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繰り返される悲しみ 『コインロッカーの女』

韓国ドラマ「トッケビ」を鑑賞以来、女優キム・ゴウンが気になる。
彼女の出演の作品を探してたどりついた映画が「コインロッカーの女」。

キム・ゴウンが闇社会で生きる女のを演じたこの映画は、胸に突き刺さるようなヒリヒリ感のある作品だった。


1. コインロッカーに捨てられた女の人生

まずは簡単なあらすじを。

コインロッカーに捨てられた赤ん坊は、見つかったロッカーの番号「10」を意味するイリョンと名付けられ、チャイナタウンで闇貸金業を営む「母さん」(キム・ヘス)と呼ばれる女に育てられる。感情の一切を捨ててその組織の一員として働くイリョン(キム・ゴウン)は、父親の借金を背負うソッキョン(パク・ボゴム)に出会い惹かれていく。しかし彼を殺すように命じられたイリョンは初めて「母さん」に逆らい、追われる身となる。恐怖でイリョンを支配してきた「母さん」と、彼女に育てられたイリョンの間にある複雑な感情と二人の結末が描かれる。


イリョンは捨て子だ。

他に行き場のない彼女にとって、闇金を営む女ボス「母さん」は唯一頼れる大人だった。

一方で「母さん」は冷酷な女。
相手が子供だろうが関係ない。使えるものは誰でも使い、用がなくなったら捨てるか殺す。利益をもたらさない人間はゴミも同然。

そんな「母さん」の冷酷さを示す場面が劇中の前半に示される。

彼女は、道端で死にかけている犬を見つめるイリョンの目の前で、

手助けしてやらなきゃ

と言ってとどめを刺す。
瞬きもせずその様子を見ていたイリョンに「母さん」は言う。

役立たずになったら お前も殺す


生きていくためには「母さん」に従うしかないと学んだ少女は、感情を殺し闇組織の一員として黙々と働いた。そして「母さん」に一目置かれるまでに成長する。

また、組織にはイリョンと同じように「母さん」に育てられた仲間がいる。「母さん」と彼らはある意味家族のように暮らしている。

とはいえ、「母さん」と彼らの関係は恐怖による支配関係。
働かなければ(それには殺人も含まれる)、そして「母さん」に役に立つと思ってもらえなければここでは生きていけない。彼女に歯向うことはありえない。
なぜなら、彼らには他に帰る場所がない。

そうやって誰かにコントロールされて生きていくうちに、人は希望を失くす。
希望がないということは欲もない。イリョンもそうだった。
だから思考を停止し、深く考えることを避け、淡々と与えられた仕事をこなし生きていた。


2. 希望との出会い

しかし、ソッキョンとの出会いがイリョンを変える。

ソッキョンは父親の借金を背負った青年。
彼は腐らず、料理人になる夢を持ち地道に働き前向きに生きている。

そんなソッキョンの一言はイリョンにとってはある意味衝撃だ。

生まれたからには簡単に死ねない 
楽しく生きなくちゃ


貸金業の従業員として闇社会を生きて抜いてきたイリョンは、金を借りた人間が取る行動、たとえば借金を踏み倒したり、返済を待ってくれと懇願する卑屈な態度を嫌という程見てきたはず。そんな彼女にとって、親の借金で苦労しているにも関わらず、まっすぐ前を見据えて生きているソッキョンは眩しかった。

はじめは「父親が自分を見捨てるはずがない」と信じているソッキョンを冷めた目で見ていたイリョンだが、次第に彼の優しさに惹かれていく。
それはイリョンにとって初めての恋だったのだと思う。
将来の夢を語る彼のためにできることはないかと思いを馳せたり、日頃は服装など気にしないイリョンがワンピースを着たり、今までは考えたこともなかった「希望」が彼女の中に芽生える。

ある日ソッキョンの働く店に借金の回収に行ったイリョンは、成り行きで彼と酒を酌み交わすことになる。そして酔ったソッキョンのつぶやきを聞く。

貧しいのは罪ですか? 許してください
ほんとうにすみません 許してください

前向きに生きるソッキョンだが、彼の心の奥底にも深い傷と苦しみがある。
イリョンはそんな彼を複雑な思いで見つめる。
社会の底辺で生きる彼らの心は人知れず泣いていた。


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イリョンはこれまで、ソッキョンのように率直に優しさや善意を示す人間に出会ったことはなかった。少なくとも自分の住む世界において、無償でそれらを受け取ることなどあり得なかった。

だからこそ、イリョンにとってソッキョンは人生で初めて出会った光であり、「希望」だった。


3. 「家族」という幻想

しかし、悲しいことにソッキョンの父親は息子を見捨てて逃げた。
ソッキョンにとっての「希望」が失われた瞬間だ。

借金の肩代わりとして、ソッキョンは臓器を売られた上で殺されることになるのだが、「母さん」は残酷にもイリョンにその役目を命じる。

「母さん」はイリョンを試したのだ。
彼女がまだ役に立つかどうかを知るために。

しかし、イリョンは「母さん」を裏切りソッキョンを守ろうとする。
彼女は生まれて初めて「母さん」の命令に背いた。

その結果、ソッキョンは殺され、イリョンは追われる立場になる。


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確かに血の繋がった親子だけが家族ではない。
しかし、イリョンと彼女を育てた「母さん」は家族だったのだろうか。

イリョンと「母さん」の関係は一見ただの支配関係に見える。だが、それだけではないはずだ。「母さん」はイリョンたちを働かせる一方で、住む場所と食事を与え育ててきた。生きるために必要なものを与えられたイリョンにとって、それがたとえ「働くこと」の見返りであっても「母さん」に恩を感じたはず。そして、二人の間には少なからず愛情に似た感情が芽生えたのではないか。

「役に立たなければ殺す」という言葉は過激だが、これは親が子供によく言う「言うことを聞かなければお仕置きをする」と原理は同じだ。そして子供は親に認めてもらいたくて一生懸命に努力する。

つまり、恐怖による支配関係というだけではなく、イリョンを含めた「母さん」の子供達は、「母さん」からの愛情を無意識のうちに求めていたのだと思う。実の母親に捨てられた子供たちの承認欲求を満たすことができるのは、「母さん」だけなのだ。


でも、彼らが普通の親子と大きく違うところは、役に立たなければ、それが「死」に直結すること。

たとえば、「母さん」には自分の母親を殺したという過去がある。

そこには「母さん」の掟がある。
「役に立たなくなったら、それが誰であろうと殺す」という例のやつだ。


4. 他の生き方を知らない女たち

絶対的な力を持った「母さん」だったが、イリョンの反逆をきっかけに、育ててきた子供達全員を失ってしまう。

子供達の死を知り、そして自分を殺しにくるイリョンをひとり待ちながら「母さん」はつぶやく。

私は、もう役立たずね


順番が来たのだ。

役に立たなくなったら、殺される。


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イリョンは「母さん」を殺すつもりで彼女の前に姿を現した。
しかし決心はついていない。
それに「母さん」から聞きたい言葉もあったはず。

たとえば「イリョン、お前は家族だ。大切な私の子だ」そんな風に愛情を示してほしかったのではないか。
でも、それは「母さん」のやり方ではない。


"決めたら やる" 私たちのやり方よ

イリョンは泣きながらに「母さん」を刺す。

早くくたばるように手助けしないと

「母さん」は、かつて死にかけている犬にとどめを刺した時に発した言葉をイリョンに投げかける。こんな時でも彼女はブレない。
それが「母さん」の生き方でありやり方だ。

イリョンは「母さん」の言葉に従い、泣きながらナイフを握る手に力を込める。
そんな彼女に「母さん」は言う。

笑って
怖い時は 笑えば楽になる

冷酷な女「母さん」も実はそうやって生き抜いてきたのだと思う。

そして息も絶え絶えにコインロッカーの鍵「10番」をにイリョンに渡し、「死なないで 死ぬ時がくるまで」と別れの言葉をイリョンに告げる。


コインロッカー「10番」には、イリョンと「母さん」の養子縁組の書類がポツンと置かれていた。


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その後イリョンは、「母さん」と同じ道を歩くことになる。

かつて「母さん」がしたように、自分の手で自分を育てた親を殺したイリョン。
彼女は闇組織の女ボスとして、孤独に、死ぬ時がくるまで生きていくのだ。


子供は親の背中を見て育つ。
そして、親の生き方を真似たくないと思っていても、結局は似たような生き方を選んでしまう。好む好まざるに関わらずだ。
だって他に生き方を知らない。


ところで、キム・ヘスが演じた女ボス「母さん」の迫力には圧倒される。
常に冷静、そして冷徹。声を荒げることは一切ない。
むしろ優しく落ち着き払った声。
血も涙もない所業を涼しい顔でやってのける。

だからこそ怖さが一層引き立つ。

そんな彼女がイリョンに対して抱いていた不器用な愛情は「養子縁組」という形になり、その一方で自分の決めた掟に従って命を終えた。

もしかするとこの掟自体、「母さん」の母親から受け継いだものなのかもしれない。だとすれば、「母さん」もまた、イリョンと同じように自分を育てた母親からの愛情を切望して生きてきたのではないだろうか。

親から愛情を示されたことがない彼女は、愛情示し方もわからない。

もしそうだとすれば、「母さん」の抱えた孤独や親子の愛憎の悲劇がそのままイリョンに連鎖しているということ。

いずれにしても、針から入る点滴がごとく、彼らの抱える悲しみが気がつかないうちにゆっくりと体内に流れ込んでくるような作品だ。

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この映画の原題は「차이나타운(チャイナタウン)」。
個人的には「コインロッカーの女」という邦題の方がしっくりくる。
というか、このタイトルに物語の全てが暗示されているように感じる。
秀逸なタイトルだと思う。



写真:HKにて

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