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『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(6)個室でボディーシート

今回第6話を迎えます。読んでくださってありがとうございます。自虐も他虐もキツいですよね……すみません。しかし、この第1章は「私のシーモア」ですから。映画『ゴーストワールド』においてイーニドがシーモアの絵を丹念に描き続けたように、おじさんを描写していきます。またしばらくお付き合いください。

勘の良いあなたなら気づいているはず……こんなけっこうな文章量で第5話まで展開しておきながら、なかなか話が文学的にならない。そう、ここまで主人公の私はずっとスマホの液晶画面の文字を目で追っているだけなのだ。主に私がスマホを見ている場所は部屋のベッドの上、通勤の電車の中、休憩中のどこかのファーストフード店など……視点はずっと四角い画面を見つめて、あーだこーだ思ってモヤモヤしている。

やっと場面が変わる。
おじさんが夏の終わりに誕生日を迎え51歳になった。
村井の本当のことを知っているか次第で、最初で最後になるかもしれないが、おじさんの誕生日祝いもかねて吉祥寺で飲むことになった。日取りは私が直近の休みの日を伝えたら、たまたまおじさんの都合も良かった。私は販売職、シフト制の仕事で休みは主に平日。独身だから、と22時過ぎまで仕事の遅番ばかり入れられて休みのタイミングが合わないとなかなか飲みにも行けない。職場にナチュラルに蔓延り続けるソロハラことソロハラスメント。その時は金曜の夜だったかと思う。次の日の土曜は当たり前に仕事。束の間の華金。お店はおじさんが決めてくれた。結局焼き鳥ではないらしい。

おじさんと吉祥寺駅前のサーティワン前で待ち合わせすることになった。吉祥寺でもっともベタな待ち合わせ場所だ。

「大人のデートみたいでドキドキしますね(笑)俺マッチングアプリとかもやったことないから、待ち合わせ場所決めて会うのもこんな感じなのかな(笑)君と飲めるなんて贅沢だな(笑)」

ここまで読んでくださっている猛者(愛を込めて)はこの発言が誰なのか、書かなくてもお分かりだろう。主語がなくても語尾に(笑)がついていればおじさんだとわかるという結果的に画期的な手法だったが、対面での話し言葉にはさすがに(笑)はないけど、わかる、はず。ここまでくると、話し言葉まで全て語尾に(笑)がついているように感じてくるかもしれない。

私は吉祥寺にある大学に通っていた。この街が好きで今も吉祥寺駅まで歩いていける距離に住んでいる。大学時代はサーティワン前の待ち合わせはベタすぎて(待ち合わせでいつも混んでいるし)私たちの待ち合わせはそのサーティワンの斜め向かいの駅ビルのロンロンの入り口、花火の広場だった。ロンロンは映画『海がきこえる』に出てくる吉祥寺のみどり色のロゴの駅ビルだ。今はアトレに名称が変わっている。昭和生まれの吉祥寺好きは必ずロンロンの話をする。

夕刻サーティワンの前で待っていると、おじさんは時間通りにやってきた。
記憶の通りの白に近いグレーの白髪頭だった。
私はおじさんを見つけると手を振った。
おじさんは近寄ると記憶よりもさらに身体が大きかった。

お店は駅からさほど遠くない場所だった。
その道すがら私はおじさんを和ませようと
「私ずっと吉祥寺なんですよ、さっき待ち合わせはサーティワン前でしたが、私たちが学生の時はロンロンの花火の広場が待ち合わせの定番でした」

と顔を見上げて話してみたが、おじさんは返事もそこそこ心ここにあらずな雰囲気だった。おじさんもライブやらレコーディングで吉祥寺はわりと馴染み深いはずなのだが。いきなりつまんないことを言ってしまったかなぁ、と思った。村井と長いこと共に過ごしたこの街を今おじさんと歩いている。まだ日が長くて、吉祥寺の商店街のアーケードにも陽の光が差し込んで明るかった。暑いせいか、サトウのメンチカツに並ぶ列は短く、まだ売り切れていなかった。

おじさんは仕切りのある個室の居酒屋を予約していた。

「最初だし、ゆっくり話せた方がいいと思って。今日は奢りますから思い切り飲みましょう」とおじさんが言って席に着く。

そこでいきなり発生する「えっ?」
おじさんは席に着くなり、ボディーシート(いわゆる汗拭きシート)で顔を拭いはじめた。世の中そんな光景珍しくないのだろうか……人目も気にせず拭き拭きするのが許されるのは高校生までじゃないか……ここは部室か……しかもメンズの汗拭きシートはにおいがけっこう強い。食事の前に……やる?むしろ若干汗くさいだの、おしぼりで拭かれたほうがまだマシだった。どうしても拭きたいなら、来たばかりだけどお手洗い行ってもらってよかった。

そして私にタバコ大丈夫か一度もたずねることなく、当たり前のように喫煙の部屋だった。おじさんの年頃で、タバコ吸わない業界人やバンドマンの方が少ないかもしれないが。村井は歌のためにタバコを辞めた人だったのでそのへんのストレスはなかった。私はタバコがとても苦手だ。チバユウスケを好きな人が全員タバコ好きな訳では決してない。歩きタバコして見知らぬ人にまで副流煙を撒き散らしているやつを見る度に、何か合法的に制裁を加えられないかと思いながら、心の中で銃でブチ殺している。自転車乗りながら吸ってるやつが一番最悪。避ける間もなく突然後ろから追い抜かれ、副流煙を残し去っていくのだ。後ろから包丁で刺す通り魔と変わらないと思う。打ち上げみたいな雰囲気の何人かいる飲み会なら喫煙席も致し方ないが、初回対面二人きり、個室である。ボディーシートの鼻につくにおいを充満させながら、おじさんはテーブルにタバコを置いた。私は表情には出さずに心の中でしぶしぶと灰皿をおじさんの方に置いた。おじさんのタバコはアメリカンスピリットだった。アメスピの箱がむらさき色だったか、みどり色だったか思い出せない。黄色の箱ではなかった気がする。タバコ吸わないのに、私がアメスピを知っているのは好きなバンドの曲に出てくるタバコだったからだ。タバコにロマンを感じる気持ちは歌の中でなら何となくわかる。

「えっ……えっとじゃ金麦で」
私はビールを頼もうとしたが、飲み放題のコースで、ビールがなく金麦だった。課金すればビールも飲み放題にできるやつだ。「追加料金自分で出すから、ビール飲んでもいいですか?」と、あと5ミリの勇気で言えたけど、つかえて言えないままもう後の祭りで、私は金麦を飲み続けることになった。個室なのに金麦。はじめて交わす酒が金麦。金麦もたまに家で飲むけど、仕事で頑張りが足りなかった日の晩酌が金麦(発泡酒)、頑張れた日は生ビールと自分ルールがあった。気心知れた仲間と気張らない安居酒屋も、金麦メガジョッキも別に好きだけど、初回から金麦は引っかかった。相手に対してタバコも気にしないから、そりゃ金麦も気にされることもない。奢ると言ってる人に文句も言えない。おじさんは芋焼酎のソーダ割を頼んでいた。誰かと飲みに行って、いきなりこんなに色々一方的に引っかかることは今までなかった。しかもまだ座って5分も経っていない。たぶんマッチングアプリなら次はない。一応今日はおじさんの誕生日祝いでもあるから、穏便に……ほんの気持ちだけど当たり障りないだろうお菓子の差し入れも用意してきた。おじさんが作業中に食べてた飴をインスタに投稿していたのを見たので、食の好みは不明だけど飴なら大丈夫だろうという結果に至った。

ファースト金麦がきて乾杯するやいなや……

「で、何で、村井くんのライブに来なくなっちゃったの?」

いきなり本題が来た。

脳内BGM
トリプルファイヤー /変なおっさん

トリプルファイヤー のこちらの曲のMVは『ゴーストワールド』のオマージュ的な女子たちが出てきます。監督は今泉力哉監督。

今回の文中に出てくる、タバコ(アメスピ)が出てくる曲というのはこちら。
ダンカンバカヤロー!「アメリカンスピリット」

MVは吉祥寺の風景。私はこの道を通って大学に通っていました。

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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