大学生はみんなイカしている存在なんだと思っていた【『蜜柑』2. 失敗】
(二)失敗
高校生の頃は、大学生はみんなイカしている存在なんだと思っていた。イカしているというのは少し古い言い回しなのかもしれないけれど、でも古臭い言葉だからこそ、私は納得出来ていた。格好よくても格好悪くても、大学生は大学生だ。授業に出ないで遊びまくる大学生も、授業も遊びも器用にこなす大学生も、苦しい苦しい言いながら机に向かう大学生も、結局のところ皆、大学生という人生の夏休みをそれぞれ謳歌しているんだ。あの頃の私は、そういう勝手な印象を「イカしている」という響きに都合よく纏めあげていたまでで、実際のところは、未だ見ぬ大学生をキラキラのフィルター越しに舐めくさっていただけだった。
いざ大学生になってみると、そんな加工は直ぐに取り払われた。高校生の頃に夢見ていたスタイル抜群の私は居なくなっていて、スマホのインカメに映るのは寸胴、安産型、変わらない縮れ毛と、そして能面顔だった。とりあえず綺麗になりたくて、茶髪にしてストレートパーマをかけてみたけれど、肌荒れはどうにもならないみたいで、泣く泣くメイク道具を買い集めた。初めてのバイト代を、全てコスメに費やした。でも、私は無知だった。コスメは私が思っていたよりもずっと高くて、そしていいものばかりで、段々と使うものが限られていった。私は要領を得た気になって、今度はちょっとお高くとまった百貨店に潜り込み、高い服だけを選り好んで買った。そうしたら洋服は話が違ったようで、高かろうが安かろうが所詮は布だった。そういえば、寸胴の自分に似合う服など無かった。骨格診断なんていう便利なものを知るのは、まだ先のことになる。
五月は一瞬で過ぎ去り、梅雨に差し掛かると、せっかくのブラウンはプリンに変わり、ストレートは縮れ毛に戻り始めていた。雨が窓を叩き付けていたあの日、電車がトンネルに入った瞬間、私は正面に写った自分の顔を見て、急に惨めになった。
(何やってんだろう、私。)
私は泣きながら家に帰った。玄関でお母さんに慰められると、その夜改めて、大学デビューを意気込んだ。糖質ダイエットをして、いらないコスメと洋服はメルカリで売って、肌質改善メソッドを軒並み試していった。時間がかかっても、徐々に加工される自分の姿が愛おしくて嬉しかった。
蝉の声がうるさい七月、私は真っ白しろなシャツワンピースをお気に入りにしていた。その日の私は特に上機嫌で、確か新品のキャンパスシューズを履いて家を出たはずだ。近所の和菓子屋さんは、湯気を上げる程熱い道路に打ち水をしていて、そういえば私はるんるんとスキップをしていたかもしれない。ともかく一限に余裕で間に合う時間、電車に乗り込んだ。今日の授業はなんだっけなとスマホを開く。刹那、画面に映った自分が可愛い。……あれ、電話だ。先生からだ。私は一度電車を降りて、折り返し電話をかける。タカハマ教授は格好いいおじさんで、私あの人の授業好きなんだよな。急にどうしたんだろうな。もしもし。
「キョウコさん。履修状況って、確認できますか」
和菓子屋さんの打ち水って、なんか甘そうですよね(?)
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