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【下書き2】透明貴金属(仮)

こんばんは。みおさんです。

9月のJ.GARDEN56に向けてわくわく新作執筆中、ということで、書けたところまで下書きを公開しちゃいます~

タイトル案を毎日書き出しているのですが、今のところ「透明貴金属」がお気に入り。
3月のJ庭で発行した前作は「硝子レンズは無色透明 眼鏡職人アンリ、魔術と出会う」というタイトルだったので、同じ単語が入ってるし、有力候補ですね。

前回の下書きはこちらから↓


 タイミングがよかったようで、野菜くずがたくさん手に入った。アンリは思わず口の端を持ち上げる。
「ちょっとお待ちな」
 アンリを呼び止めた女は、なぜか食堂の建屋に入っていく。中にまだゴミがあるのだろうか。もらえるなら持てるだけもらうぞ。
「ほら、これ持ってさっさと失せな」
 戻ってきたら女は、大股で近づいて来てアンリの上着のポケットに手を突っ込んだ。
「え、え?」
「まったく、こんなゴミしか食うもんがないなんて哀れなもんだね」
 慌ててポケットの中を確認すると、丸いものがひとつ。
 まだ皮を剥いてない芋だった。
「でもおあいにく様。あたしがやれるのはゴミだけだよ。ほら、さっさと帰りな」
 顔を上げると、女は相変わらず顰めっ面をしていた。これ以外の顔はできないとでも言うように。
 追い払われるままアンリは食堂の裏を離れる。
 今日はツイてる。ここで普通の食べ物をもらったのは初めてだ。また来よう。でも明日は来てはダメだ。ほどほどに間を空けて、女に心配されるくらいにした方がいい。そういうことを、アンリはこの二年ですっかり覚えていた。

 野菜くずを布で包んで抱える。
 元はハンカチかエプロンだったらしい、白茶けたそれは洗濯屋のカゴからこっそり抜いた。その時点でハンカチかエプロンかも分からなかったのだから、洗ったところでどうせ使えなかったに違いない。
 アンリはまた次の場所へ向かった。
 街の中央市場だ。
「お。今日は大量だな」
 市場には毎朝無数の野菜が運び込まれ、街中の商店に仕入れられ、消えていく。市場から商店に移動する時に、邪魔な部分がどんどん捨てられるのだ。腐りかけたトマトとか、キャベツの外葉とか、カブの葉っぱとか、そういったものが。
 放っておけば掃除人が片付けるが、アンリはそれをもらう。誰にも咎められず拾い物ができる数少ない場所だ。
 当然似たようなことを考える人間は多くて、食べられそうな箇所は市場の関係者がさっさと懐に入れている。その次に大人の浮浪者が、まだ辛うじて食えそうな人参の割れたのとかを拾っている。
 もう何もない。みんながそう思う時間まで待つのが大事だ。
「やった。キャベツいっぱいあるじゃん」
 ヘロヘロに萎れたキャベツの葉を拾う。アンリの手のひらにも満たない小さなかけらも残さずかき集めると、布に包み切れないほどになった。
 アンリがたっぷりの収穫物を抱えて立ち上がった時、目の前に金色のボタンが立ちはだかった。
 人だ。アンリより背の高い人。反射的に後退り、逃げ道を探す。
「それ、食べるのかい?」
 拳も蹴りも繰り出されることはなく、穏やかな高い声で質問が投げかけられた。
 キラキラしたボタンから目を上げると、思ったより低い位置に顔がある。アンリよりは大きいが、大人ではなかった。
 眼鏡をかけた裕福そうな少年がアンリを見下ろしていた。
 貴族ではない。貴族のお坊ちゃんがこんな場所にいるはずがないからだ。となると、小ブルジョワか。小金持ちということだ。
「なんだよ、別に悪いことしてねーだろ。ゴミ拾っただけだ」
 短い腕で必死に包みを抱え直す。せっかくの大量収穫を奪われるわけにはいかなかった。
「やらないからな」
「ボクはそれが欲しいわけじゃない。ほとんど食べられなさそうだけど、それをどうするのか聞きたいんだ。何に使うの? 実験?」
 少年は首を傾げてアンリの答えを待っていた。
 彼が野菜くずを欲しがっていないのは確かだろう。家に帰ればシチューが食べられるような身なりだ。ゴミを横取りする理由はない。腹いせに殴りたいならもうとっくに殴られている。
 アンリはそれでもしばらく少年を睨んでいたが、彼がじっと首を傾げたままでいるので、こちらが根負けした。
「ウサギの餌になるんだよ。ウサギ育ててるおっさんにやるんだ。そしら、駄賃がもらえるから」
「なるほど。ウサギの餌にするのか」
 答えを聞いて少年はぱっと表情を明るくした。ふわふわの黒髪が揺れて、眼鏡の奥の薄い色の瞳が細くなる。
「賢いね。元手がかからないし、それだけあればウサギもよく太る。そのウサギを育てている人は、肉を売ってるのかな?」
「……そうだよ」
「ありがとう。ああ、すっきりした。野菜くずを拾ってる人を見て、何をしてるのか気になって仕方がなかったんだ」
 なんだか力が抜けた。本当にただ野菜くずの行き先を知りたかっただけのようだ。
 アンリはニコニコしている少年に向かって片手を差し出した。
「あんたはなんかくれないの?」

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