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「蝶」×「まんまるだ」× #DDBCFF / しの

 私は完全に朝方の生き物だ。なかなかイマドキの子にしては珍しいんじゃないだろうか。
 決まった時間に目が覚めるし、決まった時間には休む。日が落ちた時間なんて、気分まで落ちちゃってもう最悪なんだから。空気はしんと冷たいし、真っ黒なつまらない服を着た人たちがふらふらと歩いていく。朝と夜、時間が変わるだけなのに、同じ服がまったく違うものに見えるのはなぜなのか。分からないけれど、とにかく夜に見る黒い服を着ている人はなんとなく嫌。
 私は毎日、お気に入りのひらひら薄い紫の洋服を着る。身長が小さいから、嫌みくさくならないところがお気に入り。だって、身体が大きい人が紫を身につけるところを想像してみてよ。なんだか、可憐さが失われてしまうような気がしない?どんな色でも、似合う似合わないはあるってこと。小さい人がカラフルなごちゃごちゃしている色を身につけてもゴージャス!とはならないでしょ?スタイルがいいから、あれはきっと許されている、んだと思う。
 毎日同じ時間に目が覚めて、友達と合流してふわふわと目的地に向かう。職場は毎日違っていて、私たちは競うように目指していく。目当てのものが手に入らないこともあるし、もうほかの人たちに荒らされている場合もある。
 それでも、私たちは必死に持ち前の目を使って目当てのものを見つけていくのだ。この仕事は決まったノルマはないものの、実質命に直結するから怖い。気ままに遊んでいた子はいつの間にか姿を見せなくなったし、働きすぎている子はほかの仲間から情報を貰うことが出来ずにこの界隈から出て行った。何事にもバランスって必要なんだと思う。
 真面目すぎても、お遊び感覚でもやっていけない。限られた自然の中で生きている私たちは、なおさらだ。
 そんな私には気になっている人がいる。朝方までうっすらと姿を見せるとても大きな存在。本当に大きくて、何処にいても彼の姿は確認することができる。結構気軽に話しかけている子もいるけれど、私はまさかそんなことは出来ない。
 “イマドキ”なんてつよがったって、私だって女の子。それなりに気は強いほうだとは思うけれど、小心者だ。どきどきして、話しかけるか迷っているうちに彼は姿を消してしまう。それの繰り返し。彼は完全に姿を見せてくれない期間もあるから、会えるときにきちんと頑張らなくちゃいけないのに。
 ただ、ちょっとだけ救いなのは彼がどんな女の子から話しかけられてもまったく返事をしないということ。それは、私にも返事してくれないということに繋がるのかもしれないけれど、ほかの子にもチャンスがないのだと思うとなんとなく安心する。なんて、ちょっとネガティブすぎるかも。
「もう、そろそろだよねぇ~」
 仕事中、隣で蜜を吸いながら派手な服を身にまとった彼女がつぶやく。何が、なんて聞かなくても分かる。
 もう少し、なのだ。
「そうだねぇ」
「なんだ、気のない返事だね。」
 深刻なのかも知れない。それでも、私たちはそのときを受け入れなければならないし、あがくことも出来ない。春先に見た、ふらふらと誰ともかかわらずに飛ぶのも下手くそだった子を思い出す。羽が少しだけ欠けていた。生まれつきなのか、誰かに攻撃をされたのかは分からない。
その子がそのあとどうなったのかは知らない。道の片隅でアリたちに運ばれていたのがその子だったのかも知れないし、違うかもしれない。
 ほかにも似たような子を私はたくさん知っている。いつも出遅れて蜜が吸えない子も、遊ぶほうが好きで空高く飛んでいってしまった子も。
 私はたまたま運が良かっただけ。隣で笑っている彼女も、そう。それでも、タイミングというやつはやってくる。こればかりは逃れることが出来ない。
 私は、自分が器用に生きていくタイプでないことを知っている。それなりに要領は悪いタイプなのだ。
 私はもったところで、あと数日といったところだろう。2日前に彼は姿を消してしまった。そろそろ、顔を見せてくれてもいいはずなのだけれど。私は、間に合うだろうか。
 返事なんてもらえなくてもいい。私の気持ちを知ってもらう最後のチャンスだ。言ったところで、彼は困ってしまうのだろうか。
 こんなところでも自分のエゴが垣間見えて、ちょっとだけ立ち止まってしまう。まあ、いいか。どうせ、彼は私のことなんて忘れてしまう。それに、恋なんて独りよがりが当たり前だと思うし。
 彼が姿を現すのは夜だと知っていても、あたりが暗くなったら私は眠くなってしまう。それにしても、完全に眠りについたのはいつが最後だろう。きっと、こうして飛べるようになるずっと前のことだ。どろどろに眠っていて、何も覚えていない。夜だといっても、安心できる環境ではないから。私たちはそっと影で本能をしずめる。そうする以外、休める方法がないのだから仕方がない。それでも頑張って、そっと葉から顔を出すとうっすらと彼の姿が空へと現れ始めていた。ああ、間に合うかもしれない。
 行こう。
そう思った瞬間、リミットが迫ってきている私の意識はふっと暗くなって、やわらかい土の感触がひんやりと、ぬるく身体に伝わった。
――好きよ。
 声にならない叫びが、胸のそこから頭へと吹き抜けていって、がんがんと響いて抜けようとしない。甘すぎるほどの気持ちは私を蝕んでいくような気さえしている。
 やっぱり、好きにならなければ良かった。短い時間を、ずっと遠くにいる彼に捧げなければ良かった。
 それでも、私は彼のことが好きなのだ。
 今度、生まれ変われるのだとしたら、彼のそばに少しでも近づけるように、そっと空に輝く煌きになりたいと願った。

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