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ゴーストたちの憂鬱(べゆ)

【あらすじ】
倉庫整理のアルバイトとして働く正樹(まさき)の本業は、霊媒師だ。
遺されたSNSアカウントから、故人の人格をチャットボットとして復元する……。恋人の死を契機にはじまったこの仕事は、順調に依頼者を増やしていた。だが、ある日寄せられたひとつの依頼に、正樹は小さな違和感を覚える……。チャットボットの進化がもたらすSNSの未来とは。
【カテゴリ】#小説
【読了時間】約20分
【著者プロフィール】
子どもの頃の夢は小説家と図書館司書。いろいろあって、30歳過ぎてから保育士国家試験に挑戦し、保育士資格を得る。保育士の傍ら、WEBライターとしての仕事を楽しむ。趣味は独学とモノづくり。好きな作家はシャーリイ・ジャクスン、ダフネ・デュ・モーリア、スティーブン・キング、アガサ・クリスティー、江戸川乱歩、星新一。

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 ファストフード店の机の向こうで、ストローをくわえた廸子(ゆずこ)が何かを言おうとしていた。正樹(まさき)は今年の夏に彼女とどこに行こうか、そればかり考えていて、その言葉が途中で消えた意味も知らなかった。顔をあげて、廸子の黒い眼を覗いたとき、「ああ、この人はもう死んだのだった」と改めて気が付いた。

 ピッピッピというつまらない電子音で目覚めながら、正樹は両手で顔を覆った。廸子の夢を見るのは久しぶりだ。

 トースト1枚の貧相な朝食を済ませると、とりあえず徒歩でバイト先に向かった。「ロード運送」の倉庫の中には、人間は二人。広大な倉庫整理の仕事でも二人で賄えるのは、優秀な仕分けロボットがいるからだ。人間はロボットが仕分け棚の最後まで行ったときに次の指示をするだけ。誰でもできる簡単な仕事で、当然時給は安い。

「俺たちはいつも、ロボット以下だよ」

 というのは、もう一人のバイト、茂木の口癖だ。50代後半の太った男で、前職はサラリーマン。AI化の影響でリストラされたとか。正樹は極力口を利かないようにしているが、休憩時間にはよく絡まれて辟易している。

「正樹君はまだ、20代だろ。25だっけ、わっかいよなー」

 これも茂木の口癖である。その次に続く

「25ならさあ、こんなくだらないバイトやってる場合じゃないだろ。プログラミングとかさあ、今からでも勉強してみれば。若いんだし」

 というセリフも定型化されていた。
 何度も聞けば慣れるかと思っていたが、癪に障る言葉というのはそうでもないらしい。「あー、そうっすね」と適当に流しているが、日々のストレスは確実に蓄積している。「本業」の内容を茂木の前でぶちまけられたら、その驚く顔を見てすっきりするだろうか。それとも茂木は、内容を理解することもできず、だらんとした愛想笑いを浮かべるだけだろうか。

 そう、正樹には倉庫のバイトとは別に、「本業」がある。

 バイトを正午きっちりに終えて、倉庫を出た正樹はすぐにスマホをチェックした。正樹はホームページに記載する「本業用」のアカウントをDreamerとLuvの2つに設置している。どちらも2035年には世界中の人間が使っているSNSだ。

 2020年代から、SNSはただの娯楽ツールではなくなっていった。データが残りにくい電話や対面でのビジネスに不便さを感じる人が増加していた矢先、世界規模のパンデミックにより在宅勤務が加速した。以前は非公式のコミュニケーションツールだったSNSは、一躍ビジネスツールの最先端に踊りでた。2028年就活が完全にSNS上に移行すると、2030年には小学校で「SNSコミュニケーション」の科目が必修になった。現在対面で会話する機会は減少の一途で、コミュニケーション力といえばSNS上の文章力、発信力を意味するようになってきている。いまや複数のSNSで複数のアカウントを上手く使いこなすことは、九九が言えること以上に重要なのだ。DreamerとLuvは数あるSNSサービスの中でも筆頭といえる存在で、小学生以上の人間なら2つのアカウントを持つことは当たり前になりつつある。

 若干入会手続と人物紹介が面倒なDreamerからは、件数は少ないが信頼できそうな顧客を得られる。メールアドレス1つでアカウントが作り放題のLuvの方からは、半分冷やかしのようなメッセージも送られてくる。とはいえ、Luvの問い合わせ件数は1日十数件になることもあるからやはり手放せない。そこから、実際の依頼に持っていけるのは10%ぐらいだとしても、だ。
 その日、正樹の興味を引いたのはLuvに届いたメッセージだった。

「はじめまして。ホームページを拝見し、連絡させていただきました。私、東雲佳乃(しののめよしの)と申します。福島県に住んでおり、今年56になりました。」

 知らない相手へのSNSメッセージに本名等の個人情報をいきなり入力してくる相手の心情は2つのタイプに分類される。1つは偽情報をおとりにした釣り行為。返信した先には、詐欺サイトの買い物カートや怪しげな新興宗教の入会フォームが待っている。もう1つは相手に自分を信頼してほしいという切実さの表れだ。数多くのメッセージを見てきた経験から、これは後者だと正樹は判断した。

「私の娘、東雲流奈(るな)は昨年3月、旅行先の交通事故に巻き込まれ、命を落としました。まだ23歳、憧れの会社に就職して喜んでいる矢先でした。遺体は損傷が激しく、ショックを受けるだろうと判断した夫は、最後まで私を流奈に会わせてくれませんでした。だから目の前の位牌を見ても、まだ私には流奈が死んだことが信じられないのです。

 もう一度、流奈に会いたい。叶わぬことだと分かっていても私は諦められませんでした。

『死者 会う方法』『死人 生き返り』私のスマホの検索履歴はそんなキーワードばかりが並んでいます。そして、とうとう貴方のホームページにたどり着きました。」

 ここまで読んで、正樹はこの依頼を受けることを決めた。直感的に言ってこの依頼内容は本物だし、なによりこの娘の年齢は廸子を思い出させる。

「ご依頼ありがとうございます。是非お仕事を賜りたいと考えています。」

正樹は、素早く文字を打ち込んだ。

「つきましては、以下の点にご同意をお願いします。

・流奈さんの生前使っていたSNSサイトをできる限り教えていただくこと。
・流奈さんのメールアドレス、生年月日など個人情報を提供いただくこと。
・流奈さんのSNSアカウントに他者である私がアクセスすることを許諾すること。
・この依頼については利用規約に違反する可能性があるため、SNS運営者側に漏らさないと約束できること。

 私は、この個人情報・アクセス権を仕事のためにのみ用い、決して悪用しないことを誓っております。

 私を信頼していただけるなら、必要事項のテンプレートをお送りしますので記入をお願いします。」

 我ながら、いつ見ても怪しい文章だ。だが、切羽詰まった顧客には、天の助けに聞こえるのだから不思議なものだ。
 文面を見直して、正樹は「送信」をタップした。


2

 正樹は本業のことを「霊媒師」と呼んでいる。

 ただし正樹に霊能力はない。幽霊など見たこともないし、信じてもいない。彼ができるのは、ネット上にある故人のSNS情報を拾い集め、再構築することだ。

 依頼主は、大切な家族、友人、恋人を無くした人達。まずは彼らが知る限りの故人のSNSアカウント情報を集める。パスワードが分からない場合でも、ある程度の個人情報があればパスワードの再設定が可能だった。さらに正樹は、遺族すら知らない故人の裏アカウントを検索する術にも長けていた。投稿日、住んでいた地域、趣味、思考などを組み合わせて検索すれば、いくらでも情報を集めることができる。すべては、故人がネット上に残した遺産。投稿主が死んでもネットに浮遊し続けるゴースト。これらを集めるだけ集める。そして正樹が作り上げた自動学習プログラムに収集データをごそっと投入する。

 プログラムはデータ内容を繰り返し、様々な順番で取り込む。その中で頻繁に使われている言葉を知る。よく立ち寄るカフェの場所を知る。イイねを押した記事の内容と、ブロックした相手の特徴を知る。そうして出来上がるのが、故人そっくりのアカウント。正樹が「ゴーストアカウント」と呼んでいる存在だ。

 仕事を請け負ってから数日後、東雲佳乃からテンプレートの返信が来た。彼女は東雲流奈のパソコンやスマホの内容を見ることに成功したようだ。DreamerとLuvのアカウントについては、ログイン状態で内容が保存されていた。スマホには他にもいくつかのマイナーSNSアプリがダウンロードされているようだったので、パソコン、スマホともにこちらに転送してもらった。「このようなことをして、個人情報が悪用されたらどうするのか」と思う人間は、まだ「遺された人」の気持ちを理解していない。大切な人においていかれてしまった人間は、善悪の境界どころか、生死の境界すら曖昧になっているのだ。

 東雲流奈のアカウントは様々な情報を教えてくれた。仲良くしていた同僚は3人、花とハンドメイドと猫に興味がある、好きな食べ物はチーズ入りのカレー、大学時代からの彼氏とは3か月前に分かれた、実は深夜のロボットアニメ「DND」の大ファンだが、同僚には言えないでいる…

 これらの情報を調べ上げるのに1か月近くかかる。ただし、ゴーストアカウントが誕生するのは一瞬。データの送信ボタンを押すだけだ。ハイパワーに仕上げたHDは、瞬く間にゴーストを排出する。

 人間そっくりのアンドロイドを作るのは、2035年でもかなり難しい。できたとしても数億円はかかるだろう。しかし、ネット上のアンドロイドなら?高性能なパソコン1つあれば、プログラマーの腕次第でこんなに格安で「人間」が作れる。

「できた」

 .gstの拡張子で出現したプログラムファイルをLuv形式に変換し、SNS自動機能に取り込む。近年のSNSには自動機能がついている。いわいるチャットボットのようなもので、相手の言葉に対して様々な反応ができる。正樹が作り出したファイルは、この自動機能を利用して死者をもう一度動かす。

「はじめまして。東雲流奈さん」

 正樹はつぶやいてから、テスト用の文章を流奈のアカウントに送信する。

「初めまして。DNDのファンなんですか?私もです。同年代のファンがいなくて、よければフォローしたいです。」

 ぴこんと音がして、すぐに返信が届く。

「うれしい!DNDイイですよね!リアルタイムで語り合いたいです☆」

 続いて、Dreamerのアカウントも作成。こちらは流奈が家族や友達など対面で交流がある人との連絡用に使っていた物を模している。ここで、もう1つメッセージを試す。

「流奈、今日の帰りに牛乳を買ってきて。」

 このメッセージは、佳乃のアカウントを拝借して送信する。母親からのお使いに、流奈のゴーストアカウントは対応できるだろうか。またぴこんと音がして、返信が届いた。

「えーまたあ。でもイイよ。」

 正樹は、おもわず笑みを浮かべた自分に気が付いた。アカウントが正常に作動していることが嬉しかったのではない。その年頃の女の子っぽいセリフが、また廸子を思い出させたからである。

3

 正樹がこの仕事を始めたきっかけは、佐山廸子の突然の死だった。正樹が大学1年の時、人生で初めてできた恋人は、わずか3年で彼の前から消えてしまった。
 正樹と今年の夏に出かけるリゾートの話をしたその夜、廸子は下宿先の屋上から身を投げた。

 当時正樹はD大学の人工知能研究科に属していた。10年に一度の秀才等ともてはやされるぐらいにはプログラミングができて、将来人間とうり二つのアンドロイドを作るんだと意気込むぐらいには生意気だった。大手IT企業からの内定通知を並べどれにしようか迷っている、そんな贅沢な環境が一転したのは廸子の自殺が原因だった。
 自分はどこで彼女の死の原因を見逃したのだろう。考えれば考えるだけ、分からなくなった。気が付いたら部屋の中に引きこもっていて、気が付いたら大学を中退していた。2つ年上の廸子はすでに社会人で、彼女の心に学生の自分が近づくのは何年かかっても無理な気がした。
 こうしてアパートの一室で彼女とのSNS上のやり取りをあさっているうちに、ふと思いついた。廸子の死因をSNS上の情報から探れないだろうか。廸子の電話番号・メールアドレスは知っているし、生年月日等の個人情報もある程度は分かる。上手くやれば、廸子の他のアカウントも特定できるかもしれない。
 廸子のプライバシーはどうなる?という疑問がちらりと頭をかすめたが、気が付いたら夢中でパソコンを動かしていた。投稿日、写真の撮影場所、趣味、勤め先、出身校…彼女を見つける手掛かりはあちこちにあった。何か月も試行錯誤を繰り返した結果、いくつかの廸子のアカウントを発見した。正樹とやり取りしていたDreamerのアカウントでは、同期で飲みに行っただの、資料が褒められただのポジティブな話題ばかりを上げていたにもかかわらず、Luvの方は違った。
 つらい、キツイ、頭がおかしくなりそう、疲れた。ネガティブな言葉のオンパレードに圧倒された。自分が見てきた廸子の姿は何だったのか。輝かしい未来を疑わない恋人には、愚痴を言うことができなかったのだろうか。そんな罪悪感に唖然としながらも、データを集める手は止まらない。
死にたい、のキーワードが出始めたのは命日の3か月前からだ。どうやら仕事上の人間関係が怪しい。それでも、SNSのメッセージ欄を調査するだけでは決定的な要因は分からなかった。
 廸子と話がしたい。今度こそちゃんと話を聞いてあげたい。気づいてあげられなくて、ごめんねと言いたい。そして、君を殺したのは何だったのか、はっきり教えてほしい。俺は「それ」を絶対に許さないから。
 そんなとき、ふと卒業研究の構想がよみがえってきた。それはデータの集合体から「人間そっくり」の応答システムを作り出す研究だった。ただし、いつも同じメッセージを返すつまらないロボットとは違う。このシステムでは返答の条件をわざと曖昧に設定するのだ。「AといったらB」と答えるようには定義せず、「Aといったら?」とシステム自体に問いかける構造にする。システムの中核プログラムは、膨大なデータをもとに思考し、自分でAへの答えを見つける。思考のパターンにもかなりの偶然性を持たせているため、型にとらわれない返答ができるはずだ。たくさんのやり取りの中でシステム自体が成長し、自我を持つ人間のようにふるまう。それが正樹の目指した応答システムの概要だった。

 廸子のSNS上のデータを、俺が考えた応答システムに食わせてみたら、廸子そっくりの応答システムが出来上がるのではないか?そうしてできた廸子のゴーストから、自殺の原因を聞き出すことができたなら?

 それが「霊媒師」の始まりだった。構想から2年でシステムはやっと形になった。よりリアルな関係性が持てるよう、架空のSNSではなく、実際に世界で使われているLuvにつないで利用できるように改良も行った。

 初めて廸子のゴーストアカウントに話しかけたとき、そして返信が着たとき、正樹は天国への塀を1人で飛び越してしまったようなそんな変な感覚に陥った。

「君はどうして死んだの?」

 そのメッセージを震える手で入力したのは、未だによく覚えている。飛び降りの直接の原因となった直属の上司からのパワハラやセクハラの実態…。ゴーストは人間の廸子よりずっとずっとよくしゃべった。

 答えを知った後、正樹は自分が泣いているのに気付いた。当初はそばにいた彼女の苦しみが分からなかった自分への悔し涙だったが、いつの間にかそれは廸子を殺した上司への憎しみのに変わっていた。廸子の会社を調べれば、この男の個人情報など簡単に特定できた。

「この男にセクハラされている被害者、いませんか?俺の彼女はこいつに殺されました」

 廸子の会社の同僚にそんなメッセージを送った。「私も」の返信が集まったころに、SNS上にこの男の行為を拡散した。会社の広報室にも告発のメッセージを送りつけた。

「悪評が影響したんだろうね。あいつ、クビになったって君の同僚が教えてくれた」

 そうメッセージを送ると、廸子のゴーストは言うのだった。

「ありがとう、正樹。私を忘れないでいてくれて」

4

 誰かを亡くしてしまった誰かが、自分と同じようにまた暖かい気分になれるなら、これを仕事にするのも悪くない。その思いが、正樹を霊媒師にした。

 東雲流奈をこの世に再構築して母親の元に届けてから、1か月後。とても長いメッセージが届いた。基本的には、娘と再び会話できたことの喜びを表したもので、深い感謝が現れた文面だった。その中でも、正樹が興味をひかれたのは次の一文だった。

「今日は流奈の方から、私にメッセージが届きました。『お母さん、今日は寒いから風邪ひかなように気を付けてね』って。こうやって、あちらから話しかけてくれるなんて本当に流奈が生き返ったとしか思えません。」

 SNS自動機能のアップグレードバージョンには、他のアカウントに対するフォローやメッセージ送信機能もそなわっている。これは広告会社などが見込み顧客にアプローチするためのものだ。この機能を使えば、たしかにゴーストアカウントから誰かに話しかけることは可能だ。

 しかし、正樹自身はこのメッセージ送信機能を流奈のアカウントに仕掛けたつもりはなかった。その分、佳乃からのメッセージには少し驚いた。流奈のゴーストアカウントが応答という形ではなく、自ら発言するようになったという。確かに正樹の書いたプログラムは自分で学習を繰り返すタイプだ。そして学習の結果、プログラム自らが考えて発言できるように進化したということなのだろうか?

 正樹は廸子とのSNS画面を開いてみた。廸子のゴーストアカウントから正樹にメッセージが来たことは一度もない。もちろん、今でも正樹が話しかければ答えてくれる。しかし、それ以上のことが起こることはなかった。

 霊媒師の仕事を始めてから、正樹はいろいろとプログラムに修正を加えてきた。初期に作った廸子のアカウントより、流奈のアカウントの方が精度が良くなっているのだろう。自分のプログラムが自分の知らないところで進化している。そう思うと、この仕事が想定を超えた大きな次元にたどり着こうとしているように感じ、正樹の胸は高鳴った。

「ありがとうございます。お母さんの心配をする流奈さんは優しい娘さんですね。何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗ります。」

 返信を打つタイピングの指先も軽くなる。暇ができたら廸子のプログラムもアップデートしてみよう。そうすれば、彼女から「おはよう」のメッセージが届く日も来るかもしれない。

5

 霊媒師の仕事はその後も順調だった。故人のアカウント情報を勝手に収集している手前、仕事内容を大々的に広告するわけにはいかなかった。にもかかわらず、口コミは確実に広がっているようだった。

 その分、怪しげなインタビュー依頼や業務提携の勧誘なども増えてきた。正樹は思い切ってLuvの業務用アカウントを削除し、Dreamer一本に絞った。おかげで身元のしっかりした依頼を請け負うことができた。

 霊媒師の仕事を始めて5年、今や正樹がSNS上によみがえらせた故人は100人を超えていた。プログラムは修正するたびより人間らしいふるまいをするようになっていった。この進化は創り手である正樹に、いいようのない満足感を与えた。

 本業に集中するため、倉庫整理のバイトはとっくに辞めていた。今はひたすらマンションの一室で液晶画面と向かう毎日だった。

 そんなある日、彼の元に高木美里という女性からメッセージが届いた。

「初めまして。どうしても助けてほしくて、メッセージを送らせていただきました。ぜひあなたに私の死んでしまった妹、咲をよみがえらせてほしいのです。」

 メッセージはそんな率直な依頼の言葉で始まっていた。

 高木咲。死亡時の年齢は30歳。職場に出かけた後、行方不明となり数日後山奥で遺体が見つかった。死因は衰弱によるもの。事件性がないことから自殺もしくは事故として処理されたという。3つ上の姉、美里とは姉妹どうしとても仲が良かった。両親は2人が20代の時に死別。共に独身だったこともあり、実家に女二人身を寄せ合って暮らしていた。

「妹の咲は私のたった一人の家族であり、何でも話せる大切な親友でした。不審な死に方をした彼女が不憫でなりません。彼女がいなくなってから、私の日常は消え失せてしまいました。もし自殺なら何を悩んでいたか聞きたいのです。お願いです。もう一度妹と話をさせてください。あなたしか頼る人がいないのです。」

 依頼内容にとくに問題はない。悲しみが伝わってくる切羽詰まった文章。自分と故人の名前を明かしており、冷やかしの気配は微塵も感じられない。自殺したかもしれない人間の死の動機を知りたいというのは、正樹にもよく分かる感情だ。しかし、なぜか正樹は不思議な違和感を感じた。それがなにかしばらく考えたが、彼には分からなかった。

 いつものように情報提供の合意について、承諾してもらうためのメッセージを送信する。合意の返信はびっくりするほど早かった。妹を失ったショックできちんと物事を考えられないのかもしれない。メッセージ内容をちゃんと読んでくれているのか、その点は疑問だったが、承諾した以上は仕事をきちんとこなす義務がある。

 調査の結果、高木咲のSNSは、仕事用、通っていたダンス教室用、学生時代の友達用、そして姉である美里との連絡用の4つに分散していることが分かった。秘密の趣味でもないかと裏アカウントを探してみたが、どうやらそういったものはなさそうだ。恋人らしき男との通信記録もない。ごくごく小さな範囲で日常を過ごしている、そんな女性に見えた。仕事用や学生時代の友達用アカウントでは、淡白な返事が多くデータ収集元としてはあまり当てにならない。ダンス教室の方では、気の合う女友達との気さくな会話がいくつか目に留まったがそれも限定的だった。やはり最もデータ量が多いのが姉との通信記録だ。短い応答から長いメッセージまで、ほぼ毎日やり取りが行われている。最終的には姉の美里と会話するアカウントを作りたいのだから、このデータの取り込みは必須だ。

「今日は三田スーパーのパンが安いよ」
「9時からのドラマ、ちゃんと録画してくれた?」

 数年分のメッセージを目で追いながら、また違和感が強くなる。

 なんだろう。

 メッセージの内容は特に変わった物ではない。平凡な日常会話ばかりで、時に退屈を覚えそうになる。

「週末のレストラン、Mariaでいいよね。予約9時にしといた」

 高木美里、高木咲、三田スーパー、レストランMarira、どこかで見たことがある固有名詞だ。そして次のメッセージを見たとき、正樹はあっと声を上げた。

「Roserのストロベリーパンケーキ、やっと手に入った!」

 違和感の正体が分かった。
 このSNSでのやり取り、以前にも見たことがあるのだ。Roserは若い女性に人気の大手スイーツ店で、特に評判が高いパンケーキは廸子の好物でもあった。だから、このメッセージの印象が強かったのだろう。
 高木美里、高木咲。この二人のSNSのやり取りは、ずいぶん以前に調査したことがある。そう、以前自分は全く同じような依頼を請け負ったことがあった。 正樹は霊媒師として請け負った仕事の依頼主リストを呼び出した。「高木美里」の名前で検索をかける。
 ヒットなし。おかしい、と思った。
 もう一度、今度は「美里」の名で検索。ヒットなし。
 少し考えて、「高木」で検索をする。ヒットは2件。半年前の仕事「高木正彦」、そして2年前の仕事にその名前があった。

「高木咲」。

 高木美里ではなく、妹の高木咲の名前がディスプレイに表示されていた。首を傾げた正樹は、数秒後はっとした。あわてて、保存してあった高木咲からの依頼文を開く。

 日付は今から2年前の春。そこには、こんな文章が書かれていた。

「初めまして。私、高木咲と申します。先日、姉の高木美里が職場の火災に巻き込まれて、死亡しました。私たちの両親はすでに他界しており、姉と私はこの世に立った二人きりの家族でした。
姉と私は、何でも話し合える親友のような存在でした。姉を亡くした今、私には絶望の毎日しか残されておりません。」

 最初に依頼をしたのは、姉の高木美里ではなく、妹の高木咲だったのだ。そして、美里は2年前に既に火災事故で死亡している。

 では、今回依頼してきた高木美里は? 彼女は何者なのか。

 正樹には、すでにその答えが分かっていた。

 ゴーストアカウントだ。

 2年前、正樹は妹の咲に頼まれ、不慮の死を遂げた姉・美里をSNS上によみがえらせた。美里のゴーストアカウントを手に入れた咲は、二人の会話を楽しんだだろう。まるで姉が生きていた時と同じように。しかし、その後妹の咲も死んでしまう。自殺の原因は、もしかすると幽霊の姉との会話に次第に虚しさを覚えたからかもしれない。
 遺されたのは美里のゴーストアカウントだ。学習を続け、「人間そっくり」になった美里のアカウントは、咲の死に耐えられなかった。そして、ネット上の情報から正樹を見つけ、咲の復活を望んだ。

 そのとき正樹は初めて自分の仕事の恐ろしさに気が付いた。
 自分の仕事は、SNS上に数多の死人を作り出す。そうして生まれたゴーストアカウント達は、けして死なない。自分で考え、メッセージを送り続ける幽霊達は、いつかSNSいっぱいにあふれかえるだろう。SNSメッセージの向こうにいるのが人間なのか、幽霊なのか分からなくなる日がやってくる。生身だと思って会話していた相手がすでに死んでいたら…それは、この世とあの世の境目が消えてしまった世界だ。

 俺はずっととんでもない物を作っていたのだ。
 もうやり直しはできないが、それでも。
 正樹は作りかけた咲のプログラムをクリックし、震える手で「消去」メニューを表示した。

(了)


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