出荷の話
今日は朝からとても涼しい日だった。
連日、都市圏で40℃近く気温が上昇しているニュースがテレビで流れているが、僕がいる島では今朝の気温は20℃を切っていた。なんなら少し肌寒いぐらいだ。もう少しで夏が終わりそうな空気が漂っている。
午前中はいよいよ羊を出荷する。大きく育ったマトン3体とラム1体だ。この仕事について初めて体験する出荷作業。羊飼いにとって一番大事と言える業務だ。自分達の食いぶちにかかっているわけだがら。
事前に出荷する個体にはスプレーで背中に番号を書いており、出荷する個体は一つの柵の中で面倒をみていた。この日の朝の餌は、出荷する羊にとっては最後の晩餐となる。
朝の餌やりが終わり、雑務を一通り進めてからトラックに羊を乗せる準備をする。
トラックを羊が暮らしている柵の前につけ、荷台までスムーズに誘導できるようスロープを設置する。スタッフ総出で作業を羊の目の前で行う為、羊舎には緊張感が張り詰めている。この緊張はきっと羊にも伝わっていた。
準備が完了すると、バケツに入れた餌を囮に羊を荷台まで誘導する。マトン2体は暴れることなくスムーズに荷台まで運べたが、残りの1体がなかなか前に進まない。それどころか、柵の中を逃げ回り挙げ句の果てには柵を飛び越え暴れに暴れる始末。育ったマトンは100kgを越える。まともに体当たりを喰らうと怪我につながりかねない。
2人がかりで最後のマトンを捕まえ、なんとか荷台まで運ぶ。荷台に載せられた羊たちが今から自分達が屠殺場に向かうことを知ってるかどうか、僕たちは羊じゃないから分からない。いつもと違う空間に移動させられて戸惑っているようにも見えるし、荷台から聞こえる鳴き声は、普段聞き慣れた鳴き声と違う気もした。
目の前で起こっていることは紛れもない現実だ。どれだけ愛情を注いで育てても、最終的にこの場面に繋がることは最初から決まっている。羊たちは商品だ。家畜なのだ。
まだまだ見習いの立場とはいえ、業務にも慣れてきた。自分の感情のコントロールも出来てきてるつもりだが、いざトラックに載せられた羊をみると色んな思いが生まれる。
何も考えずに肉を食ってるより、生命に責任を持って育み、感謝の気持ちを持とうとしてるだけきっと幾分かマシだ。そう自分に言い聞かせることで、なんとか感情を制御する。
羊たちがいかにストレスを感じることなく、また肉となる身体に傷をつけることなく屠殺場まで送り届けることが羊飼いの使命である。
頭でどれだけ考えても、やはり疲れるものだ。これからこの場面は幾度となく見ていくことだろう。そして、機会を重ねるにつれ、きっとこの感覚は段々薄れていくのだろう。
なるべく、今日の出来事を覚えておこう。今はそれ以上の事は思えない。そんな気持ちを抱きながら、トラックに載せられた羊たちを見送った。彼らは数日後、僕たちの元に肉となって届けられる。
このノートは一人前の羊飼いを目指す見習いの日記。
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それでは今日も良い1日を。
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