まあ、そんなにいても暇だしさ」
「というか、まだ電車ありますよね?もう帰っても……」
「いいのいいの。お客さんみたいなのが珍しいから。顔なじみの人たちはみんな帰ってきたし。ほら、行こ」
駅を出て、おじさんに続いて裏手に歩いていく。止まっている軽トラックにおじさんは乗り込んで、おいでー!と大きな声で私を呼ぶ。
「はーい!」
おじさんにつられて大きな声が出る。ぽーんと飛び出した自分の声に自分で驚いた。声と一緒に、胸の中にあったしこりも飛んで行ったしまったみたい。
生まれて初めての、想定外の一人旅。 こんな始まりも悪くないかも、なんて思う。
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忙しくて、書いてはいるものの、推敲が進められないという感じ。どうしても、noteは文章はスマホで管理できないのが苦しいですねぇ。
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公式サイト「花筐」
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