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ソウルフル・ワールドを観た感想

今回は、僕が以前から気になっていた映画「ソウルフル・ワールド」を観た感想について、書いていきます。

この映画を見つけたきっかけは、家で映画を見たくて、アマゾンで何か良い映画がないか探していたことでした。数ある映画の中で、「親子で観て、親子で泣いた」というレビューがあった、「ソウルフル・ワールド」が気になり、観てみました。実際観てみると、とっても素敵な内容だったのです。


映画のストーリー

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この映画の主人公は、2人います。1人目は、ジャズピアニストのジョー。ジョーは中学校で音楽の先生をやりながら、沢山の人前でジャズを演奏して、人々を喜ばせることを夢です。2人目は、22番という名前の魂(ソウル)。22番は自分が生きる意味、「これだ!これがやりたい!」というものに出会ったことがありません。人として生きることに、魅力を感じていません。

そんな夢を追いかけるジョーと、生きる意味・幸せを知らない22番が出会い、生きる意味と幸せを知る旅に出るお話です。


印象に残ったシーン

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本当の幸せは、心の動きの積み重ね(偉業とか、大きさではない)

僕が特に印象に残ったシーンは、映画の後半で夢を叶えたジョーが、夢が生活の1部分として繰り返され、結局当たり前になってしまう現実に落ち込んでいるシーン。ふとジャケットのポケットを探ると、ピザの耳、貰ったアメ、カエデの種が入っていました(なぜポケットに入っていたかは、映画を御覧ください)。それを見て思い出したのは、初めてピザを食べた時の美味しさ、アメと優しさをもらったこと、カエデの種が偶然手の上に落ちた奇跡。どれも、心を動かされたものでした。ジョーは必死に追いかけてきた夢だけが幸せではなく、今まで経験してきた、些細な心の動きも幸せを感じさせてくれたことに気づきます。22番も、同じことに気がついていました。

僕はこのシーンを観て、小学校低学年の時、初めてバスに乗ったときのことを思い出しました。当時はSuicaはなく、バスカードを使っていました。カードを機械に通す面白さ、椅子がふかふかして柔らかいこと、運転手さんが優しかったこと、窓から見える景色に感動したことを、未だに覚えています。しかし、今は全部が当たり前になってしまい、時刻通りにバスが来なければ、不安と焦りに気持ちが支配されることすらあります。

私はいつからか、以前自分が感じた感動を、意識せず忘れてしまっていました。しかし、日々の中にある幸せや、心の動きに意識を向けることで、生きる意味を感じることができるということを、改めて学びました。

夢を叶えると、なんだかあっけない気持ちになることがあります。しかし、夢を叶えるということは、ゴールではなく、人生で起こる1つの出来事に過ぎないのです。


定期的に観たいと思う映画

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僕は普段また観たいと思う映画に出会わないのですが、「ソウルフル・ワールド」は、また観たいと思える作品でした。この映画が示すメッセージは、「幸せは心の動きの積み重ねで、生きる意味はないけど、自分が生きる世界で、沢山の経験をしたいという気持ちが生きる理由」ではないかと個人的に思いました。

しかし、全ての人にこの映画が伝えたいメッセージは、届かないかもしれないとも思いました。例えばどんな人には届かないかというと、何が何でも大金を得たいとか、どんどん出世して人を見下したいとか、何千人もの人に愛されたいとか、終わりのない欲を追うことを好む人です。そんな方々には、映画のシーンに描かれている幸せは、とてもちっぽけに見えるかもしれません。

この映画は、物ではなく、存在・命(心)に意識を向けさせます。そして、人それぞれが、自分の生きる意味や幸せについて向き合う事、それがこの映画の願いだと、僕は考えます。


ぜひ映画を観てみてください。それではまた。

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