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【短編小説】猫と神隠し

 カランコロン カランコロン
下駄の音が鳴り響く日中
人の往来の中に、一匹の猫が歩いていた
タシタシ、という音が聞こえてきそうな歩き方をして、道の真中を歩いていた
少し遠くから、パカパカという馬の足音が聞こえてきて、人々は歩くのをやめ道脇にしゃがみこむ
猫はそんな事もお構い無しに歩き続ける
遂には馬と猫が対峙する形になった
皆が緊張する中、一人の女が猫を庇った
「申し訳ありません!私の家の猫が邪魔をしてしまいました!今すぐどかしますので、どうか殺すのだけはやめて頂けないでしょうか!」
必死にそう願う女に、馬に乗っていた男は口を開いた
「猫も其方も罪は無い。その願い、聞き入れよう。」
ありがとうございますと何度も言い、女は猫を抱えて道脇に避けた

「御前さん、なんで道の真中で歩いていたんだい?」
夜になり、女は猫にそう声をかけながら餌を与えていた
にゃーん、と、猫は生返事をしてキスを食べ進める
女も夕飯を食べ始めた頃、突然入り口の戸がタンッ!と勢い良く開いた
「ここに、昼間私の猫を助けた者がいると聞いたが、女、其の方か?」
入り口に立ち声をかけてきたのは、なんとも綺麗な着物を纏った妖美な男だった
女は、あまり見ない服装と髪をした男に、警戒心が強く出た
「貴方様は、いったい何処の方ですか?」
「私は質問をしたつもりだが、まあ良い、答えてやろう」
男はそれに続いて女に言い放った
「私は人間共が謂う妖怪、その中でも稀有な猫魈だ」
「ねこ、しょう…?」
 猫魈(ねこしょう)-人間と変わらぬほどの
 知能と高い霊力を持ち、猫又や化け猫、
 また魑魅魍魎を従えることもあるとされる
 猫の妖怪
「して、私の猫は何処におる?」
する…と、男の足元に拾った猫が擦り寄る
「お、おまえさん!何してるの!」
男はその言葉に反応せず猫を抱き上げる
そして右腕だけで抱えるとそのまま出て行ってしまった
「な、なに?あの人…」
呆けている女は、しっかりと理解出来ないままその日を終えた

数日後、再度猫魈の男が女の家に現れた
今度は居間にいる状態で
家に戻った女は、扉をガタンッと鳴らして驚いた
「あ、貴方、どうしてまた此処に…?」
数日の間で「夢だ」という考えに辿り着いた女は、驚きだけでなく恐怖の顔もしていた
「いや何、先日私の猫を救ってくれたからな。その恩義で来た」
恩義で家に無断で上がるのか?と女は考えたが、こう聞かざるを得なかった
「そ、その恩義って、何をしてくれるんだい?」
不安と恐怖で引き攣りつつも、笑顔を作り言い放った
「そうだな…」
男は少し考える様子を見せた
しばらくの間女は待ったが、一向に考えを言わなかった
そのうち半刻(今の1時間)ほど経った頃、やっと口を開いた
女は家の事をしており全く関心がなくなっていた
「其の方を私の領域に連れて行こう」
「えっ?」
不意に聞こえたその言葉通り、男は女を抱えて何処かに行こうと外に出る
「ちょ、ちょっと待って!?」
当たり前に動揺する女は気にせず、男は大きな猫の姿に形を変えた
「ふぅ、やはり人の姿は窮屈で面倒くさい」
その大きく不気味で、尻尾が3つに別れた姿を見て、女は気を失ってしまった
気を失った女を口に咥え、男は去ろうとした
しかし、その後ろ姿を同じ長屋に住む男に見られてしまった
どうやら、女の大きな声に驚いて出てきたようだった
ヴヴヴヴと唸り声を上げて、猫は女を何処かに連れ去った

翌日に長屋の男は、「あそこの女は夜にでっけぇ猫に連れ去られた」と言い回っていた
しかし「あの家に女なんかいない」という答えだけが返ってきた
男は家の中を見るが、女が居た形跡など、一つも残っていなかった

女が目を覚ますと、目線が異様に低く何故か不思議に床がひんやりと気持ちよく感じた
座敷牢にも見えたそこには、外から入ってきた光る鏡が置いてあった
それを見てしまった女はまたしても驚きと恐怖に堕とされた
自身が猫の姿になっていたのだ
しかも、助けた猫の姿にそっくりだった
「あぁ、起きたか」
その声に聞き覚えがあり振り返る
あの、男…
いや、猫魈だった
その足元には沢山の猫が集まっていた
猫になり分かるようになった猫の言葉は、「猫も人間も同じく、此の方に尽くさなければ」「人間だった者は少なからず虜になるわよね」という、何とも不気味で不思議で恐怖が出てくる言葉だった

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