マガジンのカバー画像

小説

3
運営しているクリエイター

記事一覧

この舟の行方 3

この舟の行方 3

 彼が帰ったあと、彼が使った灰皿を洗いながら今はまだ土曜日の夕方で、明日は日曜日なんだ、と思った。日曜日ってどうやって過ごすんだっけ。ひとりの日曜日は・・・と考えたらやっぱり寂しかった。寂しい時はわたしは書く、そうやってずっと過ごしてきたはずだった。そうやって詩が生まれよりそう言葉が支えだったはずだ。電話もしない。メールもしない。ひとりでも生きて行こうと決めたはずだった。それにまたすぐに逢える。「

もっとみる

この舟の行方 2

 わたしたちが出会ったのはもう20年位前のことだ。いわゆる「出会い系サイト」に近いものだったがそういうサイトをいくつか経てきてもう何かを期待したり逡巡したりすることはなくなっていたと思う。ただちょっと寂しい時にたわいないメールが出来ればよい。なるべく気の利いた知的なニュアンスのある相手とメールがしたかった。自己紹介文には荒野にいるウサギの詩を書いた。「さてこれからどこに行こうか」という内容の詩だっ

もっとみる

この舟の行方

 いつの間にかうとうとしていたようだ。日曜日の中央線に御茶ノ水から乗った。マスクはもちろんの事、会話も控えるようにと車内アナウンスがある。黙して行く帰り道、つい眠気におそわれた。
 ふと気がつくと並んで座った彼の手が座席に置かれわたしの太腿にくっついている。何かの合図のように感じてその手に自分の手を重ねた。膝の上のバッグを引き寄せ重ねた手は見えないようにした。もちろん彼は応えて握り返してきた。わた

もっとみる