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新しいけどどこかにいた私『あした死ぬには、』雁須磨子

 「幸年吉日サークル」に入ってから、更年期関連の本に目が行くようになった。

 今、更年期に関しての出版物は本当にたくさんあって、でも正直、何冊か読むと失礼ながら内容はほぼ同じように感じられてくる。

 そんな中、この漫画に出会った。

 雁須磨子さんは、1972年生まれ、1994年デビューの漫画家さんだ。
 ほぼ同世代(ちょっと私の方が上なんだけれどそこはまあおいといて)。

 私は昔からよしながふみさんが好きで、よしながさんが同人誌出身だというのは知っていたが、雁さんも同じように同人誌出身の漫画家さんらしい。

 2巻の巻末にふたりの対談が載っていて、よしながさんとは生年もデビューもほぼ同じだったことを知った。が、私はこれまで雁さんの漫画は読んだことがなかった。

 この『あした死ぬには、』。

 1巻の冒頭は、主人公の本奈多子ほんなさわこが朝方、自分の動悸で目覚める場面から始まる。
 出社したあとも、後輩からホットフラッシュを指摘されるなど、身体の変調を感じずにはいられない多子。汗が噴き出たり、意味もなく涙が出たり、どうでもいいようなことに神経質になってイライラしたり。

 多子は映画宣伝会社に勤める42歳。独身だ。
 社内にいるどうにも使えない社長の縁故入社の同僚に振り回され、20代の後輩同僚のナイスアシストを受けつつ、半ば社畜状態で仕事に没頭する毎日。

 体調の変化に戸惑いつつ仕事に明け暮れていたら、ある夜突然苦しくなり、動機や冷や汗といった症状が出て、多子は救急車を呼んでしまう。

 救急でどこも悪くないと言われ、更年期なのかと問う多子に、医師が「それは婦人科で別にかかって」と言うのがとにかくリアルだった。
 思わずそんなところで心を鷲掴みにされてしまった。

 そう。婦人科以外で「更年期なんですか」と聞いても無駄。
 だれもそうだとは言ってくれない。
「婦人科で診てもらってくださいね」というだけなのだ。
 ほんとに。

 私も以前、動悸が気になって循環器内科を受診したことがある。
 24時間のホルター心電図(小型の心拍を記録する装置)で計測したが、異常はなかった。
 そのとき、医師に多子と全く同じことを言われた。
 そんなことをまざまざと思い出したりした。

 物語は1話完結。
 主人公が時々入れ替わる群像劇形式で進んでいく。

 よしながさんの漫画『愛すべき娘たち』のように、中学時代になんとなく話した女友達の会話が伏線となり、それぞれの人生が丁寧に描かれていくのだが、彼女たちが学生時代ものすごく仲良かったわけでも、いままでつかず離れずでも長く付き合ってきたわけでもないのがまた、ものすごくリアル。

 とにかくあらゆるところで、女性のリアルな姿が浮き彫りになっている。
 設定も、人物も、そして体型も。
 主要キャラの女性たちの身体は、決してほっそりした少女漫画的な体つきではない。
 中年になりかけた女の身体が見事に描き出されている。

 多子と比較的仲の良かった野崎塔子は20代も早いうちに結婚して19歳の娘がいる。娘に勧められてパートに出て、そこで20歳の男の子に言い寄られ、ときめいてしまったりする。
 中学時代は気になる存在だったもののそこまで仲がよくなかったミステリアスな鳴神沙羅は、ゲームオタクで引きこもりのまま実家にいて、働いたこともなく、社会と隔絶してしまっている。

 基本的には多子を中心に話が進んでいくのだが、自分の思い込みに翻弄されたり、親しい人とすれ違ったりする中で、登場人物との関係性やその関わり方のあれこれは、身に覚えがあるようなことばかり。
 さらに、自分の中に眠っていた新しい自分を発見したり、更年期の身体と付き合っていくことの戸惑いが手に取るようにわかるという、一度読み始めたら絶対can't stop readingな漫画だ。

 ところで、「あした死ぬには、」というタイトルにはドキリとする方も多いのではないかと思う。

 多子が通勤電車の中で見かけた新聞に書いてあった本の宣伝記事。
 読んでいる人の手に下半分が隠されていたが「今日は死ぬには」と書いてあった。

 その言葉の後に何が続くか、多子はつい気になってしまう。

「早すぎる」「まだ早い」などと言葉を当てはめて想像していたものの、書店でその本を見つけて、その本が「今日は死ぬには・・・」というタイトルだったと知る。

 それを見て多子は「今日じゃないな」と思う。
 そしてただ、
「明日」
「明日死ぬには」
 と、そのコマで第一話が終わる。
 この余韻が何とも言えない。

 今日じゃない。
 今日っていうのは違う。
 「明日」でしょう、という感じにも取れるし、「明日なら」にもとれる。
 死と言うものが身近に感じる年代になりつつある中で、それでも死ぬということに現実味がない。
 正直な話、衰え始めた身体と付き合いながら、いつまで仕事ができるのか。貯金の額などを考えれば生きるほうが怖くなることもある。
 だから、明日。
 明日死ぬと思えば何でもできそうな気がするし、今日じゃなく明日に引き延ばそうともとれる。
  明日なら、それでもいいな、という気持ちもあれば、明日、と言う言葉に託された生きる希望のようなものもちらりと見える。

 そこは、読んだ人に任されていて、このふんわりした余韻が、すごくいいなと思った。
 読んだうえでタイトルをどう受け取るかは、その人次第なのだと思う。

 全4巻、完結。
 4巻は先日の2022年10月に出たばかりだ。

 登場する三人の女性たちにはいろいろな試練や人生の波が押し寄せる。感情の揺れもそうだし、異性との出会いや関係に動揺したりもする。体調も変化して、四十肩になったり自分や家族の病気と向き合ったり、親との関係やまるで他人のような顔で現れる新しい自分に悩んだりする。
 
 更年期に変わるのは身体だけじゃない。
 それを、この漫画では脱皮と表現している。

 絵もきれいだし、ふんわり描かれているのに細部が繊細にきっちり伝わってくるのがとても不思議だ。そんな筆で描かれる、多子の好きな人が痩せていくのを見るのがとてもつらい。

 もうね、読んで。

 私は常日頃、こんなおススメの仕方はしないのだが、この漫画に関してはそう言いたい。

 上のリンクには試し読みもついているから、ほんともう、ぜひ。

 きっと100人100様の感想があると思うが、読んで、どう感じたか聞かせてほしい気がする。
 「明日」であることの意味についても。
 更年期をこれから迎える、そして今真っ只中という方にももちろんお勧めだが、男性にも女性にも無縁なことではない、普遍的なことがたくさん詰まっていると思う。
 

 あした死ぬには、
 ・・・
 あなたならどうしますか。
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

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