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廃業危機の最中に継いだ家業。僕らは、カップで人の願いを叶える世界一になる〈後編〉|丸朝製陶所 松原圭士郎さん

こんにちは。美濃加茂茶舗です。

美濃加茂茶舗マガジン「三年鳴かず飛ばず」。今回のゲストは丸朝製陶所 代表の松原さんです。前編では、焼き物が好きではなかった松原さんが、どうして家業を継ぎ、倒産の危機にあった会社をどのように立て直してきたかをお伺いしました。

後編は、丸朝製陶所の特長を生かしたプロダクト[チャプター]開発のお話と、「MADE IN TAJIMI」に込めた思いについてお伝えします。

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松原圭士郎さん|丸朝製陶所 4代目社長/グローバルカップディレクター/コーヒーをこよなく愛す
焼き物の町 岐阜県多治見市滝呂町生まれ滝呂町育ち。製陶所の跡継ぎなら誰もが通う陶磁器専門の学校ではなく、普通大学へ進学。卒業後、修行のために別の製陶所で働いたのち、父が代表を務める「丸朝製陶所」へ転職。数年間工場長を経験し、四代目社長に就任。廃業の危機にあった家業を回復させ、現在は国内外問わず名だたるブランドカップのOEMを担っている。

聞き手は、美濃加茂茶舗の伊藤と松下です。

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伊藤尚哉|美濃加茂茶舗 代表取締役/日本茶インストラクター/好きなお茶は東白川村の在来茶
1991年生まれ。24歳のときに急須で淹れる日本茶のおいしさに魅了され、2016年から名古屋の日本茶専門店・茶問屋に勤務。2018年に日本茶インストラクターの資格を取得(認定番号19-4318)したことを機に、お茶の淹れ方講座や和菓子とのペアリングイベントなどを企画。2019年「美濃加茂茶舗」を立ち上げ。

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松下沙彩|美濃加茂茶舗 取締役/日本茶アドバイザー/好きなお茶は東白川村の萎凋煎茶
2007年より広告代理店にて国内企業のコミュニケーションプランニングに従事。2019年に独立し、美濃加茂茶舗立ち上げ期よりプロジェクトマネージャーとして参画。同年「日本茶アドバイザー」の資格取得。2020年伊藤と(株)茶淹を共同創業。なんでもやります。

「100年使える湯のみ」のための土選び、成形、焼成。コストも手間もかかる[チャプター]は簡単には真似できない

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松下:[チャプター]は、丸朝製陶所の特長を最大限に生かした湯のみですよね。

丸朝製陶所の特長:1,300℃で焼き締める「還元焼成」で、土の雰囲気を残しつつ、業務用として使える強度・耐久性を兼ね備えた磁器をつくることができる

伊藤:最初に図面を見た時や、TENTさんが用意してくれた3Dプリンターで作ったサンプルを見たときの第一印象はどうでしたか?僕自身は、このデザインを焼き物で作れるのか正直不安でした。

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▲プロダクトデザイナー「TENT」の青木さん(左)と治田さん(右):チャプターのプロダクトデザインを担当いただきました

松原さん:すぐに作れるとは思わなかったけど、考えればできるという印象でしたね。あとは、僕らの要望を聞いて必要な修正を受け入れてくれれば可能だと思いました。

いただいた図面やサンプルは角がピンピンし過ぎていたり、すごく薄かったり、焼物で実現するのは難しいなと感じる点がいくつかあったので、そこを相談しながら修正してもらいましたよね。

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どうやって焼こうかはかなり悩みましたよ。だいたいどんなものでも成形はできるんです。でも、図面通りの形に焼き上げるのが難しい

例えば、チャプターは高台(器の底に付けられた台)がないデザインなので、釉薬を使う「マットブラック」と「クリアグレー」は、外側は底面も含めてすべてに釉薬がかからないといけない。だから飲み口側を下にして焼きたいけれど、それはそれで飲み口が重力で開いてしまうんです。だから開く分を計算して成形しておくなど、試行錯誤しています。

土選びも色々と考えました。お茶は長年使うと茶しぶがどうしても付いてしまうから、無釉薬でも色移りがしないこの土を提案しました。

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松下:一番難しかったのはどの部分ですか?

松原さん:蓋はね、今でも難しいですよ。僕らは土を「殺す」って表現を使ったりしますが、土って生きているとだめなんです。要は空気が入っている状態。土が生きていると、歪みが出たり切れが出たりするので、完全に殺さないといけない。殺すために、成形のときに密度を高くして、空気がない状態、遊びがない状態を作ります。これができないと焼き締めがうまくいかない。

この状態を作るのが、[チャプター]の蓋だと難易度が高いんですよ。

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立ち上がり部分を作るのと、真っ平らな部分で土を締めるのが難しい。コテ(金型)と型の角度を完全に一致させる技術が必要で、少しでもコテの位置がズレたりすると土が逃げてしまいます。

完璧にしないといけなくて、今でも相当苦労しながらやっています。蓋の成形はどのメーカーでも簡単にできるものじゃないですよ。

CHAPTER_セット3個フタ_グレー_ブラック_素地

本体は成形面では蓋ほどの緻密さは求められないですが、先ほど説明した通り焼くのが難しいですからね。伏せて焼くってのはノウハウが必要です。

松下:本体は焼成が難しくて、蓋は成形が難しくて・・・どちらも難しいわけですね。

松原さん:そうです。難しいアイテムのときには僕も立ち会うことにしているのですが、チャプターは立ち会わないとうまくできないと感じたアイテムですね。

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伊藤:他に、丸朝さんでしかできない点はありますか?

松原さん:時間とお金がもらえればどのメーカーでもできないことは無いかもしれないけど、今回の原料をプロダクトとして量産できるとなると、今の日本では三社ぐらいかと。そもそもこの土を還元焼成できるメーカーが私が知る限り三社しかないんですよ。

そのうち、この蓋を作れるのが二社。さらにこれを伏せて焼いてくれるところは、多分、うちだけでしょうね。ということよりも「面倒くさいからやりません」って、みんな断ると思いますよ 笑。

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だからこれは、誰にも真似されないプロダクトじゃないかな。プロダクトって、売れると真似されるじゃないですか。でもね、[チャプター]は真似できない。真似されるのが嫌だから、僕はこの原料を探して、還元焼成で焼いてます。酸化焼成にしちゃうと、できるメーカーがいっぱいありますからね。

松下:この土を還元焼成するのは難しいものなんですか?

松原さん:還元焼成できる窯を持っているメーカーがそもそも少ないんです。酸化焼成よりコストがかかるので。

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松下:伏せて焼くのも難しいのですか?

松原さん:それも道具が必要なんです。あと、なんと言っても手間ひまがかかる。嫌がるところが多いですよ。

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伊藤:そうなんですね。本当にありがとうございます。そんな[チャプター]の中で、松原さんならどの色を買いますか?

松原さん:絶対に「クレイベージュ」です。うちにしかできないですもん。土にそのまま触れる食器ってなかなか無いですしね。世の中にある食器はたいてい釉薬がかかっています。釉薬をかけないと水を吸うし汚れてしまうからです。

でも[チャプター]のクレイベージュは、無釉薬なのに吸水性も無いし、手垢がついても目立たないし、このまま置いておいても絵になるでしょ。

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この土で、しかも還元焼成だからできる、他にないプロダクトなんです。使えば使うほど幼少のとき遊んだ泥団子のようにツルツルになってくるから、そういう変化も楽しみですしね。本当に、素材をそのままを楽しめます。

次に買うとしたらクリアグレーかな。このグレーは、この土でしか出ない色で、釉薬でつくることができない色なので。どんな釉薬屋さんに頼んでも同じ色は絶対に作れない。この土の鉄分と透明釉薬が反応して織りなすグレーなんです。

CHAPTER_単体_グレー2

松下:クリアグレーと名付けた通り、透明感があってキレイな色で、お客様からも人気が高いです。

伊藤:造り手として、使う人にどんな点を楽しんでもらいたいですか?

松原さん:湯のみとしての提案が一番ですが、これは万能なプロダクトですよ。極端な話、蓋があって底の形状が丸いのでスプーンですくいやすいから茶碗蒸しとかにもいいですよ。耐久性があるから全然大丈夫です。もちろんコーヒーとか、氷を入れて焼酎を飲むとか、お茶以外の飲み物にもいいと思います。

(ーーーちなみにこのお話を聞いて茶碗蒸しを作ってみたところ、本当に美味しく作ることができました◎)

CHAPTER_説明_湯量ガイドラインのコピー

吸水性が無くてカビが生えない特長を生かして植木鉢にもできますね。表面を清潔に保っておけるからテーブルに置けちゃいますし、そうやって何にでも使えるのが磁器のいいところです。

松下:いいことしかないですね。

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松原さん:磁器はね、いいんですよ。

丸朝製陶所の存在意義は、一緒に想いを実現すること

松下:こうしてお話を聞くと、本当に大変なプロダクトを作っていただいていると改めて感じます。どうして受けてくださったのでしょう?

松原さん:OEMの世界一を目指すメーカーとして、来た仕事は形にしたい思いがあります。お客さんの実現したいことを叶えるのが丸朝なので。それが私たちの存在意義ですからね。

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伊藤:多分他の企業と比べたらロットも少ないですし、形状も難しいし、丸朝さん以外にはお願いできなかったと思っています。

松原さん:この案件単体での利益はあまり出ないんですよ。あ、全然悪い意味で言ってないです!でも、美濃加茂茶舗さんはたくさん「丸朝」を伝えてくれるじゃないですか。クラファンにしろメディアにしろ。

それだけで僕もスタッフも嬉しいし、伝える作業は僕らではできないから、代わりにしてくれるってゆうのが「利益」なんですよね。

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それに、打ち合わせを通じて、TENTさんも美濃加茂茶舗さんも、「一緒にプロダクトを作っていける人たち」だとすごく感じました。色んな人にお話をいただきますけど、全部を受けているわけじゃないんです。想いがあるかどうかは見極めます。売れそうだから作ってください、だけじゃやりがいがないし、僕らが作る意味がない。

今回の仕事を依頼して頂きとても感謝しています。美濃加茂茶舗さんがお客さんに発信してくれている内容は、うちのスタッフ全員にも伝えているんです。作り手に伝えないといいものはできませんから。僕らみんなにとってやりがいがある、すごく嬉しい仕事になっています。

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「MADE IN TAJIMI」を伝えることが、自分たちの価値に繋がっていく

伊藤:ありがたいです。丸朝さんがMADE IN JAPANではなくMADE IN TAJIMIにこだわっているのはなぜですか?

松原さん:「MADE IN JAPAN=日本で製造されたもの」という理解は間違ってはいませんが、実は法律上、最終工程を日本で行えば MADE IN JAPAN と言えてしまいます。MADE IN JAPAN と書いてあっても途中まで中国で作られたものなども含まれていて、マグカップなんかは特にそういった事例が多いんですね。

▼丸朝製陶所|Made in Japan とは
http://maruasa.blogspot.com/2020/09/made-in-japan.html

法律で許されているので仕方のないことではありますが、メーカーとしては心が痛い問題です。うちで最初から最後まで手掛けたMADE IN JAPANも、途中まで他の国で作られた”MADE IN JAPAN”も、一般の人からしたら同じに見えているだろう現状をなんとかできないかと。でもいい方法がなかなか思いつかなくて。

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そんな時に、「ラ・マルゾッコ」というエスプレッソメーカーの商品に「handmade in florence(フィレンツェ)」 と書いてあるのに気づいたんです。「MADE IN ITALY」ではなくて。

「これだ!メーカーってこうあるべきだ!」と思いました。マルゾッコが「MADE IN ITALY」と言わないのには、きっと僕らと同じ理由があるのだろうと調べたら、イタリアの伝統産業も日本と同じような状況にあることがわかりました。東南アジアや中国に建てた工場で製造の殆どを行っているプロダクトと一緒くたにされたくないという意思表示なんだと理解しました。

そこからうちもずっとMADE IN TAJIMIと書いていますし、海外とのコラボカップはTAJIMI CUPと名前付けました。MADE IN JAPANの価値が薄れてるからこそ、本当の産地を伝えていくべきだと思います。

CHAPTER_単体_ブラック2のコピー

「美濃焼」も同じで、100均の商品から人間国宝の作品までをまとめて美濃焼と呼ぶのには違和感があって。材料も成形方法も焼き方も違うのに、ひとくくりに美濃焼にされると、自社の価値が無くなってしまいます。だからうちは一切「美濃焼」とは名乗っていません。

MADE IN TAJIMIを伝えることで、自社の価値が高まっていくと考えています。美濃加茂茶舗さんにはそのへんを理解いただいて、プロダクトにも反映していただいたので嬉しく思っているんです。

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これから[チャプター]が売れて、お茶の文化も広まっていくといいですよね。応援しています。


🍵 編集後記 🍵

はじめは焼き物について何も知らなかった私たちに、嫌な顔ひとつせず毎回丁寧に対応してくださった松原さん。取材を通して、プロジェクトを進めているときには聞けなかった、松原さんと陶磁器の、馴れ初めと歩みを知ることができました。

いつも「最近どうですか?」「こうしてみたらどうですか?」と、[チャプター]のこと以外まで気づかってくれるのは、ご自身が工場の立て直しに奔走していた時期と、今の美濃加茂茶舗を重ねて見てくれているからかもしれません。

”鳴かず飛ばず時代”に、自分たちの価値を考え抜き、動き続けてきた松原さんと丸朝製陶所の皆さんだからこそ、[チャプター]という手間のかかるプロダクトを受け入れてくれたのだと感じました。

伊藤曰く。———お客様の要望に徹底的に寄り添いながらも、丸朝としての製品に対するこだわり、信念は絶対に曲げない”真の造り手”。

松原さん、ありがとうございました。 

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[文]美濃加茂茶舗 |松下沙彩( @saaya_matsushita )


▼[チャプター]は美濃加茂茶舗オンラインストアで販売中です


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