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女性の格好で暮らしてきた6年間の全てを「自分史年表」にまとめました。

みなさんこんばんは。
美沙です。

今回で7回目の投稿になります。
今回の記事では題名の通り、女性の姿で暮らしてきた6年間の全てを詰め込んだ自分史年表を作成したことと、完成した自分史年表を読み解いてみてわかった3つのことをお伝えします。
本記事の最後の段落には大切な告知もあるので、目を通していただけるととても嬉しいです。

今回は珍しくほっこり要素も入った記事に仕上がっているかと思います!最後までお付き合いいただけるととても嬉しいです。

この記事は次の4段落で構成されています。

・自分史年表を作ろうと思ったきっかけ

きっかけはほんの小さな出来事でした。

先日、久しぶりに再会した友人とお昼ご飯を一緒に食べていたときのことです。
ふと昔のことを思い出して、秋葉原という街がずっと好きだということ、この街でこんな人と出会って、こんなことやあんなことがあったんだよという他愛のない思い出話を少しだけ話しました。
するとその話が思った以上に面白かったらしく、もっと聞いてみたい!と言ってくれました。
ただその日はもう別れの時刻が迫っていたため、また後日話す約束をして駅まで見送りました。

帰り道、歩きながら考えていました。
自分はどうやってここまで生きてきたんだろう。
遠い昔に思いを馳せました。
これはあのときのことで…、あれはあの出来事の後に起こったんだったっけ?それとも前だったっけ…?
ダメだ、記憶の時系列がぐちゃぐちゃだ。誰かに話すとか伝えるとか以前に、まずはわたし自身がわたしの生きてきた歴史に向き合わないといけない。

家に帰って、何かを思い出したりできないかなと思い昔のメールに目を通してみました。
とりあえず遡れるところまで遡っちゃえ!と掘り下げたところ、メール履歴の中のとある1通から次のことが分かりました。
<2013年11月8日。この日の夜に友人Kから"美沙"という女性名を付けてもらい、これ以降女性の格好をしているときは美沙と名乗るようになる。また、女性名の候補は美沙の他に2つ存在していた。>

──嘘、こんな大切なことも忘れてしまっていたなんて。

衝撃でした。そして、ほんの少しだけ怖くなりました。
あぁ、1回ちゃんと本気で自分自身を振り返ってみないとダメだ。
全部、全部思い出さなきゃ。もしかしたら忘れてしまってはいけないことを忘れてしまっているかもしれない。
取り戻さないと。あの頃の全部を、確実に、きちんと、絶対に。

よし、自分史年表つくろう!即座に決意を固めました。

・6日間かけて自分史年表を作成 ─作成作業の詳細と作成しながら感じたこと─

自分史の作成にはExcelを使用しました。
縦軸には、女性の姿で秋葉原で過ごしてきた中で出会った人達を上から順に並べていきました。
原則として出会った順に並べていきましたが、それぞれの人の属性や所属していたコミュニティを優先的に考慮してカテゴリーを意識しながらまとめました(秋葉原で出会った人、冬コミ・夏コミで出会った人、Twitterから交流が始まった人、紹介されて知り合った人…といった感じ)。
横軸は時系列としました。左から右へと時間が進んでいきます。
縦軸と横軸が交わるセルの中には、そのとき経験した出来事(例:何年何月何日に誰とどこに行って何をしたのか)を詳細に記入していきます。
縦軸の一人一人との出来事の詳細を調べるために、それぞれ全員と交わしたメール・TwitterのDM・LINEの通信記録全てに1つ残らず目を通しました。

【自分史年表作成における通信記録調査の詳細】
調査対象期間:2013/4/1~2019/10/1
調査対象人数:17名
調査対象通信記録:17名全員と交わしたメール、TwitterのDM、LINEの全て
調査対象通信記録の内訳:メール→318通 Twitter DM→1,871通 LINE→1,443通 総計→3,632通


作成作業全体を通しての感想は、とにかく「楽しかった。」これにつきます。
メール、DM、LINEの1つ1つに目を通していくたびに、忘れていた思い出がどんどん色鮮やかに目の前によみがえっていって。
「そうだ、このときこんなことがあったんだ!」
「このときはこういうことに悩んでいたんだな…」
「この出来事はもっと昔に起こったものだと思っていたんだけど、けっこう最近じゃん!」

もっと。もっともっと、思い出したい。
文字通り時間も忘れて取り組みました。
作業量が途方もないくらいに膨大だから正直疲れたし、身体は固まるしあちこち痛くなるしで大変でした。
でも、頑張りました。いいえ、頑張れました。
なぜならば、作業を進めるほどに確信に近づいていくある"思い"があったから。

きっとこの自分史を完成させることができれば、わたしは"わたし"の全てを知ることができる。
わたしはなぜここにいて、いつどこで誰に会って、その人たちから何をもらって、何を決断してきた結果、ここまで辿り着いたのか。
そうだった、わたしはずっとずっと"知りたかった"。
本当の意味でわたし自身を知りたかったし、認めてあげたかった。
だから、ものすごく大変だったけど、ものすごく楽しかった。


うわぁ、このときのわたしこんな非常識なLINEしてるよとか、こんなDM喧嘩売ってるようにしか見えないよとか、過去の自分の未熟さに顔を青くして苦しみながら打っていた時間もあります(笑)。
でもそんなどうしようもなくて不甲斐ない自分にも向き合わないといけないときが、きっとあるんです。

逆に過去のわたしが何気なく言っていた言葉や、誰かからメールでもらっていた言葉に今のわたしがはっとさせられたり、心に響いてくる瞬間もありました。
このころのわたしも精一杯がんばってたんだろうな、そして本当に楽しかったんだろうなって自分で自分を愛おしく思ったり、いじらしく思えたりしました。

だから、すごくすごく楽しかった。
今、自分史年表をつくってよかったなって心から思えています。

・完成した自分史年表と、自分史年表から読み取った3つのこと

そしてついに6日後!
自分史年表が完成し、わたしがイメージモデルも務めているフォトスタジオring linkに自分史年表を持っていきました!

フォトグラファーの清田さんと、ring linkのエグゼクティブマネージャー大川さんの3人でミニお披露目会をしました。
その様子を清田さんに撮影していただいたので、ここからは写真と共にお伝えしていきます。

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作成した自分史年表の1頁の大きさはこれくらい。
この大きさで全部で4頁あります。さすがに6年分ともなると膨大な量になってしまいました。

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セルの中には6ptの小さな文字で出来事がびっっしり詳細に書き込まれています。
今冷静になってみると、よくこんなに書いたものだと自分のことのはずなのに若干引いてしまいます(笑)。

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ロフトに上がって大川さんと一緒に自分史年表を読みました。
ちなみにですが、ring linkのこのロフトは本当に雰囲気がいいので皆さんにもぜひ体験していただきたいです。

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このときにこんなことがあって、こんな人に会って、あんなこともあったんです。
いろいろなことを話しました。
自分の経験をだれかと共有すること。
少し恥ずかしかったけど、大川さんも喜んでくださって嬉しかったです。


自分史年表を共有した後は、簡単ではありますが自分史年表から読み取れることを自分なりに分析しました。
その結果、下記の3つのことがわかりました。

①わたしが秋葉原という街でどうやって生きてきたのかと、「過去から学ぶ」ということの大切さ。
まず、縦軸の17名をそれぞれの人が所属していた界隈やコミュニティごとに色で分類しました。
次に、17名1人1人についてそれぞれ一番よく一緒にいた期間・活動していた期間を読み解き、該当部分に赤でアンダーラインを引きました。
最後に、セルの中に記載されている出来事の中からその人と体験したもしくはその人との間で起こった象徴的な出来事(新たな出会い、別れ、喧嘩、トラブル、大きな挑戦など)を〇で示しました。
その結果、非常に興味深い事実が判明しました。

下記に自分史年表の前半1/3部分の画像を提示します。

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画像7

2枚目は1枚目の画像に編集をして、青でラインを入れたものです。
自分史年表全体に1つの大きな一本の青いラインを引くことができることがお分かりになるかと思います。
さらに詳細に見ていくと、青いラインが軌道を変えるタイミングのほとんどと、象徴的な出来事を示す〇が符合していました。

どうやらわたしは秋葉原という街の中の1つの界隈で何か大きな出来事や致命的な出来事が起こるたびに、所属する界隈やコミュニティを変えてみたり調整したりしながら活動をしてきたらしい、ということが浮き彫りになりました。

どうしても人と人だから、争いが起こってしまったり、分かり合えなかったり、気持ちのすれ違いが起こる。それは仕方がないことです。
でもすごく恐ろしいなと感じたのは、同じようなトラブルや過ちを何度も目にしてきたり、それらを自分自身も何度も犯してしまっていたんだということがはっきりわかってしまったこと。
同じようなことを体験して、自分でもやらかしてしまっていて、それでもまだずっと同じ過ちを繰り返し続けていたんです。
その証拠に、画像の青いラインが示しているようにわたしは事あるごとに何度も何度も所属するコミュニティを変え続けました。

──"自分は間違っていない。"
どこかにそんな甘えがあった。そう突きつけられた気分でした。
「どうしてこうなっちゃったんだろう」
「なんでいつも、どうして、どうして!?」
今思い返せばいつもそんなことを思っていました。
でもその実何も"わかろうとしていなかった"のかもしれない。
何も考えようともせずに、いつも最終的な責任は他人にある、そう思っていたのかもしれない。
本当に、傲慢にもほどがあります。
今ならわかる。自分史年表をまとめあげた今のわたしなら、あのときどうするべきだったのか、そして今わたしは何をするべきなのか・どうやって人と向き合うべきなのか明確に理解できる。

「わたしたちは過去から学ぶことができる。」
過去に起こってしまった出来事に真正面から向き合って、心から理解して次につなげる。
醜くて目を背けたくなるようなどうしようもない過去の自分の中にこそ、今のわたしが求めている答えがある。
受け止めて、受け入れて、どんな自分も愛してあげる。

綺麗事だと言われてもいい。
でもすぐにそうやって、「そんなの綺麗事だよ」なんて吐き捨ててしまうような人は、すごくすごく浅いと思う。

言葉の字面だけをなぞっただけで、それが持つ意味の全てを理解したような気持ちになってしまってはダメです。
この言葉は一体どういう意味なんだろう。何を表しているんだろう。何を伝えようとしているんだろう。
自分なりによくよく考えて、落とし込んで、そしてその言葉の通りに"行動・実践"してみる。
そして、まさにその言葉通りに自分の周りの世界が変わっていく様をまざまざと見せつけられたとき、人は本当の意味で言葉の意味を理解する。
「あぁそうか、この言葉は"本当に"こういう意味だったんだ。」
わたしはそう信じています。

だからわたしは、この自分史年表が一体今のわたしに何を伝えようとしているのか精一杯分析しました。一生懸命向き合いました。
本当の意味で理解したかったから。知りたかったから。

その結果、大切なことを改めて自分自身の身体で理解することができました。

②会いたい人・大切にしたい人には自分から積極的に連絡を取ろう
これはもう言葉通りの意味です。
「受け身では絶対にダメだ」ということがわかりました。

知り合った人の中でも赤いアンダーラインが2ヵ月や4ヵ月、さらには1ヵ月しか続かなかった人もいました。
そしてそのどれもが、"どちらかからしか連絡を取らない"一方通行の関係であったことがわかりました。

嫌われてしまったらどうしようとか、あれから時間空いちゃったから…とかためらってしまう気持ちもすごくよくわかる。
でもそれじゃ絶対ダメなんです。
本当に会いたい、仲良くなりたい、大事にしたいと思っているのならばちゃんと連絡して、「わたしはあなたに興味があります」ということを態度で示さないとダメなんです。

そして何より、誘われる側もその状況に満足しているだけじゃ絶対の絶対の絶対にダメです!
わたしは誘い待ちな性格だから…とか、こっちからは誘いにくいから…とか絶対にダメです!!
「まあまた向こうからの誘いを待てばいいや」なんて思わないでください。
今度はこっちから誘ってみよう。
ここに一緒に行きたい、あれを一緒に食べたい。ちゃんと言ってあげてください。
それでもどうしても恥ずかしくて無理という人は、会ったときに「いつも誘ってくれてありがとう」ってちゃんと心を込めて言ってあげてください。
たぶんずっと誘ってばっかりの人の中で、どう思われているんだろうってモヤモヤしている人、たくさんいると思いますよ。

2人で一緒に、そしてみんなで一緒に思い出を重ねていける。それってすごく素敵なことだとわたしは思います。

③あるときを境にコミュニティに所属しない生き方を選んでいる
自分史のあるときを境に、ぱったり赤いアンダーラインをどこにも引けない空白の期間が出現します。

思い返してみれば、そのころから自分ひとりで生きるようになっていったのかもしれません。
決定的な出来事がいくつか重なってしまって、ひとりで生きることを、コミュニティに所属しないという生き方を選んでいる。

うまく言葉にすることができませんが、それでも言葉にするのなら、このときからわたしは急速に"オトナ"になった。
いいえ、"オトナ"に"させられたんだ"と表現した方が適切な気がします。
メールやDM等の文面も劇的に変化していて、何かが起こったんだなということがありありと見てとれました。
一体何が原因だったのか明確にはわからなかったけど、たぶん必死に自分を守ろうとしていたんだろうなと思います。
でもやっぱりあのころはさみしかったし、すごく辛かった。自分史年表を読みながら、どこか懐かしい心の痛みをほろ苦く思い出していました。


それでもまだ希望はありました。
カミングアウトをして以降、自分史年表の中に赤いアンダーラインが徐々に増え始めました。
セルの中の出来事も増えていきました。

そして何より、今を精一杯に生きている自分自身の鼓動を確かに感じることができました。

わたしは今本当に、毎日が楽しい。
失ってしまった大切なものを取り戻し始めている。
今までの自分自身がそう強く語り掛けてくれているみたいで、すごくすごく嬉しかった。勇気をもらえました。


以上が自分史年表からわかった3つのことです。

どれもこれもみんな、当たり前のことでした。
でも、それでいいんだ!ってわたしは思っています。

だってその全部が嘘偽りのない本当のことだから。
とても「普通」とは言えない生き方をしているわたしだけど、きっとどれだけ調べつくしても、どこまで自分の人生を振り返ったとしても、見えてくるのはいつも"人として生きていく上で当たり前のこと"なんです。
その全てが誰しもが一度は目にしたことのある言葉であったり、考え方なんです。
そこには年齢も、性別も何っにも関係ない。男性、女性、全ての属性に関係なくみんなにとって大切な、本当に大切なことが示されているんです。
だからわたしは、たくさんの人に語り掛ける。たくさんの人に届ける。不特定多数の中の大切な"あなた"に伝えます。

誰とどこに行っただとか、こんなことがあっただとか、それら1つ1つは本当に取るに足らない小さなエピソードです。
でもそれらのエピソードの1つ1つが集まったら、それはやがて章となり、そしていつかは大きな大きな物語へと姿を変えていきます。
その物語は紛れもなく"わたし自身を表す物語"です。
だからこそ、その物語の背景には必ず"わたし"というテーマが生まれる。頁をめくるたびに伝えたい想いが、メッセージが、とめどなく溢れ出てくるものなのです。

本気なんです。
本気で、わたしのこれからの全てを込めてあなたに届けたい。届けなければならない。
口先だけなら誰だって言えます。何だって言えます。だからこの本気をあなたに伝えるためには"形"にして見せるしかないでしょう?
そのためなら何だってするよ。
メールやLINEの何千通何万通にだって目を通す。自分史年表だって完成させる。この記事を書くにあたって分析と執筆に丸1日かかっていても、絶対にわたしの言葉であなたに届ける。
わたしの弱いところも格好悪いところも全部全部見せて、さらけ出して、それでもわたしが何かを為す姿をあなたに見せるよ。見せ続けるよ。
もう一度言います。
本気なんです。
本当に何も怖くない。どんな苦労や困難だって厭わない。
だって人生賭けてるから。


だから。だからわたしはこれを本当に大切にしたい。
この自分史年表からわかった"当たり前のこと"を大切にして、考えて考えて生き抜くことがとても大切なんだってわたしは心の底から思う。
たった6年の短い期間かもしれないけれど、6年間分の人生全てを賭けて"今までのわたし"が今のわたしに必死に伝えてくれたこと。
ずっとずっと大切にしていきたいんです。

今までのわたしにありがとう。
今まで会ってくれた全ての人にありがとう。
叶うならば、もう会えなくなってしまった人達にもいつかまた会えたらいいな。
自分史年表をつくって本当によかった。わたしはこれからも胸を張って、前を向いて歩いて行けます。

・大切な告知 ~トーク&交流会を開催します~

今回作成した自分史年表をもとに、トーク&交流会を行います。
ring linkのイメージモデルとして開催する初めての主催イベントです!
男性・女性関係なくたくさんの方にお越しいただけるととても嬉しいです。
イベント詳細を下記にまとめます。
主催イベントに相応しく、まさに「美沙づくし」といった2時間になっております!ぜひ目を通していただき、ご検討くださいませ。


【美沙 トーク&交流会 in ring link】
開催日時:
2019/11/9(土) 17:00~19:00

開催場所:
CreativePhotoStudio -ring link-
※アクセスはこちらからご覧ください

参加費:
2,000円

定員:
先着15名様
※収容人数と交流会開催の兼ね合いで、先着15名様までとさせていただきます。お早めにお申し込みくださいませ。

申込方法:
わたくし美沙Twitter(@misa_feminine)のDMもしくはメールアドレス(misamisapyon0320@gmail.com)まで、お名前(ペンネームも可)とともに参加の旨をご連絡ください。こちらからの返信をもって申込完了となります。

申込受付期間:
本日2019/10/15~2019/10/31 23:59まで
※上記期間を過ぎますと申し込みをされても受け付けできなくなってしまいます。お気を付けくださいませ。

タイムスケジュール:
17:00~17:45 美沙トークショー
<"美沙"はどのようにして生まれ、どのように生きてきたのか ~自分史年表2013/4-2014/7を中心に紐解きながら~>
下記トピックを中心に、"あなた"に伝えたいメッセージを自身の経験をもとに語ります。

・"中性"ってどういうこと?
・「美沙」命名と誕生秘話 ─友人Kとの関わり─
・初めて女性の格好をした日
・女性の姿で経験したエピソード
・メイクや服選び等女性の格好で暮らしていく上での悩みと、それらをどうやって克服したのか
・カミングアウトを経て今伝えたいこと
・自分史年表を紐解いてみてわかった、「自分のやりたいこと」と「やるべきこと」
・ring linkのイメージモデルとして今後わたしがやっていきたいこと、果たしていきたい役割

17:45~18:00 休憩
※簡単なアンケートをお配りしますのでご協力いただけますと幸いです。

18:00~18:45 交流会
お越しいただいた皆様と親睦を深める交流会を開催します。
コーヒー・紅茶等のお飲み物と、お菓子等の軽食をご用意し提供いたします。わたしもぜひあなたと、皆さんと、直接言葉を交わしたいです。
※この交流会において、当日お越しいただいた方限定で未公開情報公開のミニサプライズもあります!

~19:00 完全撤収

☆ノベルティをお配りします☆
当日お越しいただいた方へ、下記のノベルティをご用意してお渡しします。

『美沙缶バッジ2種セット』
缶バッジ(大)
缶バッジ(小)

当日お渡しする缶バッジの写真は後日Twitterにて公開します。ご覧になっていただけると嬉しいです。


美沙

─◇──◇──◇──◇──◇──◇─
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