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この街の


年明け前に、引っ越した。

実家からはそんな遠くない、前から少し好きだった街。

新しい生活には満足している。
築は古いけど、窓がたくさんあって晴れの日の日中は家のどの場所も電気をつけずに過ごせる。


職場の最寄りであるJR飯田橋駅の駅舎が少し前に新しくなった。
とはいっても、普段逆の出口を使っているから馴染みはない。
曲がったホーム部分が、電車との隙間を作って危ないからと、逆側のホームを延長して出口を移動したらしい。

電車の停車位置も変わる。
移動した次の月曜、ホームへ降り立って、いつもと違う景色に頭が混乱する。

あ、停車位置がずれたのか、と納得して
ふと好きだった人に知らせたくなった。

**


高校生のころ、神田川沿いの桜を見たくて総武線の市ヶ谷駅を降りて御茶ノ水方面へ同じ部活の仲間たちと歩いた。

法政大学の学生たちがお花見をしていて、
16歳の私は、盛り上がっている大学生という未知な生き物がなんだか少し、怖かった。

駅についているコンビニの前で男気じゃんけんをした。
私はトッポを買って、歩きながら4人で食べた。

何の話をしていたかなんて覚えていないけれど、暖かくて愛おしい春の午後だった。


その約2年後に、大学入試でまた降り立った。
雪がとても降っていた日。

飯田橋駅の曲がったホームが、雪でかすんでいる。雪の中曲がりながらホームに入ってくる電車がなんだかアトラクションみたいでわくわくした。

試験会場で前の席に座っていた女の子が、休憩時間にガムをくれた。

お礼に、ファミリーパックのキットカットをひとつあげた。

チョコレートとガムを一緒に食べると、溶けるなぁと思いながら。
この子とまた大学で顔を合わせたりするのかな、なんてベタなことを恥ずかしいと思いながら考えたりもした。

結局、違う大学へ進学したのだけれど。

あれから、雪が降った日は必ずあの飯田橋駅のホームと冷たくて薄暗い大学の廊下を思い出す。


社会人になった。
歓送迎会や同僚との飲み会は、お店がたくさんある神楽坂側。

ほろ酔いで向かった西口。
高校生の時ここらへんお花見で通ったんですよね~なんて、何でもない話をほわほわとした頭で何も考えず話したりする。

新生活への期待も、仕事に躓いたときの涙も、愚痴も、生産性のない会話も詰まっていて。
なんだかんだ愛おしい、現在進行形。


**


そして久しぶりに神楽坂方面へ来た。
少し寄り道して、本を買いたかったから。
会社の飲み会は無くなり、めっきりこっちへ来なくなっていた。

用を済ませ、駅へ向かう。

あ、新しい駅舎だ。
新しくなってから初めて入るな、と
工事をしているときに一緒に入った彼とのことを少し思い出した。


泣きながら電話した夜の次の日、会いにきてくれたこと。
隣駅までふざけながら歩いたこと。

ただ走る電車を見ながら、他愛もない話をしたこと。
そしてやっぱりまた歩いたこと。(この日は私がもっと一緒にいたくて駄々をこねて結局2駅歩いた)

この街には私のいろんな時と時とが埋まっている。
それは愛おしいものであって…
最後に書くのがこれなんて、あんまりじゃないか。

急に思い出してしまって、気になっていた本を3冊買い、わくわくしていた気持ちが急にしぼんでいく。

こんなのなんでもないよ、
さっさと前を向けない自分が情けなくて、惨めで、嫌になる。
はやく、大丈夫になって。


少し焦る気持ちを抱え改札へ向かい、ハッと気づいた。

そうだ私、もうJRじゃない、地下鉄だった。


好きだった人は、私が引っ越したことなんて知らない。


そう、そうよ所詮そんなもん。

料理を手際よく作れるようになってきたり、新しいふっかふかの枕でぐっすり眠る私を知らないのよ。


私はまた次の日も地下鉄に乗って、愛着の湧いてきた好きな街に帰るんだ。

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