見出し画像

アスパラ型家族の今


アスパラは、このようにして育ちます。

1年目、2年目は収穫をせずに株を生長させ、3年目の春に出た芽から収穫を始め、その後、10年ほど収穫が可能なのです。


コロナ感染拡大による自粛生活を終えて、社会全体を見廻してみた時に、自粛生活をただ自粛していたか、自粛生活の中で次はどうするのか考えていたかの違いが、大きく分かれたように見えます。

今まで気づけなかったことに直面し、苦悩した人もあったことでしょう。わたしも、今までにない苦悩の中に追い込まれました。

一番の気づきは、世間で話題のわたし自身のコミュニティ障害は、親譲りのものであったことです。このnoteという世界で、わたしは初めて「発達障害」という言葉に出合い、「我が子が発達障害である」という人たちを知ったのでした。

その発信にある「我が子」が、わたし自身と重なっていったことで、「コミュニティ障害」に行き着きました。自分では自分のことがわからないだけに「自分の性格」と捉えていましたが、そこには自分が育った環境に原因があると思っていたのでした。ところが「発達障害」は生まれつきだというではありませんか。

わたしの生まれた頃、そのようなこともわかっていなかった両親は、どれだけの思いをしていたことでしょう。そのことを突きつけられたのでした。生命を知るということは、ある意味、とても残酷な事実を突きつけるものです。

「そんなんじゃ、成功できない」

そう、ずっと、わたしを見て、周りの人たちは言っていたのですが…当の本人はそう言われていることに気づかずに生きてきたのでした。

「そんなんじゃ、成功できない」

その人たちに、わたしとわたしの家族を侮辱された、と感じたのは、わたしが自分を客観的に見ることができなかっただけのことなのですが…

もし、わたしが子どもだったとしたら…耐えられたかどうか…

子ども達は大人のありのままの姿をIT、SNSで見ることができるわけですから、それは将来、自分がどのように見られるのか知ってしまうという現実の中で生きているわけです。子どもが命を絶つ理由の一つに、大人のありのままの発信があるのではないでしょうか。

そういう意味では鈍感であることが、わたしの生命を守る手段だったのです。

2023年10月も後半に入りました。コロナ感染拡大による生活の困窮者への支援が始まったのは2020年4月です。3年半経過しました。この3年半で、どのように変わったのか、それが大切なのではないでしょうか。。それは人と比べてどうこうではないのです。

わたし達の社会には、自分がどんなに良い親に恵まれたいるのか、自分がどんなに豊かなのか、知ってもらいたくている人もいます。バブル期に良い思いをした経験が、今も、その人たちを支えているのかもしれません。それが今の岸田政権への批判になっているのではないでしょうか。

そんなことよりも、自分がどう変わったか、変わっているのか、向かい合うことの方が大切なのですが、苦痛を伴います。辛い思いを避けることはできないのです。その苦痛に耐え、それでも生きて行く力をどのようにして得るのかを考えることが「哲学」なのだと思います。

太いアスパラを育てるには、肥料と水が不可欠だといいます。根に比べると、収穫できるアスパラはそれほど多くはありません。アスパラ型家族のわたしは、今日もまた、家族に栄養を送り続けます。


【 番外編 】人には、その人にしかできない使命があるのです。

YouTube~♪ HAUSER - The Making of ‘The Player’ ♬