チャイティーって混ぜるの?【『蜜柑』4. 初デート②】
*
百貨店を出ると、空はもう真っ暗になっていた。客引きは無視だよ、と繰り返しいうカナちゃんに手を引っ張られつつ、私は疲れもあったからか、夢見心地に幸せを味わっていた。カナちゃんの案内でオシャレなレストランに入ると、カナちゃんはステーキプレートとチャイティー、私はとりあえず落ち着くからという理由で南瓜の冷製スープを頼まされた。店員さんがメニューを回収してからしばらくの間、カナちゃんは何も言わないで、私が落ち着くのを待ってくれた。時々、大丈夫? とだけ聞いてくれた。また少し時間が経つと、ステーキよりも先にチャイティーと冷製スープが来たので、二人で「いただきます」とだけ言って、静かに食事を始めた。南瓜のスープなんて、家ではほとんど飲まないので、なんだかそれだけで楽しかった。
「あまっ!」
と言うカナちゃんに少し驚いて、私はスプーンをお皿にカツンと当ててしまった。
「あ」
「チャイティーってこんな甘いんだ」
「そうなの」
「飲んだことある?」
「ない」
「飲んでみて。ティーって言うのに甘い」
「ミルクティーだって……甘いよ」
カップの飲み口に、リップの痕。
「……」
「あ、ミルクティーなんだって! 香辛料入りのミルクティー」
「辛いの?」
「ちょっぴり刺激的」
ひー、と口内の辛さを冷ますような素振りを見せて、カナちゃんは小さなスマホから顔を挙げた。彼女と視線があう。うん? と言わんばかりのとぼけ顔に視線の行き場をなくした私は、そのままチャイティーを飲んだ。甘くて、辛かった。
ステーキが来るまでにはだいぶ時間があるようで、私が冷製スープを飲み終わる頃には、また静かになっていた。然しそれは気まずい沈黙ではなく、優しい沈黙だった。それからまた時間がたち、何分経ったかも考えられなくなった頃、私はふぅーという深呼吸を何度も繰り返して、そのうえで更に一呼吸おいて、履修登録を忘れた、とだけ言った。そうしたらカナちゃんは、ありゃ、と言った。それだけだった。今学期はもうゼロ単位なんだ、と言うと、カナちゃんは私もだよ、と悪い顔をした。そしてやはり、それ以上は何も言わなかった。ただそこに残ったのは、カナちゃんの意地悪な顔。たとえるなら、夏休み開始前日の小学男児の顔だった。とっても、イカしていた。
「……この夏、帰省する?」
カナちゃんは、試すような目で問いかけてきた。
「私の家、おばあちゃんちのすぐ近くだから、いつもしてない。カナちゃんは?」
「うーん、しない! 私、一人暮らしなの」
「そうなんだ、大変だね」
「そーでもないよ、慣れちゃ楽だよ」
浪人中も一人暮らしだったからね、と言いながら、カナちゃんはチャイティーをかき混ぜる。温かい笑顔で、チャイティーの渦を見つめる。
「……チャイティーって混ぜるの?」
「混ぜないの? 混ぜない方がいい?」
「私は混ぜない派」
「えー、じゃあやめる」
「混ぜても美味しいと思うよ」
「どっち」
私達はそんな他愛もない話に花を咲かせて、ステーキプレートを待った。
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