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【企画参加:小説】ポンコツと向日葵。

「右手でけん玉、左手でヨーヨーをしながら、
 リフティングを百回する」


一学期最後の日、
夏休みの目標を提出した僕は
担任の松本に殴られた。

―――――――――――――――――――――


剣道は神がかった競技だ。
調子が良い時は、相手の隙がありありと見える。
そこを攻めに行くと、まるで1秒が10秒のように
コマ送りのように技が決まる。

試合の間は
どれだけギャラリーがいようが
どんなに周囲が騒がしかろうが
相手と僕の存在しか、見えない。聞こえない。


全くもって、神聖だ。

この道場にいれば、
そう亜姫、君の存在でさえも
忘れられるんだ。


今年の夏のインターハイで
僕は剣道部を引退する。
主将であり部長としての
最後の試合。
全力を出し切れるように
毎日、練習を怠らなかった。


顧問は担任と同じ、松本だ。
良い先生に当たったと思う。
教師のブラックな長時間労働が
問題になっている中、
そんなこともお構いなしの先生から
3年間、鬼のような指導を受けて来た。


心折れそうになったこと、
まあ、僕は無いな。
他の部員はあったみたいだが。

僕にはその熱血が心地よかった。
自分が強くなっていくのが、分かるんだ。
剣道の技、だけじゃない。
心も、身体も。
自覚できるって、すごいことだろう?


僕は剣道以外はポンコツだ。
亜姫に未だに告白さえ、出来ていない。
あと半年とちょっとで卒業なのに、
部活で鍛えたはずのしなやかな心が
亜姫の前ではたわんでしまう。


亜姫の笑った姿が好きだ。
豪快に体をそらせて
口を開けて笑う時、八重歯が少し見えるのが
たまらなく可愛いと思ってしまう。

大きくて低い、ハスキーな声で
亜姫はよく笑った。
まるで身体中が喜んでいるかのように
全身を使って笑うんだ。


ガサツそうな女子だって
これだけを聞いたら思うだろう?
だけど亜姫はそうじゃない。



身体を揺らして、大口で笑っても
亜姫の周囲にはいつだって
上品な空気が存在していた。


あまりない肌の色の白さからだろうか。
日本人離れした手足の細長さからだろうか。
歩く時だって大股なのに
ランウェイを歩くモデルのように品がある。


亜姫は女子グループの中では
リーダー格のようだった。
自分の意見をはっきりと言うのは
長女気質だからだろうか。


その割にツンケンしたところが無い。
いつだって明るい上に優しいから
下級生からも人気がある。


亜姫はギャップの宝庫だった。

運動神経が良い割に
華道部に属している。
身体を動かすことが好きだろうに、
華を活ける繊細な美意識まで持っている。


剣道部と華道部は交流がある。
いつ頃からかは知らないけれど
華道部は剣道部の試合には
応援に行く、という習慣がある。


まあ、サクラってヤツだよな。
こっちだってギャラリーが多ければこそ
頑張れるというものだ。

だから、剣道部は華道部の催す
華道展には顔を出すことになっている。


僕は花は詳しくないけれど、
何度か見た亜姫が活けた花でも
忘れられないものがある。


小ぶりの向日葵が真っ直ぐに凛と
咲き誇る周りを
小さい薄紫の花が囲んでいる。
この花の名前は、知らない。


向日葵は、まさしく亜姫だ。
匂い立つような高貴な、薔薇じゃない。
可憐でか弱い印象の、かすみ草でもない。


まるで自分が太陽だというように
周りを明るく照らして、
すっと伸びる背は、上品この上ない。


それに憧れて止まない
薄紫の花は、僕だ。



僕は1年の頃から
亜姫が好きだった。

剣道をやっている時以外は
頭も、心も、亜姫でいっぱいだった。


僕だって見てくれが悪い方じゃない。
自分でそう思っている。
毎年バレンタインデーには
幾つかチョコをもらえるし、
試合には華道部以外の女子たちも
少なからず応援に来てくれる。


だから、自分は駄目じゃない。
そう自分に言い聞かせて
告白しようとしたんだ。
自分より背の高い亜姫に。


身長173㎝の僕より
亜姫は2㎝ほど背が高かった。
自分より背が低い男は嫌だろうか。
心が折れそうになったが、そこは
剣道で強くした心を稼働して
しっかりこの想いを
伝えようとしたんだ。
2年生の秋のことだ。


亜姫を呼び出そうとした
風の吹きつけるある日の放課後、
隣のクラスの亜姫から逆に呼び出された。

「亮ちゃん、ちょっといい?」

1年の時に仲良くなった亜姫は
僕のことを「亮ちゃん」と呼ぶ。


亜姫にそう呼ばれるのも
僕は好きだった。


緊張で嫌な手汗を掻いて
誰もいない隣の教室へ
亜姫と一緒に向かった。
心臓が口から出そうだった。

「何?」

「あのね、今度どこか行かない?」

は???

何だこれ?

デートの誘いか!

もしかして亜姫も僕のことを……!


「実はゆうちゃんが
 亮ちゃんのことが気になってるんだって。
 それで、自分から声をかけるのは
 恥ずかしいみたいだから
   良かったらまずは一緒に遊んでくれないかな。
 私も行くから、3人で」

……。

終わった……。

期待を抱いた、僕が馬鹿だった。

好きな男と親友との仲を
取り持つ女子なんていないだろう?


亜姫は僕のことに
全く興味がないのが分かった。


「剣道で忙しいから、無理だ」


低い声で何とかそれだけ吐き捨てて、
その場を逃げるように
亜姫の顔を見れないまま、教室へ帰った。


ゆうちゃん、か。


か弱い感じの小動物みたいな子だ。
目が大きくて整った、
可愛い顔をしているから男に人気がある。


だけど、そんなことはどうでもいい。


僕は亜姫じゃないと嫌だ。
だけど亜姫は、僕に興味がない。


その晩は眠れなかった。
夜の闇が心の中まで
入り込んで来て、
心臓を掴んでもぎ取っていかれるようだった。


僕は亜姫を好きでいることを
やめようと決心した。


だけど、出来なかった。

僕はポンコツだ。
剣道以外に、何も能がない。
女子一人、たった一人が
心に焼き付いて離れない。
考えないようにしているのに
自然と亜姫のことばかり考えてしまう。


だから練習に打ち込んだ。
それ以外、忘れられる術が
無かったから。


3年になって、亜姫と同じクラスになった。
僕は相変わらず、亜姫が好きだった。
亜姫の笑うところを
もっと見たいと思った。


亜姫はその明るい性格から
誰とでも話していた。


例えばサッカー部のエースの、山口と。


軽くてヘラヘラしていて
お調子者の癖に
サッカーの能力は一流の
気に食わないヤツだ。


こいつは休み時間に何故かけん玉を出して
女子たちにやって見せていた。


下らない。


だけどそれが
素人目に見ても分かる
難易度の高い技で
女子たちはキャーキャーしていた。


その中に亜姫もいた。


亜姫は山口の見せつける
けん玉の技に目をパチパチさせて
喜んでいた。


可愛い八重歯を見せ
山口のおどけた口調に合わせた
けん玉の技を見ながら
身体を揺らして笑っているんだ。


山口はいつだってムードメーカーで
教室中を笑わせて、盛り上げていた。
亜姫はそのたびに
向日葵のような笑顔で
声を立てて笑っていた。


何だよ。
そんなにけん玉が好きかよ。


――――――――――――――――――

「痛ってぇ…。」

殴られた弾みに
身体が幾つかの机に当たって
耳障りな音をたてた瞬間、
女子たちの悲鳴が聞こえた。


松本センセイ、
仮にもインターハイ前の剣道部の主将を
グーで殴るかよ、普通。


僕が教育委員会に
訴えたら、即座にクビですよ。


夏休みの目標は毎年全員分
後ろの壁に貼るんでしょう。


僕は面白いことを書いて
皆を笑わせたかっただけだ。
正確には、亜姫を、だけど。



まだ若くて兄さんのような松本は、
血管が切れたみたいに
理性を失って僕を罵倒し、
それでも怒りが収まらないようで
教室のドアを乱暴に開けて出て行った。


何だよ。
何でそんなに怒るんだよ。


同じことをやっていても
これが山口だったら
苦笑して、皆の前で読み上げて
爆笑させて書き直し。
これで終わりだろう。


何で僕だと殴るんだ。
そんなに嫌っているのか、僕を。


クラス中を笑わせようとしてやったのに、
逆にものものしい雰囲気で
ホームルームが終わり、
一人、また一人と僕を避けるように
皆どこかへ行ってしまった。


家に帰る気にもなれず
普段はこんなことはしないけれども
足を机に放り投げて
両腕を頭の後ろにやったまま
ぼんやりとしていた。


「亮ちゃん、何やってんの」


亜姫だった。

「……何でもない」

僕は視線を前に向けたまま、言った。

「今じゃなくて、目標のこと。
 らしくないよ。
 なんで変なこと書いてんの」



らしくないって、何だ。
僕のことが僕より分かっているみたいに、
言うな。

「笑わせようとしたんだよ」

「え?面白くもなんともないよ!
 なんで剣道部のエースが
 リフティングにけん玉にヨーヨーなの!」


「うるさいな。亜姫だって笑ってただろう!
 山口がけん玉やってたとき!」


「なんで山口くんが関係あるの!
 しかもヨーヨーはどこから出てきたの!
 亮ちゃん、意味わかんない‼︎」


意味わかんないのは、こっちだ。
なんで山口だと笑って、僕だとだめなんだ。

どうして大橋も、亜姫も、怒るんだ。


「だから!亜姫が山口のけん玉で
 笑ってただろう!
 それで、笑わせようとした!
 リフティングとけん玉だと完全に山口だから
 ヨーヨーも入れてみただけだ!」


「全然わかんない!
 なんで山口くんのけん玉で笑うと
 亮ちゃんがみんなを笑わせたくなるの!」



第三者が聞けば
下らなすぎて鼻で笑ってしまうような喧嘩だ。
それでも僕は必死だった。


もう嫌だ。ウンザリする。
どうして山口には笑って
僕には怒るんだ。

「みんなじゃない!
 僕は亜姫を笑わせたかっただけだ!
 亜姫の笑ってる顔が見たかった!
 それなのに、どうして怒るんだ‼︎」

ここで初めて亜姫に向いた僕は
混乱したような、困った顔をしていた
亜姫と目が合った。


しまった。


困らせてしまった。
笑わせたかっただけなのに
嫌な気分にさせた。

まったく僕はポンコツだ。

額に手を置いて、亜姫の顔が見られないまま
謝った。


「怒鳴ってごめん……、大声を出し過ぎた」


いつもと違う、小さい声で
亜姫はつぶやくように、言った。

「なんで亮ちゃんが、私を笑わせるの」

「……もう分かるだろ?
 本当は、分かっていただろ?
 昨年の秋、僕を呼び出して
 遊びに誘ったときから
 気づいていただろう!?」


駄目だ。

こんなことを言ったら困らせる。
言ったら駄目だ!


だけど、止まらない。
止められない。


「知ってる癖に。
 僕は亜姫が好きなんだ!
 1年のときからずっと好きだった! 
 だけど亜姫は別の女子を
 僕に勧めて来た!」


「だから諦めようと思った!
 でも出来なかった!
 それで、せめて笑っていて欲しくて
 笑わせようとしたんだ!
 悪いかよ‼︎」


ここまで一気に感情があふれ出して
まくし立ててしまった直後に
一気に後悔の念が押し寄せて来て
謝ろうと、亜姫の顔を見た。


亜姫は泣いていた。
訳が分からない、という顔で
大粒の涙を流して
最初は僕の方を見ていたけど、
そのうち両手で顔を覆って、泣いた。


「ごめん。
 悪かった、本当に。」

亜姫は顔を激しく横に振って
何か言おうとしながら
それが声にならずに泣き続けた。


胸がつぶれそうで痛くなった。
どうしたら良いのか、分からない。


「亜姫に怒鳴ることじゃなかった。
 自分でどうにかすべきだったのに、
 本当にごめん」


亜姫はたやすく泣くような女子じゃない。
だけど、こんなに泣かせた。
きっととても怖かったんだ、僕が。


亜姫は僕のことばを聞きながら
ずっと首を横に振っていた。


そのたびにサラサラの髪が
音を立てるように、揺れた。


やがて、しゃくりあげながら
亜姫が何かを言おうとした。

「ごめん。まだいいよ。
 落ち着いてから喋って」


「いいの。私ね、


 私も、ずっと


 好きだったよ。亮ちゃんのことが。


 今でも好きだよ。」



「……は?」



「自分の気持ちを偽って
 ゆうちゃんと遊びに行こうって言って、
 すごく後悔したの。

 あの時
 ゆうちゃんと一緒でもいいから
 亮ちゃんと遊びに行きたかったのは
 私の方なの。

 私はゆうちゃんの想いを利用した
 嫌な子だった。」


「本当は、亮ちゃんのこと
 入学してすぐに好きになったよ。
 だから剣道部と交流がある
 華道部に入ったの。」


「だけど、私大きいから
 大きい女子は嫌かな、とか
 いろいろ考えて言えなかったの。」


「好きだよ、亮ちゃん。
 ごめんね、嫌な想いをさせたね。
 ずっとずっと、好きだったよ」



頭の中が、真っ白になった。
思考が追い付いて来ない。
しつこいけれど、
まったく僕はポンコツだ。


とりあえず使っていない
清潔なハンカチを無言で取り出して
亜姫に渡した。


亜姫はまだいっぱいの涙を溜めた
真っ赤な目で僕を見て
ハンカチで口元を押さえて、笑った。


―――――――――――――――――――――


おかしい、

メロメロに仕上げようとしたのに
読み返すと苦笑しかありません......。
特に口喧嘩のクダリが……。


ティーンエイジャーシリーズで
この年代の安定していない
赤面してしまうような不格好さを
また書きたかったのですが😅


私自身がポンコツだということを
露呈させてしまいました😅


それでもいろいろ考えて書くのは
面白かったです。


一人称が「僕」だから
品のある感じにしようかな、とか
品のある子は品のある子が
好きかな、とか。


みょーさん、これまた素敵な企画を
ありがとうございました。

この記事はモフ虫さんの
こちらの家族愛溢れる記事を読んで感動し、


みょーさんの企画記事に
応募したものです。


皆同じ書き出しで小説を書くというこの企画。
いや〜、悩みました😆面白い!
皆さんもどうぞ!



小説:ティーンエイジャーシリーズは、こちら。

















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