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『男と女』 許されぬ恋のリアルな結末がせつない

2016年/韓国
原題:A Man and a Woman
監督:イ・ユンギ



どんなに好きでも、どんなに相手を必要としていても、どうすることもできないことがある。この映画では孤独を抱える家庭持ちの男女が出会い、激しく惹かれ合っっていく様とその行く末が描かれる。


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サンミンの息子は普通の子供と少し違っていて行動がユニーク。
夫は息子を特別支援学校に入れることを勧めるが、彼女は普通学校で学ばせることにこだわっている。息子は彼女の全てだった。

そんな息子はお気に入りの消費者金融のCMソングを所構わず口ずさんだり、お風呂の水を飲もうとしたり予測不能な行動を繰り返す。息子を見守り続ける彼女は疲れ果て、人知れず孤独を抱えて生きている。


一方、ギホンの娘は鬱病を患っている。
彼の妻も娘以上に精神不安定で自殺未遂の過去がある。
家族の前でギホンには気が休まる時がない。
心の空洞を埋めてくれる人もいない。
彼もまた寂しさを抱えて生きていた。



サンミンとギホンの子供はフィンランドで同じ国際学校に通っている。
ギホンはフィンランド在住。サンミンは息子の治療のため一時的に渡芬した。
そこで二人は出会った。

2年も(フィンランドに)いるのね。ここは暮らしやすい?

そう尋ねるサンミンにギホンは応える。

まあ、それなりに。
どこに住んでも似たり寄ったりだから
なんだか曖昧で、いい加減な答えね


ギホンにはどっちつかずな曖昧な返事をする癖がある。
彼の優しい性格がそうさせるのだが、曖昧にすることで自分自身を守っているとも言える。


そんな二人は恋に落ちる。

サンミンとギホンは雪に覆われた静かな小屋で体を重ねるが、サンミンは名前も語らずギボンの元を去る。
家庭という現実に戻らなければならないのだから、お互いを深く知る意味はない。


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それから8ヶ月が経ったある日、韓国でいつもの日常を過ごすサンミンの元にギホンが訪ねてくる。フィンランドでサンミンがポツリと語った「南山のふもとで働いている」という言葉を頼りに彼女を探したのだ。

この再開をきっかけに二人は急速に惹かれ合っていく。
孤独も寂しさも二人でいる時は忘れることができる。
心の空洞をお互いが埋め合い、その温もりが現実を忘れさせてくれる。

でも現実逃避の時間は永遠には続かない。
彼らが抱える重たい現実が消滅するわけでもない。



象徴的な出来事はすぐに起きた。
ギホンの妻が自殺を図ったのだ。

幸い未遂で命に別状はない。
しかし、サンミンを愛しながらも現実に引き戻されるギホン。
ギホンはその優しさゆえに家族を見捨てることなどできはしない。
自分を必要としている家族を投げ出す勇気はない。

そしてある時友人に呟く。

なぜこんなに 曖昧に生きているんだろう



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一方のサンミンは、夫に好きな人がいることを打ち明ける。
その結果、自分の人生の大切な一部だった家族と家庭を失った。



一年後、サンミンは家族帯同でフィンランドに帰ってしまったギホンに会いに行く。

そこで彼女が目にしたのは、家族と笑顔で食事をしているギホンだった。
彼らの家族団欒を前に、サンミンはその場を去るしかない。

一方のギホンはタクシーで去って行く彼女を追おうとするが、窓越しのその様子を見ていた娘を前に身動きをとれなくなる。

結局は彼は、サンミンへの情熱よりも今ある現実を生きることを選んだのだ。
いや、選んだというより選択肢がなかったと言うべきか。ギホンには家族から逃げることなどできないのだから。



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ギボンに声もかけることなく立ち去り乗車したタクシーの中で、サンミンの電話が鳴る。

それは元夫から。
そして電話口には消費者金融のCMを歌う息子の声。
この歌の歌詞が本当にくだらなくて、それが虚しさを増幅させる。

それでも息子の歌声を聞いて涙が止まらなくなってしまうサンミン。
失ったものの大きさを知り、それと引き換えに手に入れたかったものが自分のものにはならないことを静かに受け入れる。

人生には、どんなに好きでも、どんなに相手を必要としていても、どうすることもできないことがあるのだ。




この二人の「許されない恋」の結末があまりにリアルで辛い。
人は歳を重ねるにつれ、または抱えている荷物が多くなればなるほど、今いる場所から抜け出すのは難しくなってしまう。悲しいけれど。




ひとしきり泣いたサンミンはタクシー運転手に時間を聞く。
"what time is it now?"
そして時計を探す運転手に、思い直してこう言う。

「It OK   もういいの きっと 知らないほうがいい」


「時間」は現実の象徴だ。
ならば知りたくない時もある。知らない方が幸せでいられる時も。
たとえそれが一時の猶予だとしても「きっと 知らないほうがいい」



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この映画『男と女』の監督が『愛してる、愛してない』のイ・ユンギ監督だと知って納得。孤独や寂しさ、そして情熱が、言葉少なく美しい映像と共に静かに表現されている。とてもせつない物語。

好きな映画がまたひとつ増えました。


(day56)



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