toron*歌集『イマジナシオン』を読んで

 toron*さんの歌集「イマジナシオン」は、2022年2月に書肆侃侃房から出版された。出版情報が回りはじめてすぐに、Twitterやインターネットでも話題となった一冊である。何度も読み返して、今日ようやく自分なりに納得できる形の感想となった。

 toron*さんの短歌は、言葉ひとつひとつがとても美しく繊細に光っている。丁寧な観察により、読者の心に響く歌となっているように感じる。

 また、本歌集は統一的な装丁が大変綺麗である。スヤリさんによる装画は、緑色の濃淡で描き分けられた都会の街の様子で、その美しさにも惹かれた。

なんてことないよ、と云って先輩はいろはすの首ゆっくり捻る

toron*「わたしは街の細胞だった」『イマジナシオン』p.67

 有名な水ブランド「いろはす」は、通常のペットボトルより薄くすることで柔らかくつぶしやすい形状をしている。いろはすを飲むためにペットボトルキャップを捻るときも、本当は丈夫なのにどこか壊れそうな気がして、子犬を扱うときのような手の硬さになる。
 「先輩」は、そんないろはすすらも余裕の手つきで扱い、なにかしらの困りごとについても「なんてことないよ」とかわす人である。他人を蹴落とそうとするようなくだらないこともせず、日々有意義に、そして後輩を気遣いながら仕事をする先輩像が見えてくる。後輩としての主体が思うのは、憧れの気持ちや安心感であろう。このような頼れる先輩がいれば、平穏な毎日を送れることは確かである。

くるぶしに桜の香水吹きつけるきみはマスクで来ると知りつつ

toron*「くるぶしに桜」『イマジナシオン』p.80

 香水は体温に反応するため、くるぶしに振る香水も確かに一案である。くるぶしに香水をつけると、部屋であれば歩くたびにふわっと立つような、さりげない香り方をする。「マスクで来る」ことからきっと外で会う二人であるが、相手に気づかれるか気づかれないかわからない桜の香りは、謙虚な主体の背中をそっと押してくれるだろう。

トーストの焦がした方を裏にして笑いと叫び声は似ている

toron*「犬の眼線(めせん)」『イマジナシオン』p.100

 自宅で焼くパンはついつい焦がしてしまいがちで、比較的マシな方を表にすることで、見た目上は【なかったこと】にできる。笑いにもうれしい笑いと邪悪な笑いがあり、叫びにも楽しい叫びと悲鳴がある。起きた物事を両面からよく見つめなければ、真実を知ることはできず、自分が泣く目をみるかもしれない。自分を守るために、目を背けるときと目を合わせるときを使い分けなければならないことを教えてくれる歌である。

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何度も読み返したくなる美しい歌集です。

書肆侃侃房 toron*『イマジナシオン』歌集

http://www.kankanbou.com/books/tanka/shinei/507

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