赤ちゃんレベルの「HIV・エイズの話」その1
12月1日は「世界エイズデー」でした。
この時期はHIV/エイズ関連の情報がたくさん流れてきます。
いくつかの SNS などで、「いまHIVでは死にません」というキャッチフレーズが流れてきました。発信源は「大阪HIV検査.jp」でした。
これはちょっと、「言いすぎな面『も』ある」キャッチフレーズだと思ったので少し考えてみたいと思います。
誤解がないように言っておきますと。「先進国においては」HIV感染症の診療は確実に、非常にすすんできており、未だに多くの人がもっている「恐ろしい病気」という概念は変わりつつあることは強調しなくてはなりません。
筆者はHIV関連のある部分では専門家の底辺端くれだと思います。
HIV感染者を診療しているプロ・専門家は感染症科の先生方です。
私は「病理医」なのでそういう意味では専門家ではないのですが、HIV診療と研究にはかかわってきました。
というのは、働いていた病院がHIV症例を多くみる専門病院であったことと、血液病理・感染病理を特に専門としていたこともあり、HIV感染者に発症する疾患の診断をしていたためです。
そういったこともあり、研究もHIVに生じる疾患に焦点を絞って行ってきており、博士号もHIV感染者に生じる疾患の研究で取得しています。
本題に入る前に横道にそれてはしまうのですが、簡単に触れますと、HIV感染者では、リンパ腫という血液のがんがよく起こります。そのリンパ腫の多くは、EBVというヘルペスウイルスによって引き起こされます。
このようなエイズ ( AIDS、 本当は定義がしっかりありますので後ほど)に関連するリンパ腫を、ARL (AIDS related lymphoma)と言っているのですが、その ARL を専門としているのです。
一応、学位論文は「ヘルペスウイルス関連B細胞性リンパ腫由来新規細胞株の樹立とその病理学的解析」というもので、この題材はすべてARLです。
関連して出版した論文は「Interleukin-6-dependent growth in a newly established plasmablastic lymphoma cell line and its therapeutic targets」 や「Establishing and characterizing a new primary effusion lymphoma cell line harboring Kaposi’s sarcoma–associated herpesvirus」など。
また、厚生労働省のHIV関連リンパ腫研究班でも少しだけお仕事を一緒にしていて、日本におけるエイズ病理解剖例の調査「The prevalence of opportunistic infections and malignancies in autopsied patients with human immunodeficiency virus infection in Japan」、ARLの日本における病理解剖での分析調査「Classification of AIDS‐related lymphoma cases between 1987 and 2012 in Japan based on the WHO classification of lymphomas, fourth edition」もしました…。
そんなわけで、一応、日本におけるHIV感染症の死因の概略、診療の一部と、ARL のことは少しだけ知っているのかなという形です。
感染症科のプロには当然及ばない知識量であり治療実績はない、また、基礎研究者としてもHIVそのものは扱ったことがないのですが(HIVを研究してる研究室にはいましたが)、すこし文献をひきつつ、少しだけHIV感染症について書かせてもらおうとおもいたちました。
まず、毎回ですが、noteもそう、SNS の情報やブログを含むネットの情報は真偽の精査、信用度の精査は重要ですし、誤謬や誤解、単純な誤りもよく含まれています。リテラシーの問題もあります。できるだけ公のソースにあたることが重要で、権威や親しみだけで内容を妄信しないことが重要ですね。
なので、そういったところを考えて、ソースにはできるだけリンクしながら行きます。私の読み間違いも起こりえるので、ソースを見ていただいて真偽は確認してもらえるとありがたいです。
HIV/エイズに関連する情報は、
UNAIDS (http://www.unaids.org/)
API-Net (http://api-net.jfap.or.jp/status/index.html)
CDC (https://www.cdc.gov/hiv/default.html)
などが役に立ち、信用できます。
HIVとエイズ
さて、話に入っていくまえに、HIVとエイズ(AIDS)について簡単に触れておきたいと思います。
HIVとは
まず、エイズの原因となるウイルスであるHIV(human immunodeficiency virus)について簡単に触れておきたいと思います。
エイズの症例は1981年に最初の報告があり、その後の研究で1983年にモンタニエ、バレシヌらが発見し、84年には NIH のギャロ、カリフフォルニア大学のレヴィらも分離していました。これらはいずれも同じウイルスで、HIV-1 と命名されました。この辺は競争が激しく、先取権争いも激しいホットな領域だったわけです。
その後、HIV-2という新たなエイズの原因も1985年委モンタニエが発見していますが、現在より問題となっているエイズの原因はHIV-1によるものです。
HIVは、ヒト(human) +免疫不全(immunodeficiency)+ウイルス(virus)です。人の免疫を不全、つまりダメにしてしまうウイルス、という名前です。
ウイルスというのは、細胞に入り込み (実際は難しいのですが簡単には感染することです)して、そこで増えて、細胞を殺して出ていく、というようなサイクルの場合がほとんどです。
HIVは、免疫を担う細胞の一種であるT細胞のうち、さらに、免疫全体をコントロールする役割を持つCD4という分子を持っているT細胞、CD4陽性T細胞などに感染します。
そして、徐々にCD4陽性T細胞の減少を招き、ヒトの免疫システムを壊してしまいます。
これが概要ですが、ちょっと特殊なのでHIVについてもう少し細かく呟きたいと思います。できるだけかみ砕きますが、全部わからなくても全然問題はないと思います。
HIVというウイルス
ウイルスというのは、生き物であるかというと難しいところで、ウイルス自体は自分では増えられません。ウイルスは、ヒトなど、感染されてしまう生き物(これを宿主とかホストといいます)の細胞に侵入し、細胞が増える仕組みなどを乗っ取って、自分自身を維持したり、増やしたり、潜伏したりします。
ウイルス自身の遺伝子の情報というのは、DNAまたはRNAに書き込んで持っています。
これはヒトなどの真核生物とは異なります。ヒトなどは遺伝情報はDNAに書き込み、細胞の中の、核の中に保管しています。
さて、ウイルスは通常、細胞に侵入したのちに、自分の遺伝情報をもとに、細胞のシステムをつかっていろいろな遺伝子を発現させます。発現、というのは、遺伝情報をもとにタンパク質をつくらせて、そのタンパク質が機能することを主にいいます。
…実際にはRNAなども機能がありますし、遺伝子自体の複製も重要ですが。
多くのDNAウイルスやRNAウイルスは、細胞内に入り自分を増やした後に、細胞を壊して出ていきます。つまり、細胞を一過性に利用していきます。
一部のウイルス、たとえばヘルペスウイルスやパピローマウイルスなどは、自分の遺伝を書き込んだDNAを細胞内に潜伏させておいて、できるだけ長くとどまろうとします。ただし、ウイルスのDNAとヒトのDNAは別々に存在していることがほとんどです。
さて、ヒトの遺伝情報はDNAに書き込まれているのでした。DNAの情報は一度、一時的にRNAに写し取られ(転写といいます)、そしてタンパク質はRNA情報をもとに作られます(翻訳といいます)。
昔は、この流れは一方通行であり、「セントラルドグマ」と言われて、分子生物学の大原則と考えられていました。
しかし、一部のウイルスは、この流れを逆流することができることがわかりました。
それが「レトロウイルス」です。レトロ、というのは昔の、というような意味合いを思い浮かべる人もいると思いますが、「逆」という意味です。この「逆」は「セントラルドグマ」の逆、という意味なんです。
レトロウイルスは「逆転写酵素」というものを持ちます。
「転写」というのはDNA→RNAという合成でした。この逆、ですから、RNA→DNAということになります。
そう、レトロウイルスというのは自分自身の遺伝情報をRNAに書き込んで持っているのですが、「逆転写酵素」というタンパク質をつかって、自分の遺伝情報入りのRNAからDNAを作ることができるのです。
そして、つくったDNAを「インテグラーゼ」(integrate というのは組み込む、統合するという意味ですね)という酵素で、ヒトのDNAに入れ込むことができます。
こういう機能と性質をもった「レトロウイルス」として、HIV-1、HIV-2とHTLV-1という白血病を起こすウイルスが知られているわけです。
なんでこんなウイルスの機能の話をしてるんだというと、こういう仕組みを防ぐ薬によって治療がされているという面があるからです。回り道で申し訳ないんですけれども。
さて、HIV-1に戻ります。HIV-1は血液・精液中などにウイルスがでてきて、輸血や注射、性交渉、あとは出産時などの血液曝露などなどでヒトの体内に入ると、CD4のあるT細胞や、樹状細胞などの細胞に感染します。
今回は触れませんが、感染する際には、ウイルス表面のgp120という分子が、細胞表面にあるCD4にくっつき、CCR5などとさらに結合してウイルスが細胞内に入っていきます。
この記事を書いている2018年12月には数日話題の、中国での遺伝子操作ベビーはこの CCR5 をなくしたという話でした。
さて、戻ります。HIVはCD4陽性のT細胞に感染したのち、自分のRNAを逆転写してDNAとし、DNAをインテグラーゼでヒトのDNAに組み込みます。一部はそうしてヒトのDNA内で情報として潜みますが、ウイルス自身も増やして、細胞を壊して出ていくことも繰り返します。
そうして、HIVは10年ほどかけて少しずつCD4のあるT細胞を壊していきます。
これを、症状や検査というような「臨床像」としてみてみると、HIVに感染すると、はじめは炎症や免疫反応が起こりますので「風邪」や「インフルエンザ」のような症状がでる「急性感染期」があります。これはほとんど出ないヒトもいます。
その後、症状はなく静かにウイルスが増え、CD4細胞が死んでいく「無症候期」が10年程度続きます。
少しだけ検査について触れると、HIVに感染したのち、6~8週間すると、HIVに対する抗体が検出できるようになってきますが、それまではHIVの検出は困難であることがほとんどで、ここをwindow period と言っています。
無症候期が続き、CD4陽性T細胞が、血液中に200/μl 以下になると、免疫機能がさすがにだめになって、エイズを発症する「エイズ期」となります。
これが、治療をしない場合・無治療の自然史ということになります。
エイズをめぐる歴史
さて、ちょっとまた脇道にそれて歴史のお話をしておきます。
エイズは1981年にはじめて症例が報告されたのでした。どのように世界に広がっていったかについては、いい本があります。「エイズの起源」という本です。
簡単には、アフリカでおそらくチンパンジーからうつり発生したウイルスが、労働者の密集するアフリカの都市で蔓延し、ハイチ経由でアメリカへ入り、流行が始まっていったという流れが示されています。
現在までには、UNAIDS(国連合同エイズ計画)の「UNAIDS GLOBAL FACT SHEET」(2018年)によると、7730万人が今までにHIVに感染して死亡しています(infected with HIV)。
そして2017年には世界で3690万人がHIVに感染している状況です。
エイズの定義と治療と
さて、ではエイズで死なない、というのがちょっと過大な表現なのではないかな、というところに入っていくにあたって、「エイズ」というのはなんなのか、その治療法はどういったものなのか、ということを少しみていきたいと思います。
え?だから、「HIVに感染するとエイズなんでしょ?」というのは間違いです。みてきたようにHIVに感染しても、10年ほどは症状はないですし、ある一定のところで免疫力が下がって「エイズ」を発症するのです。ですから「エイズ」というのがどういうものかを見ます。
エイズとは何か
「エイズ」は英語では「AIDS」、なんの略かというと「Acquired immune deficiency syndrome」といいまして、訳すと「後天性免疫不全症候群」です。
これは、生まれつきではなく、HIV感染によって「後天的に」、「免疫」が破壊されて機能しなくなる「不全」状態になる病気「症候群」とおいう意味ですね。
エイズの原因はHIVでした。HIVが感染すると徐々にCD4陽性T細胞が減少し、200/μl以下になると免疫力がかなり下がった状態であり、様々な問題が体に起こってきます。免疫が動いていないものですから。
そういう状態において、「AIDS指標疾患」という「23種類の疾患」のいずれかが発症した場合に、「AIDSが発症した」と定義されるのです。これは大事で、この「AIDS指標疾患」がでていなければ「AIDS」ではなく「HIV感染」の状態としかいえません。
(CDCのページを参考に: https://www.cdc.gov/hiv/basics/livingwithhiv/opportunisticinfections.html)
「AIDS指標疾患」を羅列します。カンジダ症、壊疽、クリプトコッカス症、ニューモシスチス肺炎、コクシジオイデス症、ヒストプラズマ症、クリプトスポリジウム症、トキソプラズマ脳症、イソスポラ症、サルモネラ菌血症、サイトメガロウイルス(CMV)感染症、化膿性細菌感染症、帯状疱疹/単純ヘルペスウイルスなどヘルペスウイルス感染症、活動性結核 (active tuberculosis)、非定型抗酸菌(NTM)症、反復性肺炎、リンパ性間質性肺炎・肺リンパ過形成、カポジ肉腫、原発性脳リンパ腫、非ホジキンリンパ腫、浸潤性子宮頸癌、進行性多巣性白質脳症(PML)、HIV脳症、HIV消耗性症候群
羅列だけでしたが、聞いたことのない疾患ばかりであると思います。
そうなんです。これらの疾患は主に、免疫がだめにならないと生じにくいという疾患ばかりですので、健常な人では稀な疾患が多いんです。
こういった、免疫力が下がった時に、普段は悪さをしないのに暴れるような感染症を「日和見感染(症)」(opportunistic infections)と言います。
結核の仲間の非定型抗酸菌症や、ニューモシスチス感染症、ヘルペスウイルスの再活性化などは代表的なものなのです。
HIV感染の治療
さて、ではつぎに治療薬をごく簡単にみてみます。
HIVの治療戦略として、現在の診療で行われていることは、戦略としてはただ一つです。抗ウイルス薬をつかってウイルスの増殖を抑えこむという戦略です。
HIVはレトロウイルスという種類でした。これは自分のRNAをDNAに変換して、ヒトのDNAに組み込んでしまいます。ですから、メモリーT細胞などというような長い間生き残る感染した細胞がある以上、ウイルスも残ってしまいます。よって、完全除去がとても難しい。
であれば、治療としてできることとしては、組み込まれたDNAからウイルスが作られることと、作られてしまったウイルスが他の細胞のまた感染することを防げば治療になりますね。
ここで少し補充しますと。RNAに遺伝情報を書き込んでいるウイルスというのはDNAに情報をもっているものに比べると、変異といって情報がかわるのがとても速いのです。よってウイルスの遺伝情報が素早く変わる。
遺伝の変異が起こりやすいとなにが問題かと言いますと、薬が効かなくなるような変異、すなわち「薬剤耐性」がウイルスに早くでてきてしまう、という問題がおこるのです。
よって、RNAウイルスであるHIVの治療には、いくつかの違う働きをもつ薬を組み合わせて使う「多剤併用療法」を行います。これを、レトロウイルスに対する治療法という意味で、ART(Anti-Retroviral Therapy) と言います。
ARTはかつては「Highly Active Anti-Retroviral Therapy」といっていましたが、なにがhighly active なのかはちょっとあいまいなうえに、どんどんよい治療がでてきますので、いまはARTという方が多いですね。
さて、組み合わせて使われる薬は大きくは5つのカテゴリーの薬になります。
①核酸系逆転写酵素阻害剤、②非核酸系逆転写酵素阻害剤、③プロテアーゼ阻害剤、④インテグラーゼ阻害剤、⑤侵入阻害剤です。
詳細は省きますが、HIVは自分のRNAを「逆転写」してDNAに組み込むのでした。逆転写を防ぐのが①と②、組み込みを防ぐのが④。ウイルスの成分をつくることなどを防ぐのが③、ウイルスが細胞に入らないようにするのが⑤ということになります。
HIVが細胞に侵入する流れは下の図のようになりますが、はじめにくっつくところを防ぐのが⑤ですね。
逆転写を防ぐのが①、②
DNAが組み込まれるのを防ぐのが④
タンパク質が作られるのを防ぐのが③
このうち、核酸系逆転写阻害薬 (NRTIと略します)の一つの zidovudine (ZDV) または azidothymidine (AZT)という薬は、NIHのNCIにおいて 満屋裕明先生が見つけられた世界初のHIV治療薬です。その後、2番目(ddI)と3番目(ddC)も満屋先生が見つけています!この話は「エイズ治療薬を発見した男」に詳しいです。
治療をすると
さて、いよいよ治療の成績や効果についてです。ART療法については「US DHHS Guidelines」が世界で最もよく知られていますが、様々な国や団体が公表しています。
日本のものは「抗HIV治療ガイドライン」(https://www.haart-support.jp/guideline.htm)ですね
さて、HIV感染者にARTを実施し、安定した状態を保つことができれば、AIDSを発症する率は非常に下がり、AIDSで死亡することはほとんどなくなり、非感染者と同水準まで平均余命が延長されている状況にあります
▶ 昨年5月の BBC NEWS Japan の記事 など。
このBBCニュースの記事のもととなった研究は、英国ブリストル大学からの報告です
この研究によると 88,504人の HIV 感染患者を解析したところ、早期にARTを開始した20歳の患者の平均余命は78歳となっており、非感染者とほぼ同水準であったことが示されました。
ARTをしっかり早期からはじめていれば余命はほぼ健常者と同じなのですね。
ちなみに早期というのはCD4陽性T細胞が減り始める前の時期も含まれています。
現在の日本のガイドラインにおいては「CD4数にかかわらず、すべてのHIV感染者に治療開始を推奨する」となっています。これは、早期介入が望ましいという結果があるからですね。
そういう意味では、「HIVに感染しても」「ARTを早期に開始して続けていれば」「健常人と同水準の余命」が得られるということであり、「HIV感染=死の病」という「HIV感染に対する認識」はすでに間違っているともいえるのは事実です。
ですから、はじめに示した「いまHIVでは死にません」の一部はただしい。「だからもしもHIVに感染しても、イコール死、ではありません。」と宣言されていますが、それはある意味正しいのです。
HIV感染者の主たる死因はエイズではなくなったけれど
しかし、海外のコホート研究から、HIV感染者の死亡原因の大部分が、肝疾患、腎疾患、心疾患やAIDS指標疾患にはなっていない悪性腫瘍などの、非AIDS関連疾患であることがあきらかになりました。
また実は、HIV感染があると、ARTを行っていたとしても悪性腫瘍(がん)になるリスクが非感染者に比べて高いこともわかっています
▶ Cancer incidence and mortality for all causes in HIV-infected patients over a quarter century: a multicentre cohort study. BMC Public Health. 2015 Mar 12;15:235. など
そして、特にCD4が少ない状況であると、エイズ以外の死因が増加することもRCTという厳格な方法で評価されて報告されています
▶ SMART試験: CD4+ count-guided interruption of antiretroviral treatment. N Engl J Med. 2006 Nov 30;355(22):2283-96. など
ここら辺のことは上述の日本のガイドラインや感染研のページや Malignancies in HIV-Infected and AIDS Patients, Infectious Agents Associated Cancers: Epidemiology and Molecular Biology pp 167-179 にもよくまとまっています。
また、 厚生労働省研究成果等普及啓発事業報告では「エイズと悪性腫瘍」があります。
繰り返して簡単にいうと、HIVとは直接関係はないと考えられていた悪性腫瘍が増加していて、それらは肛門癌、頭頸部癌、Hodgkin Lymphoma(HL)、大腸癌、肝臓癌、そして肺癌などだということです。
そして、HIV感染者の主な死因として34%は悪性腫瘍であるとも示されています(2005年)。
また、HIV感染者には、非感染者にはほとんどみられない悪性腫瘍が生じることがあります。これは、HIVとともに感染してくる HHV-8(KSHV)というヘルペスウイルスがあったりすることなどや、免疫状態がやはり健常人とはことなることなどが原因と考えられます。
アメリカにおけるNIH内のNCIでの研究では、HIV感染者やエイズ患者に濃厚な喫煙習慣や発がんウイルス感染のような癌リスク因子が関与する悪性腫瘍が著しく増加していると報告されています。まぁこれは交絡因子が多く、アメリカの生活習慣もかなり反映されていますが。
▶ Cancer Burden in the HIV-Infected Population in the United States. JNCI. Online April 11, 2011.
具体的には、エイズ関連リンパ腫(ARL)は健常者と比べると25倍程度、カポジ肉腫という特別ながんは170倍程度発症しやすくなっています。そして、これらの疾患はHIV感染者でないと発症しない特殊なものが多いのです。
▶ AIDS-related malignancies: emerging challenges in the era of highly active antiretroviral therapy. Oncologist. 2005 Jun-Jul;10(6):412-26.
また、NCGMの岡先生のシンポジウム報告「HIV感染症と癌」にもあるように、エイズ指標疾患ではない悪性腫瘍は、HIV感染者ではARTを受けていても健常者より10年ほど早く発症することも指摘されています。
実際、これらのことはいくつもの文献で指摘されており、かなりよいARTが行われるようになった現在、HIV感染者の問題というのは「日和見感染より悪性疾患」であるとも言えるかとおもいます。
ですから、「HIV」がおそらく原因で、理由はまだ明らかではないのですが、発症する「悪性腫瘍」でなくなることが今、問題ではあるのです。ですから「いまHIVでは死にません」はすこし語弊があるというのはこの点にもあると、そう思うのですね。
薬には副作用もあるし、継続できないと治療にはならない
さらにもう一つは、治療を継続できるかどうか、ということと、治療関連の良くない影響です。治療を継続しないと、HIVを抑え込んでおけませんから、正しく飲み続けてもらうこと(アドヒアランス)や経済的な理由で継続ができなければエイズ発症のリスクはあがります。
また、薬剤はどんなものでも副作用があります。近年のARTはよい薬が増えているとはいえ、副作用によって治療継続が困難になるケースも、副作用により健康に影響が出るケースも当然あります。
そして、非AIDS疾患の増加のメカニズムは明瞭でないものの、HIVが関与していることはおそらく明らかです。また、感染しているから薬ものむことになるわけです。
といった視点から、「いまHIVでは死にません」はやや言い過ぎだとは思います。ARTを行っていても何らかの形でやはりHIVは悪さをしていて、HIVによる死亡というものは明らかに存在してはいると思われるからです。
ただ、昔のイメージである「死の病」という強烈な印象は誤りであり、「早期に発見、適切な治療を開始し」「治療を継続すれば」慢性疾患として付き合える疾患になっていますよ、という趣旨には反対するものではありません。
日本での状況
さて、最後に。日本での感染状況は、平成29(2017)年エイズ発生動向年報によると、2017年累積報告件数は 19,896 件、エイズ患者8,936件、2017年の新規患者としては感染976件、エイズは413件とのこと。
感染経路は同性間接触が72.6%、異性間が15.3%。性的接触が87.9%、母子感染3件、薬物使用が2件。日本国籍男性の HIV 感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触の割合がもっとも高いですね。
ハイリスク群の人はコンドーム使用等の予防に努めるとともに、検査をしっかりとうけることが重要です。そして、早期発見すれば平均余命は健常人とかわらない医療をうけることができる状況になっていることを知る必要がありますね。
そしてARTを受けていると、他者への感染をおこしにくくなります。その威力というのは、コンドームなしでもほぼうつらないレベルなのですね。
▶ Sexual Activity Without Condoms and Risk of HIV Transmission in Serodifferent Couples When the HIV-Positive Partner Is Using Suppressive Antiretroviral Therapy. JAMA. 2016;316(2):171-181.
啓発、予防、早期発見、早期治療を徹底していき、…あとは実は行政や仕組みの問題をしっかり改善していき…新規感染者を減らすことが重要ですね。
治療費は高すぎることはない
HIVに感染し基準を満たすと「免疫機能障害」として身体障害者手帳が取得できます。等級に応じ、重度心身障害者医療費もしくは障害者自立支援医療を受けられますので、関連する治療費に関しては1割負担・上限額設定が原則で、医療を受けられます。
これらの制度は感染経路を問いません。そして本邦においては薬害被害者に対しては自己負担のない制度(特定疾病療養費、先天性血液凝固因子障害等治療研究事業)の制度が用意されています
制度の利用などの詳しいことはソーシャルワーカーの方と話を進めることが重要ですね。
さいごに
というわけで、HIVについてすこし書きました。まぁ私の専門の病気についてはまた機会があって要望があれば書きたいとおもいます(知りたいひといるかな?)。
いずれにせよ、偏見はいけませんし、古く、なんとなく感じているぼんやりとした思い込みもよくはありません。相手を知り、正しい知識をもち、正しい知識をひろめ、そして行動していくことが大事、HIVはすぐそこにある病気、そういった対応をしていくこと、それが大事ですね。
恐れて検査に行かない、という事象は減らすべきです。しかし現実的な問題も正しく知ってもらいつつ、啓発することが重要なようにも思いますね。
キャッチーな言葉は医療分野では慎重にと思いますが、この標語に反感は持ちませんでした。ただ、一応、周辺情報をラフにお話しました。
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