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Lycian Way #10~人生はRPG?~



穏やかな一日

10月3日。午前9時。天気は晴れ。
僕は1週間共にしたメソトと別れ、フィニケ≺Finike≻を出てカラウズ≺Karaöz≻と言う街を目指した。
距離は30㎞ほどではあるが、道は海岸線の平らな舗装路。
爆速で風を切る車の横をのんびり歩く。
途中にあるいくつかのミニマーケットで軽食やジュースの補給も出来る。
つまり、イージーデイである。

地中海

車のエンジン音や風を切る音が少し鬱陶しいが、順調に進む。
メソト曰く、今歩いているこの道はLycian Wayに含まれていないらしい。
彼は足の調子が良くなれば、この道をバスでスキップして次の町まで向かう計画だと言っていた。
ただ、もしLycian Wayに含まれていた場合、「全行程歩いてきました!」と主張する自分の心の内で「途中歩けてないけど…」という後ろ暗さが尾を引く気がしたので僕はこの道を歩くことにした。

恐らくトルコで一番安いジュース。
値段は忘れた。

今朝出発したフィニケ上空には巨大な雨雲が発生していたが、それから逃げるように歩き、15時半を回ったころ目的の街カラウズに着いた。
早速ミニマーケットへ向かって食料の補給。
その後は、キャンプ場を目指しながら食事のできそうなお店を探した。
すると、ビーチ沿いに安く腹を満たせそうなビーチカフェを見つけた。
そこでコーラとホットサンドを胃袋に収めた。

目指しているキャンプ場は、昨晩泊まったホステルのオーナーの知り合いが営んでいるキャンプ場だ。
目指してみてはいるが、人通りもほぼなく、テントの張れそうな良い感じのスペースがあちこちにあるのでそこまで行くのも面倒に感じてきた。
それに安価と言えど外食もしたし、前日はホステルにも泊まっている。
そう考えると、たいして疲れてもいない今、キャンプ場に泊まる宿泊費を払う方が惜しいと思い。
その辺の良い感じのスペースでテントを張ることにした。
見つけたスペースは若干の傾斜はあるものの、海と水平線に沈む太陽を望める素晴らしい場所だ。

テントを設営し、軽食を食べ、すぐにテントで横になった。
すると、美しい夕焼けが視界に入ってきた。
この空が赤色から濃い青色に変わるより前に、僕はもっと深くて暗い世界に落ちていった。

テントで横になりながら夕日を楽しめる。


体がチャイを求めている

翌朝、昨日の早寝により早起きに成功した。
別に早寝早起を狙ったつもりはないが、早く寝たから早く目が覚めてしまった。
それだけである。
早朝と言うこともあって少し肌寒かった。
暖かいお湯を作れるガスストーブはとうに捨てているので体を温める術は歩く他ない。
サクッと荷物をまとめて歩き出す。
本日は半島の先っぽにあるゲリドンヤ灯台を経由してアドラサン≺Adrasan≻という街を目指す。
丁度 Vの字の形に進むイメージである。
ゲリドンヤ灯台に至るまでの道にはいくつものキャンプ場があった。

いい感じの野営地
いい感じのベンチも。

2時間ほど歩いた頃、チャイ飲みたさにある一つのキャンプ場を尋ねた。
正確には覚えていないが、時刻は8時~9時頃。
キャンプ場の受付に入ると誰もいない。
すっと視線を下に向けると、一人の男性が横になっていた。
倒れているわけではなく、寝ているようだ。
僕の足音で気づいたのか、眠たい目を擦らせ起き上がる。
僕は「ギュナイドゥン(おはよう)。チャイを頂けませんか?」
すると男は、「チャイはないよ。今から作ると1時間ほどかかる。」と言う。
チャイはトルコ人にとって欠かせない飲み物である。
毎日どころか常に啜っているものだろう。
そんなチャイがないとは…
しかも、この時間帯に。

しかしこの時僕は、「トルコ時間だと朝の9時は早朝だ。」と誰かが言っていたのを思い出した。
さすがに1時間は待てないと、ここは諦めて先を急ぐことにした。

暖かい飲み物で一息付ける時間を求めていただけに少しテンションが下がった。

それと同時に、体がチャイを求めているのが分かった。
正確に言えば、チャイに入れる砂糖、つまり糖分を欲していたのかもしれないが。
僕はこの旅を終え、帰国したときからコーヒーを全くと言っていいほど飲まなくなった。
以前の僕は紅茶など一切飲まず、コーヒーばかり飲んでいた。
帰国してからはコーヒーは月に3杯ほどまで飲む頻度が落ちただろう。
そんな人間がチャイと言うものを知って、その魅力に惹かれ、生活に変化を与えられてしまったのだ。
これは、体が極限に近い時に飲食していたものを脳が「あの時これを食べて生きていたから、とりあえずこれ食べとけばいいっしょ!」という生存本能のようなものから来ているのだろうか。
そもそも脳にそんな構造があるのかは分からないが…。
それとも単純に甘い物の中毒症状なのか…。

帰国後に知人のアートイベントにお招きいただき、ターキッシュチャイを提供させていただいた。

なんにせよ、それくらいには体がチャイを求めているのは間違いない。
皆さんもトルコに行った際はチャイを飲んでみてはいかがだろうか。

ちなみにチャイはトルコ語で"茶"を意味する。
また、トルコのチャイはストレートティーである。
日本人が良くイメージするチャイはスパイスの入ったミルクティーだろう。
その起源はインドにある。
どうやら19世紀のイギリスで紅茶は上流階級の嗜好品として飲まれていたらしい。当時のインドはイギリスの植民地であり、良質な茶葉はすべてイギリスに流れていた。そのため、インドには粗悪品の茶葉しか出回らず、その味をごまかすためにスパイスやミルクを入れて飲み始めたのがインドチャイの起源らしい。
反対にトルコのチャイは、黒海沿岸の産地リゼで上質な茶葉が取れたため、お茶本来の味を楽しむためストレートで飲むのが常識になったらしい。

あくまで、”そうらしい”という情報なので、「信じるか信じないかはあなた次第です!」で〆させていただきます。

サブクエスト発生

ゲリドンヤ灯台への道は綺麗に整備されていてとても歩きやすかった。
団体のおじさんたちや、同じハイカーもいた。

ここから歩きやすい道に。

灯台に着いたものの、期待していたほどの景色は広がっていなかった。
灯台にはテントを張れるデッキが設置されていた。
あまり数が無かったので早い者勝ちになりそうだ。
ここで野宿するのも気持ちよさそうである。

ゲリドンヤ灯台
半島の先っちょからの景色

そして数分の休憩を挟みアドラサンを目指す。
灯台がV字の切り替えし地点である。
切り返し地点を過ぎると中々の景色だ。
後はここから先のアップダウンを乗り切ればアドラサンだ。

V時の切り替えし
いい感じの入り江
倒木
休憩
中々の急登

15時過ぎにアドラサンへ到着した。
早速、ジュースを求めミニマーケットへ。
街に着いてまずやることは、キンキンに冷えたジュースを飲むことである。
アドラサンはレストランやマーケット、お土産屋さんも多く活気のある町だ。

アドラサンのビーチ

本日はこの街に1泊する。
アドラサンにはいくつかのキャンプ場があるため、街に着いてから宿泊できるキャンプ場を探すつもりでいたが、運よく格安のキャンプ場で宿泊することになった。
というのも、この街に入る前の山中で、ある一人の男性と知り合った。
その方こそ、本日僕が宿泊するキャンプ場のオーナーである。
彼とはアドラサンに入る手前4㎞ほどの場所で出会った。
彼は、山中の木という木ににキャンプ場の案内を打ち付けていた。
僕も度々、木に打ち付けられた名刺を目にした。
仕事中にあってしまったものだから、オーナーはいきなり営業トークをし始めた。
しかし、聞けば聞くほど魅力的な条件であった。
まず宿泊料が安い。たったの100リラである。
その時の日本円で550円だ。
比較のためにも、僕がトルコで泊まった他のキャンプ場は200リラ~400リラほどである。(1000~2000円)
しかもただ安いだけではない。
Wi-Fi、温水シャワー、も完備しているという。
洗濯機もあるらしいが別料金とのこと。
洗濯に関しては、シャワーを浴びながら手洗いできるので何ら問題はなかった。

そういう経緯で、僕はそのキャンプ場で宿泊することにした。
オーナーは一仕事してから戻るとのこと。
「キャンプ場には奥さんがいるから俺(オーナー)と会ったことを伝えてくれ。」と言い、山の奥へと消えていった。

木に打ち付けられた名刺
「GONCA CAMPING」

キャンプ場に着くと早速オーナーの奥様がお出迎えしてくれた。
チェックインを済ませ、設営をし、シャワーを浴びた。
キャンプ場は広く、サイト近くに電源まで完備されていた。
本日はどうやら貸し切りの様だ。
ちなみに朝食や軽食も購入可能。

テーブルや椅子もある豪華なテントサイト
雰囲気が良い。
チェックイン後、昼食兼夕食を食べに街へ。
骨付き鳥肉の煮込み。
食後のチャイは欠かせない。

翌朝、キャンプ場を出発する際にオーナーから二つの物を頂いた。
一つは、キャンプ場のオリジナルマグネット。
もう一つは、ここ「GONCA CAMPING」のショップカードである。
オーナーが「山の中で人に会ったらこれを渡してくれ。」と6枚ほどのショップカードを僕に手渡した。

なんと有無も言わさずサブクエストが発生してしまった。
もしかしたら、オーナーと山で遭遇したときから既にサブクエストが始まっていたのかもしれない。
報酬は100リラで一泊といったところか。

ただ、僕としてもこの素晴らしいキャンプ場を道行くハイカーに紹介できるのならと快くその仕事を引き受けた。
ここから次の街 チュラル≺Çıralı≻までに全て配り切ってやろうという熱量と気合だけは十分だ。

しかし、気合と熱量とは裏腹に一組のハイキンググループにたったの1枚を渡せただけと言う不甲斐ない結果に終わってしまった。
無力である。
ただ、こちらの言い分としてはショップカードを渡せたハイキンググループ含め3組ほどしかすれ違わなかったので、出会った3分の1に配れたのだから良しとして欲しいと言ったところだ。

これがRPG(ロールプレイングゲーム)ならクエスト失敗、報酬なしで終わっていただろう。
今回は報酬が先払いで救われた。

いや、もしかしたら私たちの「リアル」と思って生活しているこの世界も、どこかの世界の種族の生活の中にあるRPGなのかもしれないが…。

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