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【創作】ヘリオス 第6話


優成くんのあまりに赤裸々な言い方に戸惑ってしまい、目を伏せた。


「一応、私も大人だから分かってるつもりだよ。私は小さい頃から、自分の役割はそういうものだと思って生きて来たの。恋愛は、後から育んでいけばいいし、それが出来なくても信頼できる人ならいいかなって」


「だけど、凪先生、それじゃまるきり家の駒じゃないですか!」


声を荒げた優成くんなんて初めてだった。怒っているのに崩れない綺麗な顔が、少し怖い。


「駒であることに......何か問題があるの」


優成くんは目を見開いて絶句した。きっと私は普通の人とは、住む世界にズレがある。


「私はこの長い歴史を継ぐ川崎流に産まれて、こんなに光栄なことは無いと思ってる。駒でいることはむしろ、私にとって幸せなことなの」



優成くんの目を見て言うと、彼は視線を斜め下に落として怒りを堪えるような顔をしてから、私に向き直った。


「......貴女が欲しいのは、優秀な血ですか。それなら俺にしてください」

「......え?」

「凪先生、俺は貴女が好きです。前からずっと」

「......はい?」


「貴女が先生だったから箏に熱中して、ここまで来ました。優秀な演奏家としての血が欲しいなら、俺だって候補に入れるはずです。何より愛のない結婚をするより、俺には愛情がある!」


「優成くん、あの......」


気遣い上手の優成くんは、今日に限って私に口を挟ませない。


「俺はもう5年も先生と一緒にいて、お互いの性格も知り尽くしているし、演奏も息が合っています。そうでしょう?俺、今まで凪先生に夢中だったし、これからだって飽きることはありません。ぽっと出の訳の分からない人と結婚するより、ずっと安心のはずでしょう?」


「優成くん、私......」


「とにかく結婚を急ぐなら、俺も候補にして下さい。いいですね!」


そう言うと優成くんは、さっさと荷物を持って帰り支度をした。


「待って、優成くん!」

理解が追いつかないまま引き止めようとした私に、優成くんは少しだけ振り返った。

「愛のない結婚なんて、苦しいだけですよ!......お疲れ様でした!」


そう言い捨てて嵐の様に去って行った。喧嘩を売られたのか、告白されたのかよく分からない。唖然として座布団に座り込んだけど、気持ちの整理が出来ない。仰向けになって天井を見上げ、放心していた。



どのくらいそうしていただろうか。やがて、家元がお母さんを連れてやってきた。行儀の悪いところを見せてしまったのでバツが悪かったけど、それには構わず、笑いたいのか困っているのか分からないような表情を浮かべてこんなことを言った。


「凪、好いた人がいたなら見合いの前に言うべきだろう」

「はい?」


今日は誰もが、変な話をする。見るとお母さんがニマニマくねくねしていて気持ちが悪い。


「さっき青い髪の子が言って来たぞ。凪さんは私が幸せにするので、私と結婚させて下さいって」

「......は???」

優成くん......家元にまで言うなんて、本気なんだ。


「そうよ、お母さん、可愛いイケメンがあんなセリフを真剣に言うものだから、鼻血が出そうになっちゃったわ。貴女ったらお弟子さんと付き合っているからって、内緒にしなくてもいいのよ」


「ち、ちょっと待って!私、優成くんとお付き合いしたりしてません!第一優成くんの気持ちもさっき聞いたばかりで、唖然としていたところなんです!」


「おや、じゃあ彼の片想いってことか。して、どうなんだ凪、彼は」


「優成くんのことは好きですが、私も言われたばかりなので、正直、そういう意味ではよく分かりません」


お母さんはますますクネクネしている。


「貴女ったらもう!イケメン2人も捕まえて、両手に花じゃない!いや〜ん💕」


「晃輝さんはただのお見合い相手でしょう!」


「ふうん、晃輝さん、ねぇ」


ニヤニヤと変な笑みを浮かべたまま、お母さんは思わせぶりに呟いた。


「青髪君の箏の腕前はどうだ」


家元が家元らしい質問をする。


「私のお弟子さんの中では一番です」


「そうか。とにかくお前の相手だ。光輝君でも、青髪君でも、他の人でも良いから好きにしなさい。相手への礼儀だけは忘れぬようにな」




心の忙しい日だった土曜日の翌日、晃輝さんが迎えに来た。動画の編集や投稿の仕方を聞いたら、教えてくれることになったのだ。早い方が良いということで、光輝さんには2日連続で会うことになった。

朝10時にTOYOTAのセンチュリーが門扉に停まり、助手席に乗せてくれた。2人きりの車内。この人といるときは心臓の音が大きくなる。まだ出会って間もないからかな。東銀座に1人で住んでいる晃輝さんのマンションまで、そう遠くない。


いかにも高級そうなマンションの7階、角部屋に私を案内し鍵をかけると、靴を脱ぐ前に晃輝さんが真面目な口調で注意した。

「凪、誘ったのは俺だけど、そんなに安易に男の家に着いていったら駄目だ。食われるぞ」

「ラッコは朝食べても美味しいんですか」

途端にフッと笑って額に優しくキスされる。

「いつだって美味そうだよ。君は貝さえ渡されれば、誰にでも着いて行くんだろう」


晃輝さんには、馬鹿にされてばかりだ。

晃輝さんの書斎には、専門的な電子機器が整然と並べられてあった。PCの前に座らされて、右に座った晃輝さんが教えてくれる。私に動画の編集なんて出来るんだろうか、と心配になったけど、晃輝さんの説明は分かりやすかった。これなら今後、晃輝さんの手を煩わせずに、私でも出来そうだ。


ひと通り説明を理解出来て嬉しくなった私は、晃輝さんに微笑んでお礼を言った。すると急に体を引き寄せられて抱きしめられた。

「凪」

耳元で名前を囁かれる。晃輝さんの身体が、触れている部分がとても熱い。私は自分の心臓が、壊れてしまいそうなほど速く、強く打っているのが分かる。

「凪」


少し力を緩められて、また名前を呼ばれた。顔を見ようと上を見上げたら、途端に唇を塞がれた。熱い、官能を呼び起こすような甘いキス。あの時YouTubeで聴いたラフマニノフみたいだ。手が、足が、指先まで痺れる。優しいのに何かが引きずり出されてしまうような快感。思わずぎゅっとしがみついた。


長いキスが終わると、お互い上気して見つめ合った。

「君は、男の経験なんてまるで無いような顔をしておいて、慣れたものだな」

「......え?」

「こんな誘うような甘い顔をされては、歯止めが効かなくなる」

「私、誘ってなんか...」

まだ頭がぼうっとしていて、上手く働かない。

晃輝さんは身体を離して、ぽんぽんと私の頭に手をやった。

「すまない。もう少しゆっくり進めようと思ったんだが、山田君辺りに邪魔をされそうだから、そうもいかなくなった」

優成くんの名前を出されて、我に帰る。

「もしかして、もう何かされたのか」

晃輝さんは私の些細な表情だけで、何もかも見透かしてしまうようだ。心配そうな顔をして、私の顔を覗き込む。

「好きだ、と言われました。お見合いで結婚するくらいなら自分には愛情があるから、結婚相手の候補に入れてくれ、と」

「そうか。それで......凪はどうしたいんだ」

「私。私は、分かりません。優成くんとは付き合いが長くて、気心も知れているけど、そういう風に見たことがなくて」

晃輝さんは、ふーっと息を吐いた。

「彼は強敵だな。見てくれも申し分無いし、箏も上手い。頭の回転も速そうだから、今後どう仕掛けてくるか......。それで......俺のことはどう思ってる。どっちを選びたい」

「晃輝さんは、川崎流に申し分ない貴重な方だと思っています。でも、晃輝さんと優成くんを両天秤にかけるなんて私にはおこがましいし、晃輝さんとはまだ会ったばかりなので、よく分かりません。どちらかなんて選べません」


「そうだな。......山田君は愛情があると言ったんだな」

「はい」

「彼は愛を大切にするんだな。教えてやろう。結婚に大切なのは......契約だ」

......はい?


晃輝さんは私の惚けたような顔を見て、ニヤリと笑った。



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