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みんなのNPO研究室レポート|#01「よりよい社会をつくる仕事・活動に携わるわたしのキャリア」

みんなのNPO研究室、第一弾トークセッションを5月29日に実施しました。
初回のテーマは「よりよい社会をつくる仕事・活動に携わるわたしのキャリア」。

今回のゲストは…
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念に、途上国の素材と職人の手仕事から生まれたバッグ、ジュエリー、アパレルなどを手掛ける株式会社マザーハウスで働く小島 優さん。

静岡県立大学国際関係学部 2007年卒

宮城県石巻市で、「すべての子ども・若者が自分の人生を自分で生きる」ことができる地域社会を目指して活動する、NPO法人TEDIC 代表理事の鈴木平さん。

静岡県立大学国際関係学部2011年卒

東日本大震災をきっかけに、「被災する前に、できることをしておきたい」という想いのもと、静岡2.0 という市民団体を立ち上げた大原 みちのさん。

静岡県立大学国際関係学部2014年卒

企業・NPO・市民活動というそれぞれ異なるフィールドで、よりよい社会にむけて事業や活動に取り組む3人のキャリアについてお話を伺いました。

(ファシリテーターは、みんなのNPO研究室の村松可菜が務めました!)


ビジネスを通じて途上国の可能性に光を当てたい -小島優さんのキャリアの歩み

まずは、小島さんの現在に至るまでのキャリアの歩みについて伺いました。

幼い頃から海外への憧れがあり、中学生時代に緒方貞子さんに影響を受けたことで、国際社会への関心をいただくようになった小島さん。大学卒業後、食品商社へと就職をしますが「20代のうちに海外で働く経験をしたい!」と、イギリスへワーキングホリデーに行く決断をします。

小島さん:ワーホリ=遊びと思われるのがいやで、思いっきり働いた2年間でした。職を決めずに現地に行って、日本食レストランでアルバイトしながら現地のエージェントに登録し、最終的にはイギリス系の旅行会社で働くことになりました。英語力ある方だと思っていたけど全然ダメで、苦労したこともあったけど、現地の働き方を経験できたのがよかったです。自分にとってはとても楽しい2年間でした。

ワーキングホリデーから帰国後、イギリスに行く前から採用選考への応募を検討していたマザーハウスに応募をしますが、その時の選考では採用には至らなかった経緯があります。それでも、マザーハウスで働くことを諦めずにチャレンジを続けた背景には、学生の頃に経験した原体験がありました。

小島さん:一度落ちてしまった時にマザーハウスで働くことを諦めていたけど、産休中に自分のキャリアの棚卸しをする中で、学生時代にバングラデシュのグラミン銀行にインターンへ行った経験を思い出したんです。そこで、「ビジネスを通じて光が当たらないところに光を当てたい」という思いが蘇ってきました
元々やりたかったことと現在地がかけ離れていることを感じていた時に、今担当している「E.(イードット)」の広告をSNSで見て、新しい事業が立ち上がったタイミングでもう一度、ダメもとで挑戦してみたんです。
もう一度挑戦できたのは、自分の原体験に立ち返った時に「ビジネスを通じて可能性を広げたい」と思ったから。”途上国”と呼ばれてしまう、多くの方がマイナスのイメージをもつ国に対して、プロダクトを通じて素晴らしい資源・技術があるという可能性を伝えられるし、プロダクトを通じてお客様自身が新しい自分に気づけるという可能性が、この仕事にはあると感じています

働くことを通じて「生きていく・人と関わるうえでの"問い"」をもらえた -鈴木平さんのキャリアの歩み

続いて、鈴木さんの現在に至るまでのキャリアの歩みについて伺いました。

大学在学中は、複数の学生団体に所属しながら、現在も静岡県立大学で活動する「環境サークルCO-CO」を立ち上げるなど、精力的に活動をしていた鈴木さん。その中で、鈴木さんが働くこととなる「公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(以下、 CFC)」の理事と出会うなど、その後のキャリアにつながる出会いが多く得られた学生時代を過ごされたそうです。

ただ、大学卒業後にいきなりNPOに就職したわけではなく、IT系ベンチャー企業への就職を決断しました。

鈴木さん:当時考えていたことが稚拙で恥ずかしいと思うけど、振り返ってみると「まず力をつけないとNPOでやっていけいないのでは、特にビジネス面の力が必要だ」と思ってITベンチャーに就職しました。NPOはいいことやっているんだけど財力や仕事の力量の面で足りていない部分があるという感覚をもっていたので、そういう面の力がないとやれないんじゃないかと感じていました。

ITベンチャーで2年ほど働いたのちに、CFCへと転職をします。CFCで約4年働いたタイミングで、鈴木さんにある転機が訪れました。

鈴木さん:2018年頃に今後の働き方について見つめ直す出来事があり、働く場所について選択をしなければならない状況にありました。東北に残るか・離れるか決めなければならない局面に立った時に、東北という地域や出会った人たちにとても強く魅力を感じていたことに気づいたんです。そして、東北に残る選択肢を選びました。
同じ時期に、TEDICから「一緒に働かないか」と声をかけてもらっていて、TEDICへの転職を決めました。TEDICを選んだのは、後から振り返って考えるといい選択だったと思っています。当時は気づいていなかったけど、自分は人を能力でみたり、結果が全てという価値観で育ってきていました。TEDICで、いろんな状況の中で生きている子どもたちやスタッフ・ボランティアと関わるなかで、自分の価値観や、生きること・人と関わることの問いをたくさんもらえた。それがすごく苦しい時期もあったけど、今はすごく良い選択だったと思っています。
NPO業界の中にも能力主義がすごく埋め込まれているとおもっていて、「生活困窮者をこの数だけ支援すればいくら財源がもらえる」という仕組みもある。社会の中に蔓延っている能力主義の価値観がケアの現場にも影響を及ぼしていることは想像していなかったんです。TEDICに入る前の自分は「純粋にいいことをしている」としか感じていませんでした。

地域と関わることをライフワークにしたい -大原みちのさんのキャリアの歩み

続いて、大原さんの現在に至るまでのキャリアについて伺いました。

大学在学中に休学をして、愛媛県愛南町でアルバイトとして働いていたという、珍しい経歴を持つ青野さん。この愛南町での経験が今の働き方にも繋がっているそうです。

大原さん:愛南町という小さな町に精神病院が一つあって、そのスタッフと患者、地域の方々がNPOを運営しているんですが、障害がある人も高齢者も「共に生きる、共に働く」というのがコンセプトでした。
お世話になっている大学の先生を通じてその存在を知ることができたのですが、当時の自分の中では「農業と地域」が一つテーマになっていて、ちょうど愛南町のNPOで農業にも取り組んでいたことや、自分自身の家族に精神障害を持つ人がいるなかで、自分の中の気になるテーマが全部あるとおもって愛南町に行きました。そのNPOでは、理事長をはじめとした皆さんが、他に自分の仕事を持ちつつNPOを運営していました。その姿を見ながら、仕事をしながら地域で活動するという姿勢がいいなと感じました。

休学後に「静岡2.0」を立ち上げた大原さんですが、休学中、愛南町で働いた後に石巻に訪れた経験が団体発足に大きく影響しています。

大原さん:愛南町にいた時にたまたま石巻で活動している方と知り合いになって、愛南町で働く期間が終わったタイミングで石巻に滞在させてもらいました。自分の地元である焼津と石巻がすごく似ていると感じて、自分の地元が被災したらこうなっちゃうと感じたんです。福祉避難所という、仮設住宅に1人で住んでいたけど生活がままならなくなってしまった方や、DVの問題など、さまざまな問題が生じている方が避難して暮らす場所に伺って、お話を伺うことがありました。福祉避難所にいらっしゃる方々の「人とのつながりの弱さ」を感じた一方で、他に目を向けるといろんな人たちと繋がりをもって前を向いている方もいて、普段の人との繋がりが震災後の困難に大きく影響していることを感じたんです。防波堤をどうするとかそういうことはできないけど、人とのつながりを事前に作っておくということは学生の自分でもできるかもしれないと思いました。そして、愛南町に行っても、石巻に行っても、自分の地元のことを考えている自分がいて、静岡に帰ったら自分の地元で何かをしたいと考えていました。自分の両親が、読み聞かせのボランティアや地域の役割を担っているのが普通だったので、地域と関わることをライフワークとしたいとおもって、静岡2.0を立ち上げる時も、学生団体ではなく地域団体にしようと言って社会人の方も仲間にして、卒業後も活動を続けるつもりでスタートしました。

現在、子育てをしながら活動に関わる大原さんですが、ライフステージの変化の中で、団体活動を続けていけるか悩んだ時期がありました。「自分が活動から離れたら静岡2.0は終わってしまうのでは」と考えていた時に、大学の後輩でもある静岡2.0のメンバーが代表を引き継いでくれたことで、現在も子育てをしながらライフワークとして活動に関わり続けることが出来ています。

企業・NPO・市民活動、それぞれの「良さ」と「葛藤」

後半のトークセッションでは、「今の携わり方だからできること・できないこと」について3人にお話を伺いました。

小島さん:自分は「0→1」で新しく物事を生み出したいタイプではありますが、会社の戦略と紐づけた中で自分のやりたいことを整理し、お客様にどれだけ価値のあることなのかを考え、会社の利益や成果につながる提案やアウトプットをしていく必要があります。単純な「やりたい」という想いではできないというのが、大原さんたちのような市民活動との違いとしてあるかもしれません。

鈴木さん一般的には「NPOってボランティアでしょ?」って言われることが多いです。そして、理解してもらう難しさもある。あと、去年から代表をやっていますが、自分の思いだけではなく、周りの思いも汲んで"代わりに表す"役割を担う歯痒さもあったりします。「自分がやりたいことができる」という訳ではなく、いまの組織で出来ないことは他の場所でやっていく必要があることも考えています。

大原さん自分達の無理のないペースを大切にしながら、他のメンバーの生活にも配慮し合いながらできているのは良い点だと思っています。仕事として市民活動センターにも関わっていますが、行政の仕事になるので、枠組みや自分が持つ権限のなかでできることが限られてしまうと感じます。葛藤は、仕事でやっているみなさんに比べたら注ぎ込める時間が少ないので、歯痒いです。「いま自分たちが大切にしていることを取捨選択する必要があるよね」ということもメンバーと話しています。

取り組みの先にある「よりよい社会」とは

トークセッションの最後に、ゲストの3人が考える「よりよい社会とはどんなものか」についてお話いただきました。

小島さん:一回失敗をしたり、成功のレールから外れても何度でも戻って挑戦できる社会、違いを尊重して認め合える社会だと感じています。マザーハウスの役割として「途上国の可能性に光を当てる」というものがありますが、「可能性に光を当てる」という意味で、いつでも誰でもチャレンジできるようになるといいなと感じています。周りと支え合いながら可能性を発揮できるといいなと。自分自身、20代の時期に悩んで葛藤して、36歳でマザーハウスに転職しました。一回り年齢が下の方が上司という環境の中で、自分自身の可能性も証明したいと思っています。

鈴木さん:この問い自体を問い続けることがより良い社会に繋がるのではと考えていました。前提として、自分にとっての社会をどう設定するかが大事だと思います。自分1人、自分と家族・・・何に置き換えるか。石巻を社会とした時に、TEDICだけがよりよい社会を考えても仕方がないとも思います。子どもたちや住民の方と一緒に考えないと意味がない。一つの言葉に決めたほうがスマートだと思うけど、余白がある価値観や考え方があって、ずっとみんながそれを問い続けることで、それぞれに生きやすい社会の在り方が生まれることが大切だと思います。

大原さん:社会をどう捉えるかという場合に、自分自身もひとりのメンバーだと思っていて、まずは自分自身が元気でいることも大事だと思っています。あとは、どんな状況でも納得していられること。生きているといろんなことが起きると思うけど、どんな状況でも納得していられるということが大切だと思っています。誰もが納得しながら生きていられるためには、納得できない現状を草の根から変えることができたり、選択肢を増やすことができたり、はたまた自分が変わらなくても大丈夫と思えるくらい柔軟で包摂的な社会や地域だといいなと思います。

※上記コメントについて、イベントでの発言をもとに一部加筆修正を行いました。

三者三様のキャリアの歩み、そしてそれぞれの携わり方における良さや葛藤まで、たっぷりお聞きすることができた2時間でした。「社会をよくしたい」という想いを持った時、どんな働き方・生き方ができるのかを具体的に知ることができた機会になりました。

ゲストの小島さん・鈴木さん・大原さん、そしてご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!

動画アーカイブについて

なお、当日の様子は以下のアーカイブ動画からもお楽しみいただけます。
ゲストのお話をもっと知りたい方は、ぜひご視聴くださいね。


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