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まずは自分に手を差し伸べること

少し前の自分は何かを選ぶとき、いちばん安いものを選んでいた。

レストランでメニューを選ぶときや、洋服を買うときなど、誰かと一緒にいる時ときでも本当に自分の欲しいものを選ぶことができなかった。

当時はお金がなかったというのもあるし、なんか高いものを選ぶのはもったいないとも思っていた。でも、その心理をよく紐解くと、自分には分不相応をというのがあったのかもしれない。

確かに節制は大事だけど、少し前の自分は度が行き過ぎていたというか、誰かと一緒にご飯を食べるときくらい、自分の好きなものを選べばよかったなと思う。

「自分を大切にできない人は他人のことも大切にできない」
という言葉を誰かが言っていた気がする。

今も思えばその通りで、自分に余裕がないと、他人に手を差し伸べることができない。じゃあ、どうやって自分に余裕が持てるようになるかって、それはやっぱり自分に優しくすることだと思う。

自分が嫌だと思うことは遠ざけたり、逆に好きなものは自分に与えるようにしたり…それは時に難しいことかもしれないけど、生活の中少しずつ実践できる部分はある。

朝に食べる食パンはいつも安いものを選んでいたけど、たまにはちょっとお高いほうを選んでみようだとか、一人の時は外食しないけど、たまには行ってみようとかそういうのでもよかったりする。

誰がお金を出すのかとは関係なく、誰の顔色もうかがわず、メニューの一番安いほうから、ではなくて、自分の好きなものを自分に適切な量だけ選ぶ。たったこれだけのことが、できる人とできな人がいるのだ。
そして、その二者の間には大きな隔たりがある。自分を粗末に扱わない、という態度を身に着けることは難しい。けれど、それをひとたび身に着ければ、自分をリスクから遠ざけ、自分には大きな価値を持つものだと、自信をもって言うことができる。
中野信子『脳の闇』

今は有難いことに経済的に余力がある。目的もなくただ口座にお金を預けているより、これからはちゃんと自分にために使おうと思った。

人にはプレゼントを贈ったりするものだけど、自分に対して何か贈り物をするということがなかった。そもそも、そういうものではないのだけれど、たまには人に贈るものを自分に贈ってみてもいい。

そうやって少しずつ自分に優しくすることができていけば、いずれそれが習慣となっていく。そうすると自分に余裕ができてきて、誰かに優しくできるるようになり、その優しさがまた自分に返ってくる。そんな好循環が生まれていくのかもしれない。

何はともあれ、自己卑下しがちや思考は何事もいい結果を生まない。卑屈になっている時ほど、自分を労わって自分を励ましてあげたいものだ。

アロマキャンドル、バニラの香り


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