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高等教育とキャリアの関係

先日とあるSNSで、主要国の「人口100万人当たりの博士号取得者数」を表にまとめた図が目に飛び込んできた。なんとなく予想はついていたが、目の当たりすると考えさせられる部分がある。

科学技術・学術政策研究所 科学技術指標2022


日本の大学進学率は過去最高ではあるが、修士取得者数は主要国が増加している反面、日本は横ばい。博士号取得者数にいたっては、他国が横ばい又は増加している中、日本は減少傾向にある。特に米国、韓国は2000年度には日本と同程度だったのが、現在では日本の倍以上の数になっている。

大学(学部)進学率(過年度卒を含む)は56.6%で,前年度より1.7ポイント上昇し,過去最高

文部科学省 令和4年度学校基本調査(確定値)


高校から大学への進学率だけを見ても、日本の大学進学率は高いとは言えない。高校卒業後に就業を目指す又はせざるを得ない人がいる一方で、「大学学んだところで意味がない」「学歴は関係ない」という考えを持つ人が一定数いることも事実である。

日本の大学進学率はOECD各国平均に比べると高いとは言えない。

文部科学省 大学進学率の国際比較 世界の高等教育機関の大学進学率の推移(2012)


日本においては、「就社」という概念で企業が入社後に「新卒研修」で人を育てるということが基盤になっているため、高等教育おいての「学び」が他国に比べ就職時に大きく影響することがない。私自身、企業の人事として新卒採用に関わってきた経験があるが、どの企業においても、重視するのは「人柄」優先であって、どんな「学問」をどのように「探求」してきたかを問うことは残念ながら少なかった。
特に日本の「新卒一括採用」は、戦後の日本の経済成長には大きく寄与したと個人的には考えている。しかしながら、1990年代の中頃から、大学進学率の急上昇に連動し、企業からの内定がもらえないまま卒業していく大学生、つまあり大卒フリーターが急増。一方で、就職難が続く中でも、一部の優秀な学生には多くの内定が出るという二極化現象が起こることで、より一層、「学歴」や「大学で学ぶ意味」を重要視しない人が増えたとも考えられる。そのためか「大学」での「学び」の意味や概念が、他国とは少し違うのだろうと感じる部分がある。

1990年代の中ごろから、大学進学率の急上昇に連動し、企業からの内定がもらえないまま卒業していく大学生が大量に生まれるようになってきた。新卒無業、大卒フリーターの急増である。一方で、就職難が続く中でも、一部の優秀な大学生には多くの企業からの引き合いがかかるようになってきた。

「新卒採用」の潮流と課題-今後の大卒新卒採用の在り方を検討する- リクルートワークス研究所 (2010)


また、学部からストレートに修士や博士に進学した場合に、その就職活動に難がでる場合もある。以下の記事をすべて肯定するわけではないが、日本の「新卒一括採用システム」が根強く残っている今、企業では学士と修士で同じ職務、同じ給与水準でスタートさせることが多い。修士や博士は学士に比べより額施術的に探究し深掘ることが求められる一方で、新卒採用システムの早期化は、2年という修士の限られた時間を貪っているのはある程度事実だと思われる。


また、狭き門をくぐりぬけ博士課程に進んだ場合の企業への門戸は特に狭い。博士まで進学したのであれば、そのまま研究者の道へ…と思う人も一定数いると思うが、研究職という職種もまた狭き門である。特に日本の博士課程は海外とは違い、金銭面でもサポートが少ない。研究者としてどのように生計を立てるべきかを問う博士課程者もいるのではないだろうか。その制度・文化の違いが大学や研究機関への就職につながりづらくしているのではないかとも思える。企業でも博士号取得者への職種が少ないことで、多くのポスドクが就職できずにいるなど、高学歴フリーターが生まれる問題まで出てきている。


上記から、日本では他国に比べ、学問への関心や学問と経済活動やキャリアとの関連付けが薄いように思う。学び直しやリカレント教育、生涯教育といったものが必ずしも学位取得と結びついているわけではないが、社会人になった後に高等教育機関で学ぶことが他国に比べ少なく、大学は「高校を卒業してすぐに行く学校」という位置づけがあまりにも強いのではないかと感じる。

日本で「学び直し」という「スキルの習得」というイメージが強く資格取得専門の学習機関や、オンラインコース、ハローワークでの職業訓練をまず検討する人が多いのではないだろうか。これは、前途したように企業が求めている専門性が高等教育機関で学ぶ内容と連動していないという認識の基に現れる現象ではないかと思う。学び直しとしてMBAや他の修士を修了したとしても、それが企業へのスキルアピールになりえず、企業も学問をも学んだという人よりも資格を持っている人の方がスキルエビデンスになりえるというところから、転職に必ずしも有利に働かないからだと推測する。新卒就活時だけでなく、転職においても高等教育機関で学ぶことに価値や意義を持たれていないことが伺える。

ここで改めて「学び直し」と「高等教育機関」の関係について考えてみたい。
人が学び直す大きな理由は「転職」や「年収Up」というキーワードが強いのではないか。「資格をとって年収を上げる」というのが決まり文句のように、オンライン上で表示されることが多々ある。ただ、人事をしていた身として、資格があるだけで実務経験がない人を転職で採用することは(私の場合は)なかった。例えば士業(弁護士・税理士・会計士・社労士など)への転換などの場合や、全くの未経験を採用する一般職の場合は少し異なるが、「転職」において資格と実務は連動して始めて意味を成すと思っている。

つまり、「学び直し」は長期的な自身のキャリアのために行うものであって、一時的な転職の機会や年収増を狙うためのものではないということ。今までの日本社会では、「終身雇用」でエスカレーター式に役職が上がっていったため、<自己キャリア>という概念がまだまだ浸透しきれていないことが理由であると考えられる。そういった背景から、一時的な資格取得やスキル取得には目が向くものの、自己キャリアを形成する上での長期的な視点から「専門分野知識の高度領域習得や最新化」の必要性が大きく抜け漏れていると思われる。

(プロフェッショナルスクール受講の他国)受講者への聞き取りから,多くが勤務先の次のミッションや自己キャリア目的を持ち参加している。特にアメリカ地域からの受講者はそれら動機づけが強く,その後の追跡調査では目標通りのキャリア展開に繋げている事例がほとんどを占めている。

EU・アメリカ地域での「学び直し」事例と追跡調査


現在、日本においても「リカレント教育」「学び直し」には力を入れている。しかしながら、学び直すことの意義や必要性が、単にAI・DX・データ領域の人材不足等の理由にとどまった見解が多いようにも感じる。企業に頼ることなく、長期的なキャリアを考え方を自ら考え、その結果、必要な知識やスキルを得るという考えは、まだまだ乏しいとも言える。


キャリアの考え方が、就社を軸にしたものではなく、変化する環境に応じて自身を対応させていくような、より柔軟なキャリア形成が求められているというのは、前途した新卒一括採用の溝から浮彫りになっており、自身が自己のキャリア形成を描く中で、単純なスキル習得や資格習得にとどまらず、より広範囲に自身のキャリアを描けることが大切であるとともに、「リカレント教育」や「学び直し」という言葉よりも前に、「キャリア教育」が優先的に必要だと考える。

時とともに、自身の価値観も変わっていく。自身の価値観に合わせたキャリア形成をする。そのために学び続ける。このサイクルが重要だと思えるかどうか、ではないだろうか。