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古参ファンとおばさまの存在ー宝塚のスターを育てるということー

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舞台の幕が降りた。

私はおさまらない高揚感とはうらはらに、ぐったりと重くなった身体を感じながら椅子から立つ。

「このあとお茶でも飲んでく?」

Aさんはそう誘ってくれた。


このあともう一公演ある。
まだ出待ちには行かなくていい。
Aさんにはいろいろ聞きたいことがあった。

私にとってこれはチャンスと言わんばかりに前のめりで
「行きます」と言っていた。



劇場内のカフェでお茶を飲みながら、私はいま起こったことの整理をしていた。
Aさんは気分よさげにお茶を飲んでいる。

いまだ。いま聞くんだ!

「あのー、Aさんってすごいんですね」

「え?なにが?」とAさんはとぼける。


「さっきのアレですよ、トップスターの椿さんがAさんに挨拶していたじゃないですか」

私はなるべくフランクに聞いてみた。
こういう時は加減が難しい。
ものすごい驚き興奮してしまうと、なんとなく警戒されて本当のことを言ってもらえなくなりそう。

逆にそっけなく聞くと「そうね」だけで終わってしまいそうだからだ。


私は笑顔でちょっと言葉を弾ませて言ってみた。
よし、いい感じ。


「あー、さっきのあれ?」
「そうねぇ、だって私が座ってるんだから、それはそうよねぇ」

とAさんは言った。

私は「それはそうよねぇ」と言ったAさんの言葉を頭の中で無限リピートしていた。



その後の話はこうだ。
Aさんは椿を予科時代から応援していた、というのは休憩時間にも聞いた通り。

しかし実はそれには続きがあって、音楽学校の入学式から椿のことをすでに目をつけていたという。

入学式ー!?
そんなことあるのか、と驚いたがAさんが言うのだから本当なのだろう。

つまり、実際のところAさんは椿にとってファン1号、もしくはそれに近い存在であったに違いない。

そして下級生時代はもちろんファンも少ない。色々な形でふれあう機会があったのだと思う。
椿にとってはきっと本当に大切な存在なのだろう。



「それはそうよねぇ」というAさんの自信は、長年の信頼があってこそだと私はひとり納得していた。


その後、Aさんとは幾度となく椿の公演で会うことになるのだが、それは後のお話し。




宝塚にはAさんのような多くの古参ファンがいるが、
それとは別に「おばさま」と呼ばれる存在の人がいる。

生徒さんをスター候補に育てるためにいろいろしてあげる存在らしい。
らしい、というのは私は細かいことは全く知らないからだ。
ただ、生徒さんの生活に関することは色々な面でサポートしているらしい。
うわさでは色々情報もあるけれど、本当のところどうなのかは謎のベールに包まれている。


そんな私でも一度だけ、はっきりと本物の「おばさま」を見かけたことがある。
それはこれよりずっと後のこと。
椿が退団を発表した頃、東京宝塚劇場でのことだった。

その「おばさま」と言われる人は、その公演の最前列ど真ん中に座ることになるのだが、どうしてそれが「おばさま」だとわかったのか。


それは当時超下級生の「トップスター候補生」を連れていたからだ。
このトップスター候補生は超下級生にしてすでに「スターの原石」と言われていた。その原石を連れて最前列に座るのだから、おばさま以外のなにものでもないだろう。
ちなみにこの方、ファンクラブの代表さんではないこともわかっている。明らかにスター候補生より前を堂々と歩いていたからだ。

そして前方席にはそういった事情に詳しい人が必ず何人か座っている。
その人たちから「〇〇さんだわ」「▲▲さんが〇〇さんを連れている」とささやき声が漏れ聞こえてくる。ご丁寧に名前まで言ってくれるから大助かりだ。
どうもこの「おばさま」有名人らしく、事情に詳しい人たちからすると「次はあの子になったのね」という。
そしてそのおばさまに支援されたスター候補はいままで必ずトップになっているらしい。

と、ここまであの開演前の短時間に聞こえてくるのだから前方席はおもしろい。

ちなみにこの「トップ間違いなしのスター候補生」はその後見事に大人気トップになった。

宝塚の「おばさま」の存在って本当にすごいのだ。







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