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住み慣れた場所で医療無しで死ぬより、病院で安息に死にたくない?

イギリスの介護士は
腰を痛めません。

イギリスと日本の
介護の仕方は、全く違うんです。



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日本の特養で
ソーシャルワーカーとして
働いた後、
介護士として英国へ渡ったら
介護のやり方が全然違っていたので
驚きました。

日本ではベッドから車椅子へなど
ご利用者の移動介助は
介護士が一人ですることが
多いですね。


トイレ介助もそう。


英国では違います。
いつでも必ず2人1組です。


英国のナーシングホームの
ご入居者は、英国人。
それに対して
介護士は、約3分の2が
外国人、中でも
アジア人の割合が多いです。


身体の(縦にも横にも)大きい
イギリス人を
小さいアジア人が
介護することが多いためか、
一人で介護したら
絶対にダメだと言われていました。


介護現場では
今でも「トランス」と
言うのでしょうか。


車椅子から椅子へ、
椅子からベッドへ、
車椅子から便座へ、
ご利用者を移動する介助も
必ず2人でやっていました。


この技を知ったとき、

「何て簡単に
 トランス出来るんだろう!」

「こんなに素晴らしい
 やり方があるのに、
 何で日本ではこの介助方法を
 やらないんだろう!」

と、感動しました。


すなわち、

ご利用者に向かって
2人が立ち、
ご本人に近い方の腕を
ご利用者の腋の下に入れます。


介護士2人ともが
ひじの裏に
ご本人の腋の下が来るように。

もう一方の外側の手は
腰あたりを支えて

1.2.3で持ち上げる。


この方法で
どんなに重い人でも
びっくりするほど
軽々と持ち上げることが出来ます。


私の猛烈に下手な絵で描くと
こんな感じですわ。

なんだ、これ。

赤い矢印の
ご利用者に近い方の腕を
ご利用者の腋の下に入れて
123で持ち上げる。

これだけ。

要介護状態が重い方にも
軽い方にも対応できます。

腰の負担は全くありません。


日本では2人で介助しても
この方法をしているところは
見たことがありません。


いや、私が介護業界を離れてから
もうウン十年経っているので
今どきはどうだか分かりませんが。


とにかく身体の負担が無くて
ご利用者にも安心感があり、
楽なやり方でした。


何で日本では
流行らないのでしょうね。


何か見えない理由が
あるのかもしれません。


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大学で福祉を学んでいるとき、
スウェーデンの福祉は
世界一良く
それは高齢者福祉についても
そうなんだって、

スウェーデンには
寝たきり高齢者がいなくて
素晴らしいって、

何度も聞かされました。


日本は寝たきりではなくて
「寝かせきり」が多いから
良くないんだ、って。


日本の終末医療についても
かなり批判的に学びました。
最期はクダだらけで
酷い状態で亡くなることが多い。


果たしてそれは
人間らしい最期なのだろうか、って。
その方の尊厳を
守っているのだろうか、って。



ここから私は
一般的に考えたら
びっくりするようなことを言います。


日本の福祉の
寝たきりは、酷くない。


日本の終末医療も
悪くない。


文化の違いは、
その文化を経験してみないと
分からない。




イギリスに行って、
ナーシングホームで働いて、
寝たきり高齢者が
皆無なことに驚きました。


だって、
死ぬ直前まで、いや死んでからも
椅子に座らせているんだもの。


ベッドで死なせないんだもの。


イギリスでは
お年寄りが例えば
高熱を出しても、
ベッドで休ませません。


椅子にずっと
座らせています。


熱が出たら
とにかく水分補給をたくさんしますが、
自分で動けない方でも
重度の方でも
椅子に座らせておきます。


それは、日本のように
座り心地の悪い車椅子に
長時間座らせる
わけではなくて、


決して車椅子に
座らせきりのことは、
それがたとえ10分でも
あり得ないことですが。


必ずフカフカの
座り心地の良い椅子に
座って頂きますが。


これは日本のやり方を
責めているのではなくて
部屋の広さの違いでしょう。


それに、椅子文化の本場なので
椅子の座り心地の良さは
日本のそれよりずっと良いのは
当たり前ですね。


同じく、熱が出ても
酷く体調が悪くても
ベッドに寝かせない
イギリスのやり方を
責めているのではなくて、


そういう文化、なんです。

イギリスでは
ベッドは夜だけ
休むためのもの。


「寝室」には
日中はいないんです。


靴文化ですから、
簡単にゴロリと
横にならないんです。


畳文化と違うんです。

朝、身支度をしたら
ずっと他の部屋で
夜になるまで過ごすんです。


私はイギリスに来る前は
最期に病院で
クダだらけになって
死ぬのは嫌だ、と思っていました。


でも今は
英国のお年寄りたちのように
自然に近い状態で決して
死にたくはない、
と思います。


終末医療は
やめてほしい、と
安易に、深く自分で考えもせず
家族が言ったために、

いえ、もしくは深く考えても、
そういう文化なので
そういうものだと思っているから
なのかもしれませんが、


壮絶な最期を送った
お年寄りを、
イギリスで何人か
みてきました。


住み慣れた場所で
自然に近い状態で
亡くなるのが
どんなに苦しく見えるか
知っていますか。


ねえ、
最期もここのナーシングホームで
病院に行かせないで
観て欲しいと言った、ご家族の方。


あなたの愛する人が
こんなに苦しんで苦しんで
死んでいくことを
知っていたの?


本当に分かった上で
その決断をしたの?


私は見ているのも
とても辛かったです。


1週間ほど
食べるものも喉を通らなくなって
でも椅子に座りきりで
水しか受け付けなくて
その水だってスプーンで
少しずつ少しずつ、
介護士が口に運ぶ。


両肩で息をして
苦しそうに顔は歪んで
目はうつろになって
まるで早く
殺してくれと言わんばかりの
酷い苦しみようで、


でも息が絶えるまで
最期の最期まで何日も
上手くことばに出来ないほどの
残酷な状態で、死んでいくんだ。


私は日本で
もう危ないと思った方が
入院されて
食事が喉を通らなくなっても
点滴をして、また
持ち直して元気になった様を
何度か見ていたので、


同僚に言いました。


どうして入院させてあげないんだ、って。


少しでも入院して頂いて
点滴だけでもすれば、

こんなに苦しむことはないのに、って。


同僚は言いました。

「分かるよ。
 でもこれが、家族の希望なんだ」


私は病院で産まれました。
産まれた頃から
医療のお世話になりました。


「自然の状態」で
過ごしてきたことなんて、ない。
死ぬときも医療のお世話に、なりたい。


死ぬと分かっていたら
最期くらいは
少しでも身体の苦しみが
少ない状態で、死にたい。


クダだらけでも
あんなに何日も壮絶に
苦しんで死ぬより、いい。


どちらが良いかなんて
個々によって違います。
文化によっても違う。


日本の寝たきりは
過剰に「寝かせきり」にしなければ、
日本人に合っている。


畳でゴロゴロする文化の人に
病気でも椅子に座っていろ、
なんて、精神的に無理です。


日本の医療は
日本人に合っている。


あんなに苦しんでいる
愛する家族の最期を
優しい人が多い日本人が見たら
気が触れます。

こちらもやりすぎは
良くないけれど、
クダだらけになっても
少なくとも表面上は
苦しんでいる表情を
浮かべないで亡くなる方が
平和主義者の国民には、良いでしょう。


何が言いたいのか、というと

皆が言っているから
表面だけ見て

「日本人は寝たきり高齢者が
 多いからダメだ」

なんて、言わないで欲しい、ということ。


皆が言っているから

「最期はクダだらけじゃなくて
 医療に頼らないで死にたい」なんて

安易には言えない、ということ。


両面を、自分で、よくよく考えないと
分からないことなんて
たくさんあるんだもの。

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