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肥後百景#10【下江図湖】

僕は釣りが苦手だ。

けれど、なぜか時々したくなる。

仮に万が一、たまたま釣り上げてしまったとしても魚を触る事ができない。

あのヌメっとした体と、鱗がすぐ剥がれて手に付く感じといい、臭いといいどうにも受け付けない。

おまけに、少しおとなしくなったかと思って頑張って触ろうとする時に限って

ドゥインドゥインなって暴れ倒すあの感じがとにかく苦手なのだ。

じゃあそこまで明確な嫌悪感を抱いた僕がなぜ魚釣りをたまにしたくなるのか。

それは、釣り人がなんとなくかっこいいと思っているからだ。

熊本にはいろんな名称があるが、その中に

「水の国、熊本」

という呼び名もある。

熊本は、とても水資源が豊富で、水が美味しい。

家庭の水は100%地下水でまかなわれている珍しい土地である。

市街地付近を流れる川は綺麗で魚がたくさん泳いでいる。

横浜のビブレ前にある溝川を初めて見た時に、なぜか自分も都会の人間になってしまったと荒んだ気持ちになったのは故郷の川を知っていたからだろう。

関東に出てきて一人暮らしを始め、初めてシャワーを浴びた時、水の臭さに

「これシャワーの意味あるんか?」

と絶望感を味わったのは今となっては懐かしい思い出で、もはや匂いすら感じなくなった自分は完全に調子に乗っているお上り野郎である。

とにかく綺麗な水に囲まれ、それが当たり前のように育ってきた。

県内各地に水の名所がある。

その中で、市内にある湖によく行った。

江津湖。

結構広い湖で、高校生がボートの練習を行なっていたり、デートに来たカップルがアヒルボートでキコキコしながら愛を確かめ合っていたり、たくさんの人に親しまれている場所。

ここによく親父と来た。

何しにって、釣りしにだ。

親父はとにかくマイペースで、たいして指導助言もなく

ガンガン釣竿をぶん回した。

そして、タバコを咥えながらじっと待ち、一瞬の反応を見逃す事なく

魚をガンガン釣った。

その度に、ぐわははははと悪魔みたいな笑い声を響かせ

ニカっと笑いながら自慢すると、ポイっとリリースしては竿をぶん回すのを続けた。

なんとなくその姿がカッコよかったのだろう。

豪快な姿に憧れ、自分も準備がやっと整うと

思いっきり竿を振りかざして江津湖に放った。

勢いよく飛んでいくルアー

初めて買ってもらったルアー

美しい放物線を描きながらは

太陽の光をキラキラと反射させながら

そのまま、江津湖の底に沈んでいった。

どうやら結び方が甘かったらしく

ビギナーズラックも何もなく

その日はただただ環境破壊をしただけだった。

しっかり僕はベソをかいた。

そんな僕を見て親父はまた笑いながら

「お前とはもう釣りはせん!」

と宣言した。

本当に悪魔だった。

カッコいい釣り人にいつかなりたい。


お心遣いに感謝です。今後も励んでいきます!