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駐妻記 フリーペーパー

 バンコクには沢山のタウン誌(フリーペーパー)がある。フジ1に行けばラックに大量に並んでいる。そこから持ってきてもいいし、行く先々のお店にもおいてある。以前「lesson4 旅のおみやげ」で書いた通り、旅先のタウン誌などに興味を持つようになったのは、バンコクのタウン誌の完成度が高かったからだと思う。

 タダだ。

 強調して申し訳ないが、生活に必要な情報をそれによって得ていた恩恵を考えると、0バーツで貰っては申し訳ないように思えるほどの、立派な冊子が多かった。

 最近は日本のタウン誌も進化していて、私の住む地域でも立派な冊子のタウン誌がポスティングされるようになったが、バンコクのフリーペーパーは素晴らしかった。あまりにもどこにでもあって、そのうち有難味も無くなり、ぞんざいに扱われるようになるのだが。

 広告費で全てを賄えると言うことは、それだけ、広告を出す人が多いのだろうし、誌面に広告が掲載されるのが直接売り上げに繋がっていると言うことだろう。

 老舗は、DACOだろうか。写真が目を惹く表紙が多い。毎号テーマに沿ったコラムやエッセイも多く、在住でも旅行者でも、読み応えのあるフリーペーパーだ。ほとんど雑誌レベルの濃い内容。バンコクにばかりいるとあまり馴染みのない郊外のチョンブリーやウドンタニの特集が組まれたりして、とにかく企画が独特だった。


 週刊WiSEは大きめの広告紙で冊子が構成されていて、少々嵩が張るが、華やかな誌面はひときわ目を惹く。飲食店や美容関係のお店がズラリと並び、圧倒される。タイのどこかでワニが捕獲されたとか、お祭りがあったとか、超ローカルな話題まで満載だ。バンコク至る所に置いてあった。そしてたいていのフリーペーパーが月刊の中、週刊誌として不動の地位を誇っていた。(在タイ当時はまだ週刊WiSEのサイトはなかったと思う。記憶違いだったらすみません)。

 私が気に入っていたのは、Bangkok madam(バンコクマダム)。バンコクに行ったばかりのころ、どこに行っても「マダム」と話しかけられて、ギョッとした。バンコクでは女性は既婚未婚に関わらず全員、マダムだ。単純に「お客様」の意だ。そんなところから、バンコクマダムは言い得て妙なネーミングだと思う。

 こちらは駐妻に特化した情報が多かった。そのため、夜の居酒屋や飲食店と言うよりは、昼のランチや美容系の掲載が多く、軽めでオシャレな誌面だった。昔から続く「バンコクマダム座談会」は楽しみな企画で、興味はあるがなかなか手の出ないタイの食材や人気商品の食べ比べなどは確実に購入のきっかけになった。軽めのタイ語会話教室などの情報も盛りだくさんだ。

 私がいた2010年ごろは、雨後の筍のようにオシャレなカフェが立ち並び始めた時期だった。そんなカフェもバンコクマダムの誌面を彩る。

  WOMもある。エステや美容整形、高級ホテルのアフタヌーンティーなどの情報が多かったイメージだ。

 比較的新しいのはfreecopy map Bangkok(フリコピ)だろうか。バンコクマダムと読者層は似ていて、オシャレ度が増し、ページが少ない(内容が薄いという意味ではない)と言う印象だ。より健康思考が強い感じもした。

 他にもビジネスに特化したものなど沢山あったが、駐妻に身近だったのはこのあたりだったと思う。フリーペーパーに特集やコラムなどを持つ人はバンコクでは有名人だ。

 さて、私がフリーペーパーの底力を感じたのは、2011年に100年に一度と言われた大洪水が起こった時だ。

 2011年は東日本大震災の起こった年でもあるが、タイでも大洪水が起こった。記憶にとどめている方もいらっしゃるかもしれないが、他国のことだから忘れておられるかもしれない。

 洪水の時のことはまた改めて書こうと思うが、当時、在留邦人の情報源は少なかった。BBCとかNHK国際のニュースを見ればいいのだが、英語で理解が半端なのと、日本語でも外国目線なのと、なにより大雑把でタイムラグがありすぎた。現地の、リアルタイムの、ピンポイントな日本語情報が不足していた。

 そんなときに役に立ったのが各タウン誌の情報で、週刊WiSEやバンコクマダムのSNS発信に助けられた。週刊WiSEは週刊の強みを活かして比較的タイムリーな情報を届けてくれたし、バンコクマダムはブログなどを駆使して、バンコクの東西を走る運河、センセーブの水位などを毎日、アップしてくれた。

 「昨夜の雨でまた水位があがってます。ナナ・アソークまで来てます」みたいな写真付き情報だ。

 ちなみにセンセーブ運河はタイの重要な水路だ。日本人の多く住んでいる地域を通り、タイ人の足や観光に利用されている。水に落ちたら死ぬ(この手の話はよく聞いたが真偽不明)と聞いたので臆病な私は乗ったことがない。駐妻でも子連れでも利用する人はよく利用していた。

 センセーブの水位は日本人居住区にとって重要だった。ここが溢れたら確実に生活ができなくなる。生活物資をどこまで買い求めるかなど、自分達でも判断できる材料が欲しかった。外務省や日系企業はそれぞれに情報を得ていたと思うが、駐在員家族にとっての身近な情報源は希薄で、そのことに思いを馳せる人もいなかった。そんな中、バンコクマダムは「チュウツマの不安」によく応えてくれていたと思う。いまでも、そのことを感謝している。

 当時の経験から、災害時は外国に住む邦人、日本に住む外国人に対し「欲しい人に欲しい情報が届けられない」ものなのだということを知った。

 今回のような未曽有のパンデミックが起こって、まっさきに、住んでいる方はきっとあのときと同じように情報収集に苦慮されているのではないか、と思ったが、どうやらあの洪水の時とは状況が違うらしい。週刊WiSEはサイトで情報を発信しているようだが、バンコクマダムはサイトを見ても感染症についての記事は見当たらない(誌面には乗らないとしてもインスタやブログにはあるのかなと思ったが、特にないらしい)。

 政治形態が変わっていることもあるし、政争やデモ、洪水などで様々な騒動に見舞われるバンコクは、今回は段階的な対策があるためか、落ち着いた対応をしているのかもしれない。また当時とは違い、今は情報源がより多いのでタウン誌の出番はないのかもしれない。

 状況が悪化している現在、もしバンコクに住んでいたら、タウン誌の明るいランチ情報や旅の案内をどんな気持ちで見ているだろうなと思う。飲食店に関してはかなり統制が効いていて感染症対策が厳しく実施されているところが多いと聞いているから、さほど不安なく利用できるのかもしれない。外国から見ているだけでは、そこまでのことはわからない。それがフリーペーパーの限界なのかもしれない。

 

 

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