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遊ぼっか【『蜜柑』3. カナです。②】

 カナちゃんは浪人生で、私の一個歳上だった。やけに身長が高いと思ったら、中学高校とバレーボールをやっていたらしい。しかもミドルブロッカーで、チームで一番スタイルが良かったんだよ! と、彼女自ら教えてくれた。

 私が先生と電話をしていた時、カナちゃんはホームのベンチに座って、みかんを食べていたらしい。これは受験生の頃から続けている毎朝のルーティンらしく、そこはさすがスポーツマンだなと感じた。そしてその時も彼女はやはりみかんの皮をひん剥き、ひと房ずつ口に運び、最後に一番大きいひと房を食べようとした時、目の前に自分と似たワンピースを着た子、つまりは私がいることに気づいた。しかもよく見るとメーカーまで一緒だったもんだから、カナちゃんは嬉しくなって私に近づいて、声をかけた。彼女が説明するに、私はそこで卒倒したとのことだった。でも、本当のところは分からない。というのも、彼女曰く私には「声をかけただけ」だったらしいが、私は自分が倒れる直前に、左肩をポンポンと——なんなら少し強めにトントンと、後ろから叩かれたのを覚えている。——まあ、どっちでもいい。本当にどっちでもいいと思わされるような不思議な魅力が、彼女にはあった。実際彼女のせいでなくても、そうしてしまいたくなるような説得力、存在感があった。

「私すっごい大きな声出しちゃったんだよ。自分でもびっくりしたもん。『誰か! 助けてください! 』ってもう腹から声出して、全部モドしちゃうかと思ったの」

「汚いなぁ」

「最後のひと房を持ったままね、こう」

大きく手を振るように、助けを求める真似をするカナちゃんは、天井の扇風機に危うく指を挟みかけた。

「あぶないよ」

「だからそう、私多分キョウコにみかん押し付けちゃったの。ワンピに匂いついてたらごめん」

「大丈夫だよ、だってもう汚れちゃったし」

「泥くらいなら洗えば取れちゃうよ。血じゃないから大丈夫。キョウコさえ良ければ、私が洗うよ」

「お母さんみたい」

「そう?」

カナちゃんは胸を張り、したり顔をする。ツンと高い鼻、薄い唇。こう見ると、端正な顔をした年下の男子のようにも見えた。

 「でも、どうしたの。なんかあった?」

カナちゃんの視線は、考えを巡らすようにわざとらしく左に逸れてから、私に戻った。

「言えないこと、かな」

正直なところ、言えないことなのかどうか分からない。おそらく、私に起こったこと自体は大したことではないんだろうから、気にしないで言っちゃえばいい。むしろ、これはあまり言っていいことではないのかもしれないけれど、カナちゃんが経験したような浪人に比べたら、本当に本当に、私の失敗は些細なことなんだろう。でも私は、私の失敗を言いたくない。今はまだ、恥ずかしい。

「……遊ぼっか」

「え?」

「どうせ今日、大学行かないでしょ」

「行きたくない」

「なら遊ぼうよ。お買い物行こう」

「これから? どこに?」

「うーん、あっ」

カナちゃんは真っ白な指で私の服の袖をつまんだ。私はそれを目で追って、今更、ターコイズブルーのネイルに気づく。

「まだ売ってるかな」

「お金ないもん」

「奢るよ?」

「ええ!?」

「うわ、おっきな声。行こう行こう、今日はキョウコのご褒美デーなの」

カナちゃんは、私のストローバッグをひょいと持ち上げた。ところが、見た目に似合わず重たいバッグに驚いたのか、そのまま大きくよろけてしまった。彼女はちょっと息を呑んでから、しまったという顔をして、これが持てるなら元気だよーと笑って誤魔化した。その声を聞きつけたのか、駅員さんが仕切りの向こうから顔を覗かせて、カナちゃんに容態を聞く。大丈夫です、と誇らしげに言うカナちゃんは、黒いリュックサックにストローバッグを抱えていて、その姿が私には少し面白かった。私は笑いを堪えるために少し俯いたが、左肩からほんのりとみかんの香りがすることに気づくと、耐えきれずに吹き出してしまった。


次回は初デート

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