見出し画像

パパのオレ、オレになる?! 第3話

第3話 考えるな、感じろ

「まず一つ目のポイントニャ!」

シャキッとした猫の声に引き寄せられ、俺は再び画面に目を移した。

「ポイント1。不満は、受け止められれば心が軽くなる。」

「説明するニャ。不満は誰かに受け止められた、と思えれば心が軽くなる。逆に、受け止められないとイライラや悲しみになることがあるニャ。」

シンプルな法則だと思った。

猫の言葉に、俺はふと理沙との会話を思い出した。理沙に部長に対する愚痴を言ったとき、「まあ、部長なんてそういうもんだよね。そんなの気にしなければいいじゃない。」と軽く流されたことがあった。確かに理沙の言うことは正しいが、思い出しただけで消化不良の気分がよみがえる。

そのときの俺は「そりゃあムカつくよね。不満に思って当然だよね。」と受け止めてほしかっただけなのかもしれない。

そこまで考えて、これが俗にいう『受け止められていない』ということか、と納得した。

猫が話を続ける。

「もし、狸部長への不満を猫が奥さんに言ったときに、『それを不満に思うのはおかしい』とか、『受け流すスキル磨けば?』『じゃあ部長と話すのやめたら?』『仕方ないよ』『もっと楽しいこと考えようよ』とか、挙句の果てには『そんなのどうでもよくない?』と言われたら、猫だったら嫌ニャ。」

猫がしょぼんと悲しそうな眼差しでこちらを見つめてくる…。

その時間になぜか、自分が話しているときに、たまに理沙に「それより翔太がさ…」と言われることが思い浮かんだ。

猫が再び話し始める。

「そういうのを人間は『否定する』とか『正論で返す』とか言うニャ。『話のすり替え』も同じだニャ。」

「そして、そういう返答だと自分の話を『受け止めてもらえない』と感じるんだ。つまり、その言葉に込められていた”自分の思い”が”存在しない”ことになるということなんだニャ。」

それだ!さすが猫!と膝を打った。猫の言葉を聞いて、今まで、気にも留めることもなかったけれど、本当はずっとあったモヤモヤの正体が見えた気がした。話を通して伝えている自分の思いを受け止めてもらえていない。話した後にモヤッとすることがあるのは、そういうことだったんだ!

「不満だけじゃなくて、自分が感じていることを受け止めてもらえない、というのは、猫にとっても人間にとっても、本当はものすごく悲しいことなんだニャ…」

「さっき、自分が感じていることを受け止めてもらえないと悲しいと言ったニャ。」

「裏を返せば、自分の感じることを受け止めてもらえたら嬉しいニャ」

あー、なるほど。

すると、「ポイント1のまとめ」と書かれて猫が黒板の横にいる画像が表示された。

ポイント1:ポイント1:不満は受け止められると心が軽くなる。人は、自分の感じていることを受け止められると嬉しいし、受け止められないと悲しい。

2,3秒表示された後、「2つ目のポイント:不満は願いを教えてくれる」というタイトル画面が出てきた。

しかし猫は、「2つ目の解説に行く前に大事なクイズだニャン。と言ってきた。」

俺は分かってきた。また、猫劇場が始まる予感がする。そんな俺の思いを無視して猫はサラリと話を続ける。

「不満っていうのは、考えて出てくるものじゃないんニャ」と、猫は言った。

なるほど。

「じゃあ、どういうことだと思うニャ?」

そう聞かれてもすぐには答えられない。
まあ、待ってれば答えは猫が言ってくれるはずだ。

・・・

・・・

・・・

・・・

猫が画面の外に歩いて出て行った。「?」だけが画面の端っこに表示されたまま、しばらくの時間が過ぎる。

シンキングタイムか、と思いながらも、あまりに帰ってこない猫に対して、いつまで待たせるのかとソワソワとしはじめ、ついにはだんだんムカムカし始めてきた。

動画を消してしまおうかと思ったときに、チラッと猫が画面の中を覗き込むようにして現れた。

「待ったかニャ?ごめんニャ?今から伝える2つめのポイントを、実際に体感してほしかったニャ」

と、優しいながらも少し早口で畳みかけるような口調で猫が話し出す。

「今、イライラムカムカしたと思うニャ。それって、なんでムカついたニャ?ってところが大事だからクイズを出したニャ。でも、今イライラしていると思うので焦らすと猫のこと嫌いになっちゃうと思うから答えを言うニャ」

「さっきは、すぐに答えが知りたいという期待が叶わないことで、イライラが生まれていたと思うニャ」

たしかに、それはそうだ。

「言い換えると、イライラは、自分が求めていることがあるということ。つまり、イライラや、嫌だと思うことは、その裏に自分が『満たしたい』と思っている願いの存在を教えてくれる大事なヒントなのニャ」

なるほど。「満たしたいこと」っていうのがしっくりこないけど、言っていることは理解できる。 

「たとえば、お腹がすいた不快感は、食べ物を欲していることを教えてくれる。その時は食べ物で身体を満たせば、その不快感がなくなるのは実感できると思うニャ」

それはわかる。

「だけど、話が長い部長にイライラするのは、ちょっと謎解きがいるニャ。話の内容に『気づき』や『ユーモア』がないからかもしれない。あとはその時間に『気楽さ』とか『自由』、部長の発言と態度に『言行一致』を感じられないとか、一方的に話されることで『分かち合い』や『受容』が満たせていないからかもしれない。」

画面では貫禄のある狸が野外で演説をしていて、隣に生えている木の上から、「気づき」とか「ユーモア」と書かれた濃い緑色の葉が、うまいこと文字は見えるままで、ひらひらと地面に落ちていっている。

たしかに謎解きだ。俺が部長の話に不満を持つ理由はなんだろう。猫が言葉にしたどの理由も部長の話では満たされない。だけど、落ちる葉を見ながら、一番嫌なのは、俺が言ったことを『受容』されないことだと思った。

「こうやって、イライラや不満の気持ちは、自分が「満たしたいこと」や自分の願いを教えてくれるニャ!」

再び猫は話し始めた。

「ちなみに、小さな声でしゃべるけど」と、突然、猫の話声が小さくなった。

「猫にも妻がいるんだけどニャ。僕が口うるさい妻猫に不満を思うのは、『気楽さ』や『穏やかさ』を満たしたいだけじゃなくて、『お互いさま』が大事だからニャ。靴下を脱ぎ散らかすのは申し訳ない分、妻猫が飲んでそのままのビール缶は何も言わずに片づけてるニャ」

なるほど。理沙はビール缶は放置しないけど、本とか雑誌をソファーに置きっぱなしにすることはよくある。それを思うと、俺にも似たところがあると気づいた。

すると、また元の声の大きさに戻った猫が話し出した。

「2つ目のポイント、『不満は願いを教えてくれる』。これをアツに体感してほしくて身体を張ったニャ!!!分かってもらえたらうれしいニャ。」

え?いま、あなたじゃなくてアツって言った?きっと空耳だと思いながら、確かによくわかった。猫も身体を張ったかもしれないけど、さっきクイズでは俺が身体を張って理解したぞ。

そんな俺の思いを知ってか知らずか、猫は言葉を続けた。

「もう一つ大事なこと。ポイントの3つ目を伝えるのだ。3つ目のポイントは、不満をまずは自分が受け止めてあげようということなんだニャ。」

さっきは『早く答えが知りたいのに、教えない猫ムカつく!』と、猫にイライラに目が向いた人もきっといる。だけど、その不満を人に受け止めてもらう前に自分で受け止めてあげることができるんだニャ。」

「ポイント1の『不満は受け止められるとスッキリする』は、実は、自分の不満を一番に受け止められるのは、他人じゃなくて自分ニャ。」

「イライラとか不満の感情にのまれると、猫のせいで!と意識が他の人に向かいがちニャ。そういうとき、人に対してと同じように『ああ、俺は早く答えを知りたいよね』とまず、自分自身に対して思えるようになると、心が落ち着くのを感じられる。そうすると、トレーニングを積んで自分にとって『気楽さ』が大事だって分かっていたら、『猫さんまだ戻ってこない。早く戻ってこないかなー』と、不満はイライラで表現せずに、気楽にいることを選択できるようになるニャ。そうすると、猫はサンドバッグならなくてすむ!」

「自分で自分のご機嫌を取れるようになるのが一番大事ニャ。だけど猫は、やっぱりお互いに自分の感じていることを受け止めあえる関係が一番素敵だと思うんだニャ。」

たしかに猫の言うとおりだと思った。

だけど、顧客の中村担当課長のように自分の不機嫌をばらまくだけだったり、部長のように人の話を受け止める気がない人種もいる。そう思ったとき、

「だけど、どちらかだけがサンドバッグになってもうまくいかないから、バランスも大事ニャ!!!」

と猫は言い切った。

「狸部長のように、今の猫では太刀打ちできない人たちも一定数いるニャ。でも、もしかすると若かりし頃の猫のように、この話を知らないだけかもしれないニャ。学校ではなかなか習わないからニャ。おじいちゃんになる前に学べたあなたはラッキーニャ!」

やっぱりだんだん頭が疲れてきたけど、猫は思った以上に隅に置けないやつな気がしてきた。

で、クイズの答えにゃ。

そうだった!さっきのクイズの答えをまだ聞いてない。まんまと猫にのせられた。猫はシレッと話を続ける。
「さっきのクイズ。不満っていうのは、考えて出てくるものじゃない、じゃあ何ニャ?の答えは…」

「じゃじゃーーーん!!!」
この期に及んでもったいぶる猫に呆れつつも、期待感が高まる。

「不満とは、感じるものなんだ!」

「『考えるな、感じろ』って聞いたことあると思うけど、まさにそれニャ!」

不満は考えるものではなく、感じるもの。
当たり前に知っているようで、知らなかったような気もする。
少なくとも考えたことはなかった。

「自分の感じることは、それでいいのニャ。」

大事なことだからもう一回いうニャ。

「自分の感じることは、それでいいのニャ。」

「今度は、動画を見ているあなたも一緒に言うんだワン!はいご一緒に!せーの!」

そうきたか!この猫、本当に侮れない。

「自分の感じることは、それでいい。」

一緒に合唱する手には乗らないが、心の中に小さな安堵が産まれた気がするのは、気のせいだろうか。

猫を通して伝えてくれる優しい女性の声にぼんやりと耳を傾けながら、俺は再び画面に意識を向けた。

「ここまでついてきてるかニャ?そろそろ疲れてきたんじゃないかニャ。休憩しても、しなくてもいいニャ。分かっても、分からなくても大丈夫ニャ。人生は、あなたが思うより意外と優しいかもしれないニャ。」

なんだか心が軽くなると同時に、すごいことを言われたような気がする。

その瞬間、イヤホン越しに「プシュー!!」という音が聞こえ、電車のドアが閉まるのが見えた。やばい!!集中しすぎた!!!窓の外に見える、最寄り駅の駅名がどんどん左に流れていく…自分にがっくりきた。

「ごめん。まさかの乗り過ごし。次の駅で折り返して帰る」

理沙にLineをしたものの、YouTubeを見ていて乗り過ごしたなんて言ったらなんて言われるか…

人生が意外と優しいんだったら、理沙は笑って温かく迎えてくれるはずだ。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

1組でも多くの幸せ夫婦を増やすために大切に使わせていただきます。ありがとうございます。