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こんな子がいたら絶対見逃すはずがないのに【『蜜柑』3. カナです。】

(三)カナです。

 目を覚ますと、そこは駅員室のようだった。ゆっくり身体を起こすと、じわじわとした痛みが膝と肘、側頭部に蘇ってきた。

「おはよう」

高く澄んだ声が、正面から聞こえた。その短い挨拶を、私はいまいち聞き取れなくて、思わず、え、と聞き返してしまった。

「おはよう。熱中症と脱水症状だって」

今日暑いもんねぇ、と、細い手でパタパタ私を扇ぎながら、その女の子は笑っていた。簡素なショートカットが風になびく。その声と動きが、風鈴を彷彿とさせた。

「カナです。必修で一緒のクラスだよ。まあ、初回出たきりもう出てないんだけどね」

「……ああ」

「あれっ。もしかして、人違い……ですか?」

「えっ、いや」

「え……?」

「キョウコです、キョウコ」

「だよねっ。ふう、キョウコキョウコ」

彼女は、カキクケコの発音がとても綺麗だった。艶やかな唇が母音をしっかりと追い、それにつられて表情も豊かに揺れる。

「あっ、違うよ。もしやって思っちゃったの。キョウコ、だいぶ見た目変わったもん。すごい可愛くなった」

私が見つめていたのを、疑いの目だと勘違いしたのか、カナちゃんは慌てて席を立った。何が違うのかは分からないが、彼女の自然な褒め言葉が嬉しくて、私はありがとうと呟いた。へへ、と椅子に座り直す彼女の姿を見て、私はふと気づく。

「その服」

「ねー! 同じとこのだよね。可愛いよね」

「新宿の」

「そう!」

 カナちゃんとの出会いは、私が覚えてる範囲だとこれが初めてになる。ただ彼女によると、私たちは必修第一回目の授業で会っているらしい。でも、不思議なことに私には一切覚えがない。なぜだろう。こんな子がいたら絶対見逃すはずがないのに、と私は今でも思う。


水分と塩分をしっかりとって熱中症に備えましょう

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