「わたしは家族を持っていい。家族とともに生きていい」、と思えた日の話
ここ最近、一日平均4~5名くらい個人セッション(ビジネスコンサル有り、ボディートーク有り、占星術有り……)をしている。なんとなく「体力も落ちてきていることだし、疲れてヘロヘロのヨレヨレになってしまうのでは」と身構えていたが、なんてことなかった。
さほど事前準備に時間をかけず、その場のリアルで起こることを信じて臨んでいるからかもしれない。自分を信じているというのもあるし、相手を信じているというのもある。
お互いの意図が合っていることがいちばん大事で、そうしたら必要なものがその場にちゃんともたらされる。
そういう信頼感のようなものがあるのとないのでは、疲れ方がぜんぜんちがうな~!と思った。
必要なものがもたらされるといえば、無意識のうちに自分に禁じていることや、とうてい自分には手に入らないだろう、と思えるような事柄について「あ、いま許可が下りたのね」とばかりに”それが自分に許された瞬間”が、なぜかわかる。という経験を何度かしている。
ひとつめは、結婚・家族について。
ありがちな話だが、若かりし頃のわたしは”訳ありな恋愛”という世界に傾倒しがちで、さらに自己肯定感というものもみじんもなく、かたくなに「わたしはいつか天涯孤独のままひとりで野垂れ死ぬのだ」と信じきっていた。
すきなひともお付き合いしているひともいたけれど、「結婚」はたまた「家族」はたまた「子ども」に関してはまったくリアリティーがなかった。
だいたい、子どもなんてちっともすきではなかったし。
けれども、あの日のことをよく覚えている。わたしは駅から家に帰る途中だった。たしか会社員で、28、9くらいの年齢だったと思う。さびれた商店が並ぶ細い道を歩いていたら、向こうから家族連れがやってくるのが見えた。若いお父さんとお母さん、その真ん中に挟まれながら両手をつないでいる3歳くらいの小さな男の子。
「ジャーンプ」
「はい、ジャーンプ!」
そんな声とともに、男の子はぴょーんと飛び上がり、そのタイミングに合わせてお父さんとお母さんはつないでいる手をぶんと振って、ブランコのように彼を揺らした。揺らされた彼は大喜びで笑い、お父さんとお母さんの顔を順番に見つめて「もういっかい!」と言った。彼らは笑っていた。彼らは完璧に幸せそうだった。
若い夫婦だし、まだまだ子どもは小さくて手がかかるし、家に帰ればそれなりに苦労もあって、不機嫌さや不満をぶつけあうこともあるかもしれない。子どもに八つ当たりするときもあったかもしれない。
けれどもそんななにもかもを凌駕するいきおいで、あの男の子はあのとき世界でいちばんかわいく笑い、世界でいちばん力強く地面を蹴り上げ、世界でいちばん高く飛び上がっていた。
そしてその三人の姿が、わたしの目に、まるで聖なる宗教画かなにかのように飛び込んできて、そのままわたしの胸を撃ち抜いた。
そのときだった。
そのときたしかにわたしには音が聞こえた。あれはなんの音だったのだろう。パンパカパーン。もしくは、リンゴーン。ラッパのような、鐘の音のような盛大でおごそかなそれが、わたしの内側で鳴り響いた音だった。
その瞬間にわたしは「ああ、今わたしに許可が下りたのだ」とわかった。「ひとりで生きるしかない。それしか道はない」という謎の呪いが解けた瞬間だった。
「わたしは、家族を持っていい。家族とともに生きていい」、と。
あの許可がどこからもたらされたのか、だれによってもたらされたのか、わたしにはわからない。自分で自分に許可を出す、なんてよくある自己啓発的なことだったのかもしれないし、もしくはもっと高次の世界の出来事だったのかもしれない。
けれどもそのあとわたしは実際に、訳ありだったり先行きの見えない関係だったりのもろもろをゆっくりと精算し、これまで避けて通ってきたような見るからに健全そうな、誠実そうな男性(今の旦那)と恋愛し、っていうか恋愛する間もなく子どもを授かり、お付き合いが始まって半年後には結婚して1年後には子どもが生まれ、晴れて家族となっていたのだった。
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