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バカで幼稚で情けない全ての男たちへ…映画「泣く子はいねぇが」で泣き叫べ

本当にどうしようもない。

仲野太賀演じる主人公には、その言葉しか浮かんでこない。吉岡里帆演じる妻との間に娘が生まれたばかりだが、夫婦仲はかなり険悪な様子。なんとか家族を再建したいと思ってはいるのに、それとは真逆な行動をして破滅。そのせいで、妻からは三行半を突きつけられ、地域にも迷惑をかけ、兄の結婚は破談に。そこから逃げるように故郷・秋田から上京して数年奮闘するも、やっぱり元妻や娘が忘れられずに帰郷してしまう…。

本当にどうしようもない。けれど…

これを書いてるだけで、「本当にどうしようもない男」としか思えない。妻からの軽蔑的な視線は、映画を見る者の気持ちでもある。でも、どうしてだろう。なんで憎めないのか。なんで全否定できないのか。この空回って、空回って、ズルズルと落ちていく感覚。本当は何より大切だとわかっていながら、うまくそれを行動に移せない、バカで幼稚で情けない男の姿。それは恐らく、全てではないにせよ、どこか自分にも思い当たるふしがあるせいなのか。「男は不器用じゃけん」なんて時代錯誤も甚だしいが、いやはや時代云々ではなく、やっぱり男はバカで幼稚で情けないものだ。その正反対の存在として妻が描かれていることもあり、今作ではそれがより強調されている。

ちゃんとして!

微かな希望を抱き故郷に帰っても、もちろん妻と元サヤに戻れるわけもなく、「再婚したい人がいる。もう会えない」と言われてしまい、終いには「養育費を払えるのかよ?」と逆上させて逃げられてしまう。そもそも定職にも就けずに、密漁で警察沙汰まで起こしてしまう男にそれは無理か…。妻の言葉を借りれば、「本当にちゃんとして!」ということに尽きる。でもでも、なんでだよ。なんで、こんなに憎めないのか。

悪いことはそれだけじゃない。年老いた母は体にガタがきているし、兄からは「ここから出ていけ」とも言われてしまう。親友は密漁の件で罪をかぶりパクられ、せっかく帰ってきたのに何一ついいことはない。因果応報。自業自得。自己責任。そんな言葉はこの男のためにある。

成長した娘の顔がわからない? その瞬間に…

しかし、男を変えた瞬間がある。保育園の遊戯会にひっそりと忍び込み、娘の劇を見るのだが…。あれ、自分の娘の顔がわからない? おまけに元妻は再婚相手と一緒に笑顔で動画撮影をしている? ここにきて初めて男は自分自身が、バカで幼稚で情けないと感じたのではないか。あの涙は自分への軽蔑の涙だ。そんな男、そんな父親、笑っちゃうくらいに最低だ。

父親としての最初で最後の覚悟に…

“なまはげ姿”の仲野太賀と吉岡里帆が言葉を交わさず、表情だけで演技をするシーンが素晴らしすぎる。物語のラストは、方々で語られているように心を撃ち抜かれまくる。

男はケジメをつけるため、ある行動にでる。そんなことをしたら、もう二度と娘に会えないだろうし、故郷にも居場所はなくなるのは確実だ。それを承知で、父親として最後の覚悟を見せつける。娘の幸せを祈り、元妻の幸せも祈り、「泣く子はいねぇが!!」と叫ぶ。本当にバカで幼稚で情けなく、どうしようない。でも、なんでこんなに泣けてくるのか。

後悔と覚悟と怒りと悲しみと、そして愛。そのどれもが合わさったようでいて、そのどれでもないような心からの叫びを聞いてほしい。大人になりきれない、なりたくない、なりたい…なんでもいい。バカで幼稚で情けない男たちに、この叫びを聞いてほしい。

思い出せば出すほど名シーンばかり

視聴直後より、時間が経ってからの方がズシンとくる真の傑作だと思う。例えば、元義母・余貴美子と元義娘・吉岡里帆の偶然の再会シーン。なんで吉岡里帆があんなに別れがたくお辞儀を重ねるのか。亡き父が撮影したと思われる、幼少時代の運動会のVTRを再生する爆笑シーン。数え上げればキリがないが、そういったことを考えるだけで、なんだかもう胸がいっぱいだ。

佐藤快磨監督の脚本・編集は素晴らしく「是枝裕和が惚れ込んだ新たな才能」という触れ書きはただの宣伝文句じゃない。

DVD / Blu-ray発売に先駆けてNetflixで先行配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81413985



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