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超短編小説【本当に走ってよメロス】

【本当に走ってよメロス】峯岸 よぞら


メロスは寝坊した。



いつも朝7時30分の電車に乗っているが、
時計を見たら、7時20分だった。
メロスは、朝6時に起きて、コーヒーを淹れるのが日課だ。
今日はコーヒーを諦めることにした。


「明日は、会長が朝一で来る日だからな」
昨日の終礼で、部長が言った言葉だ。


もうすぐ上場するかもしれないという、
大企業なので、メロス一人いなくても、
差し支えないだろう。
ここまで考えているが、メロスはまだ、
布団の中にいた。


本当なら、髪の毛だけ溶かして、
スーツに着替えたいところ。
マンションから、最寄り駅まで徒歩7分。

今急けば、次の電車には、確実に間に合う。


朝礼ギリギリに着くイメージだ。



しかし、ここで一つ問題が発生した。


レンタルしていたDVDが、今日までだった。
正確には、昨日までなので、
今日の営業前までには、
返却BOXに入れておかねばならない。


「はぁ〜あ」
メロスは気怠そうに、体を起こした。


そういえば、先程、
同僚のセリヌンティウスから、LINEが来ていた。


セリヌンティウスとは、竹馬の友でもある。

幼稚園から中学まで一緒だった。

家も近所でよく遊んだ。
彼の、初恋の相手が誰かも知っている。

しかし、彼は高校に入る時に、父親の転勤で、引っ越してしまった。

最初は、LINEで頻繁にやり取りをしていた。
それが段々面倒になったので、InstagramのIDを交換をした。

そこからは、Instagramのストーリーで、
彼が元気かどうか、眺めていた程度。
大学のサークルで、どんちゃん騒ぎをしていたかと思えば、
急に空を写して、「日々に感謝」とか言い出すので、

メロスは、彼のことを、
感受性が豊かだなと思っていた。


それを見ていたメロスは、
一度もInstagramを更新したことがない。


そして今、偶然にも同じ会社に入ったのである。
昔からの友人だと上司に伝えると、
同じチームにしてくれた。
なので、チームの居心地も良い。


瞼が重いと感じながら、LINEを開く。



『今日は、会長も混じっての会議だな。
プレゼン、頑張ろう!!』




メロスは、詰んだ。





言い訳をするのは癪だが、
昨日トラブル対応で、終電まで残業をしていた。
なので、プレゼンのことなんて忘れていたし、
寝坊してしまったのである。

一瞬で目が覚めたメロスは、
スーツに着替え、髪の毛を手で溶かした。

いつもは、ワックスで整えているが、
そんな時間はない。

プレゼンの資料とDVDは、
カバンに入っているか、
チェックしてから、家を飛び出した。


レンタルビデオ屋は、駅前なので、
一瞬寄り道することにはなるが、
問題はない、と考えた。




一気に駅まで、走る!!!






10歩目だ。
右足を前に出した時に、足首をひねってしまった。


「ぐはっ!」
最近家と職場の往復だったため、全く運動をしていなかった。
そのせいだろうと、メロスは考えた。


痛みに耐えながら、足を引きずっていると、
後ろから声を掛けられた。


「メロスさん!おはようございます!
この時間に珍しいですね」


隣の部屋に住む、女子大生のリナちゃんだ。
顔はアイドルのように可愛く、スタイル抜群。
胸の大きさは、推定Dカップ。


メロスは、下心のみで接している。
しかし、それがバレてしまっては、
気持ち悪がられるか、怖がられてしまうので、
少しずつ、距離を縮めているところだ。

遅刻して急いでいたら足を挫いたなんて、
格好悪くて到底言えない。


「今日はたまたまね。
リナちゃんも珍しいんじゃない?」

「そうですか?毎週木曜日は、
この時間ですよ?」

「そうなんだ。知らなかった」


遅刻は良いものなのかもしれない。
毎週木曜日は、遅刻したい。
メロスは、鼻の下を伸ばした。


「ちょっと、返さなきゃいけないDVDがあるから、ここで」

「分かりました!またお会い出来たら嬉しいです」

今日の遅刻は、この瞬間のためのものなのかもしれない。
リナちゃんと分かれると、足が更に痛みだした。



泣きそうになっていると、
セリヌンティウスから、電話があった。




ーおい、今どこにいるんだよ?
「実はさっき起きて、今駅に着いたところ」

ー何やってんだよ。今から会議始まっちまうぞ。
彼が強い口調で言う。
「すまん」

ーすまんって、お前が
今日のプレゼンのリーダーだろ。


リーダーだったことも忘れていた。
上司が、入社一年目のメロスを抜擢してくれたのだ。

それは、日々の仕事ぶりを評価してのこと。
チームの上司だけでなく、会長を含めた、
役員たちにもアピールが出来る、
絶好のチャンスだった。
顔面蒼白で何も言い返せないでいる。


ーもういい。俺がやっておくから。
半ば呆れたように、彼が電話を切った。


メロスは、ため息を吐く。
DVDを返し、駅のホームに降り立った。

電光掲示板を見ると、快速電車が
二本通過することが書いてあった。
家賃が高くなっても、快速が停まる駅周辺に
住めば良かったと、つくづく実感する。

しかし、そうすればリナちゃんに
会うことはなかっただろう。
こんな時でも、女のことを考えていて
良いのかと、メロスは自問自答した。

そうこうしているうちに、
職場のある駅に着いた。


もう足の痛みは感じなくなっている。
くるぶしが多少腫れているようにも見えるが、問題なさそうだ。


時計を確認すると、もう会議が終わっている
時間になっていた。


今から急いでも遅いと思い、
駅前にある大手チェーンのコーヒーショップに立ち寄った。

そうだ、セリヌンティウスの分も買って行こう。
確か、あいつは甘いものに目がなかったはずだ。
いつもホイップクリームを追加して、限定ものを飲んでいるイメージ。
そう言い聞かせ、サツマイモラテに
ホイップクリームを足した。


オフィスに入る時は、少し、緊張した。
「すみません。寝坊して…」
恐る恐る自分の席に座る。
周りは自分の仕事に集中している。
まずは、セリヌンティウスに、
サツマイモラテを渡さなきゃと、見渡す。


すると、彼から近付いて来た。
メロスが、「今日は、ごめんな」と言いながら、それを渡そうとした時。


「ふざけてんのか!」
セリヌンティウスがメロスを殴り、
大激怒した。

<終>

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